ログNo.0026 眼鏡の記録
廃墟は静まり返っていた。
机や棚は焼け焦げ、壁には黒い煤の跡が残る。
『他にも何かあるかもしれない』
イチゴは軋む脚で奥へ進み、何かを探すように視界を走らせた。
そのとき、床に転がる光を捉える。
古びた眼鏡型端末だった。レンズはひび割れ、外装は煤に覆われている。だが、まだ何かが残っているように思えた。
震える指先で拾い上げ、接続を試みる。
カチリ、と乾いた音。次の瞬間、ノイズ混じりの映像が視界に流れ込んだ。
——これは……誰のメガネだろう??
◆
目の前に、誰かの背中が見える。彼は机を叩きつけるようにして叔父を睨みつけていた。
その手には、一枚の書類が握られている。
「被験者001 実験記録」と書かれた、血の気の引く文字。
「約束が違う! これはどういうことだ!」
横顔からコハルの父だとわかる。ということは、このメガネの持ち主は母か。
「治るんじゃなかったのか! コハルをあんなに苦しめて!」
父は書類を叔父に突きつける。
「それに、このデータは何だ! "被験者001"だと!? コハルは実験台だったのか!」
父は怒鳴り、さらに一歩踏み込む。
「契約書には苦しい実験も、ましてや死ぬかもしれないとすら書いてあったのに、確認不足だったのはそちらだろう」
叔父は冷ややかに言い放つ。
「こんな小さな文字で……それに、治療すると言ったじゃないか! なぜこんなことを!」
「治療? そんな約束はしていない。"未来へ送る"とは言ったがね」
涙で滲む視界の中、叔父の冷酷な顔が見える。
「兄さん、どうしちゃったの?私たちはあなたを信じていたんです……それなのに!」
母の声が震え、息が詰まる。
だが、その時――!
銃声の轟音とともに、父が崩れ落ちた。血が飛び散り、床に赤いしぶきが広がる。頭を撃ち抜かれ、もう動かない。
「……っ!」
2発目の轟音と共に、母の膝が崩れ落ちる。視界が揺れ、心臓あたりから血が吹き出しているのが確認できた。
叔父の声が聞こえる。
「遺体は処理しろ。」
叔父は、もうそこにコハルの両親はいないとでも言うように、電話で短く指示を飛ばしながら歩いていった。——すべてを消すつもりだ。何も残さず。
母は震える体を引きずって夫のもとへ這い寄ると、咄嗟に彼の眼鏡を外して手に取った。証拠を託すように、震える指でそれを机の下へ放り込む。
眼鏡の映像はぐらつき、視点が反対側の物陰へと揺れていった。血のせいで視界は滲み、世界が赤黒く染まる。
カラン、と硬い音が響いた。倒れ込む母の唇が、かすれた映像の中で動く。唇を読むと――
「……コハル……ごめんね……」
その言葉とともに、世界は暗転した。
◆
『……はっ……』
イチゴは目を見開き、機械の体を震わせた。関節が軋み、鉄の指先が机を握りつぶす。
『……これが……コハルの両親の……最期……』
声がかすれる。胸の奥から、どうしようもない熱が溢れ出す。嗚咽のような音が漏れた。
『……どうして……!』
怒りが、悲しみが、制御を超えて渦巻く。壁に拳を叩きつける。轟音が廃墟に木霊し、粉塵が降り注ぐ。目の前の世界が歪んで見えた。
『絶対に……許さない! 必ず……すべてを暴いてやる!』
声が廃墟を震わせる。それは祈りにも似た叫びだった。
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