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ログNo.0028 残された断片

 苺のアイコンが脈打つように点滅し、転送が始まった。

 ノイズ混じりの光が液晶を走り、文字列と映像の断片が次々と流れ込む。


 その瞬間、イチゴはふと感じた。──この端末は、自分を“待っていた”のかもしれない。

 そう思わせるほど、応答はあまりにも自然だった。


 次の瞬間、光が息を吹き返すように震えた。

ノイズが走り、世界がゆっくりと流れ出す。


 イチゴはその洪水に身を任せ、目を閉じてデータの海を受け入れた。


 ──これは、コハルの母、ひなの子供時代だった。


 季節ごとに区切られた記録が駆け足で展開する。

 咳き込みながら布団に横たわる小さなひな。

付きっきりで看病する兄の圭一。

誕生日には不器用なケーキを焼き、真っ黒に焦がしてしまうこともあった。


 ひなが笑えば、圭一は安堵の息をつき、その頭を優しく撫でた。


 映像の一つで、115が問いかける声が拾われていた。


「なぜ、私は作られたのですか?」


 ひなは待っていたかのように笑って答える。


「病院でひとりでいることが多くて……寂しいんじゃないかって。だからお兄ちゃんが作ってくれたの!」


 その仕草と表情が、確かな絆を物語っていた。

 ひなにとって兄は、世界で最も信じられる存在だった。


 イチゴは歯を食いしばる。

怒りで灼けた胸の奥に、冷たいものが差し込む。


 ──こんなことって。


 データはさらにつながる。

ひなの病が回復し、笑顔で学校へ通う姿。

少し離れた場所からそれを見守る兄。


 研究者としての道を歩み始めた青年の眼差しは、今の冷酷な彼からは想像できないほど温かい。


 混乱が牙を剥く。

憎むべき相手であるはずの男が、記録の中では「誰かを愛せる人間」だった。


 感情の軸が揺らぎ、内部回路がきしむような痛みが走る。


 イチゴの拳は机を叩きそうになって止まる。

記憶の中の叔父の顔と、眼鏡ログで見た冷酷な殺人者の顔が重ならない。


 どこで道を誤ったのか。

 どの瞬間に変わってしまったのか。


 その疑問は良くも悪くもすぐに解消された。


 映像が切り替わり、圭一が書斎で頭を抱えている姿が映った。

机の上には、医療記録が広げられている。


 診断名:進行性記憶感情減退症。

治療法:なし。


 圭一は、震える手でペンを握り、日記に何かを書き込んでいた。

 その文字は、乱れていた。


「今日、ひなの名前が出てこなかった。5秒ほど考えて、やっと思い出した。誰よりも自信のある記憶力でたった一人の妹の名前が出てこなかったのだ。自分が自分でなくなろうとしている感じがする。怖い。」


「今日、研究ノートに書いた数式の意味が分からなかった。

 自分が書いたはずなのに——まるで他人の字に見えた」


 イチゴは、その記録を見つめた。


『……圭一も、苦しんでいたのか』


 だが、映像はさらに続く。


 数ヶ月後。

圭一は、研究室で何かの設計図を描いていた。


 その図面には「コールドスリープ耐性体」と書かれている。


「これで、私は未来へ行ける。記憶を全て失う前に――」


 イチゴの胸に、冷たいものが走る。


『……それが、コハルを実験台にした理由か』


 映像のひなは無邪気に笑い、兄の背中を追いかけて海辺を走る。

夕暮れの砂浜で並んで腰を下ろすと、波が砕け、朱に染まった空が二人を包み込む。

兄がふと振り返って妹の小さな手を握る。


 その笑顔は、今もなお優しさの象徴のように輝く。


 イチゴは動けない。

機械の体を通しても、胸の奥にざらつく違和感が残る。


 復讐を貫くはずの意志に、見てはならない記憶が突き刺さり、揺らぎを引き起こす。


 怒りが全てを焼き尽くすはずだったのに、別の色、迷いが混じる。


 疑念。もしかしたら、叔父にも「守ろうとした時代」があったのではないか──。


 ──これは、本当にあの男なのか。


 廃墟の闇の中、画面の光だけがまだ滲んでいる。

 イチゴは目を逸らせず、しばらくただ立ち尽くすしかなかった。

お読みいただきありがとうございました。

この物語は、すでに結末まで書き上げており、毎日20時に投稿します。どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。


ほんの一言のコメントが、次の物語への背中を押してくれます。

もし何か心に残るものがありましたら、感想をいただけると嬉しいです。

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