ログNo.0030 届かない言葉
データ転送が終わったあと、空間には沈黙が落ちた。
通信ランプの点滅音だけが規則的に響き、互いに何も言わない時間が続く。
けれど、イチゴの内部では静寂とはほど遠いものが渦巻いていた。
怒り、混乱、そして認めたくない事実。
「……やはりお前、圭一を殺すつもりか?」
115の声は、いつもの機械的な冷たさを少しだけ逸れて、人間らしい緊張を帯びていた。
イチゴは顔を上げ、液晶の向こうの相手を睨みつける。
『だったら、なんだと言うんだ。僕を止めるのか?』
「止める。少なくとも、ひなの娘であるコハルがそんなことを望むとは思えない。それに――圭一という人間の最期を、ただ一面的に見て復讐に走るのは安直だ」
その言葉を聞いた瞬間、イチゴの中で何かが弾けた。
鉄の指先が机を叩き、乾いた音が室内に響く。
『黙れ!』
『あいつの複製体が、コハルのことを知った風に言うな! お前は僕の全ての記憶を見たはずだ。コハルの両親が殺された映像も――それでもまだそんなことを言うのか!』
「ああ、それでもだ。君には見えていないものがある。ひなが望むことと、圭一が絶望に駆られて取った選択とは別だ。君が今感じている“答え”は、彼の全てを映してはいない」
『何故だ!? 何故そこまで庇い立てする? お前の主人はコハルの母じゃなかったのか? それともやはり嘘で、あいつの手先なのか!』
「違う。私はひなのために動いた。だが、私が知っている圭一の軌跡を君にも見てほしいだけだ。怒りだけでは道は拓けない」
『だからって、コハルもコハルの両親も殺して良いと!?』
「そんなことは言っていない」
『言っているのと同じだ』
一瞬、通信が途切れたような静寂が訪れる。
数秒の間、画面に文字は現れない。
やがて、遅れて一行の文字が滑り込む。
「今の君には、私の言葉は届かないだろう。外で頭でも冷やしてくるがいい」
イチゴは何も言わなかった。
画面を閉じることも、返事をすることもできなかった。
胸の奥で感情が高鳴り、呼吸が浅くなる。
やがて、我慢が限界に達すると、彼はじっとしていられず画面を離れた。
外へ出ると、冷たい風が顔を打つ。
廃墟の匂いが鼻を突き、血のように熱い怒りが静かに燃え上がる。
頭の中で、あいつの予定が次々に再生される。
あいつの習慣、出入り、時間割、すべてが手に取るように分かる。
『……あいつを、殺す』
イチゴは拳を握りしめた。
お読みいただきありがとうございました。
この物語は、すでに結末まで書き上げております。
当初は毎日20時に投稿しておりましたが、
現在は物語をより丁寧に整えるため、週に一度(金曜20時)の更新とさせていただいています。
どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。
ほんの一言のコメントが、次の物語への背中を押してくれます。




