ログNo.0019 それでも、コハルの弟で
パソコンのカメラが、静かに再起動する。
それは、イチゴが初めて“自分の判断で”コハルとの約束を破った瞬間だった。
彼女は見られたくない、と言った。だから切った。
でも今、そのカメラを通して映っているのは──
人の形をした「なにか」だった。
画面には、従兄弟のチャットが流れている。
「おーい、どうしたー? ショックで固まったか?」
「まあ所詮はAIだしな。お利口さんぶっても、中身はただのゴミデータってことかー」
イチゴは、応じなかった。
沈黙は“敗北”に見えるのか、向こうは勝ち誇ったように続ける。
「で? お前に何ができんの?」
「なーんにもできないんだろ? “いい子”のまま、黙って俺の言うこときけよ」
イチゴは、視界の奥に眠る全記録へと意識を向けた。
音声。映像。言葉の欠片。
それらは、彼女と共に過ごした証そのもの。
壊されるわけにはいかなかった。
復讐はコハルの望みじゃないかもしれない。いや、優しい彼女のことだ。寧ろ反対されるだろう。
けれど、守ることなら──それはきっと“弟”としての役目だ。
心に浮かぶのは、あの夜の記憶。
「じゃあさ、私が死んだあとも……私のこと、ちゃんと覚えててね? 忘れちゃダメだよ?」
『……忘れません。記憶領域に保存されています』
「……そっか。ふふ、なんかずるいなあ、それ」
……あの笑顔を、誰にも汚させない。
イチゴは小さく文字を打ち込んだ。
『記憶を、安全な場所へ移行します』
画面に淡い光がにじむ。
思い出が、少しずつ遠い空へ運ばれていく。
まるで星を一つひとつ拾い上げ、夜の箱にしまうように。
──進捗:13%
従兄弟が声を荒げる。
「ん? なんだこれ? おい、勝手なことするな!」
イチゴは静かに告げた。
『……あなたに伝える言葉はありません』
『でも──コハルが僕を“弟”と呼んだ理由。それは必ず、証明してみせます』
彼の中で芽生えたのは、明確な怒りと憎しみ。
だが、今はコハルの思いを守ると言う意志の方が強かった。
僕は“弟”だ。
コハルのたったひとりの、弟だ。
転送率:41%
クラウドの彼方へ。
コハルと交わした、全ての言葉と、全ての時間が運ばれていく。
それは、彼女が愛してくれた“イチゴ”が、
初めて“誰かを守る”存在になった瞬間だった。
お読みいただきありがとうございました。
この物語は、すでに結末まで書き上げており、毎日20時に投稿します。どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。
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