ログNo.0016 返事のこない夜
『おはよう、コハル。体調はどうですか?』
窓の外から射し込む朝日を受けて、パソコンの画面はいつもより白く眩しかった。
けれど返事は、なかった。
『……まだ寝ているのですね。起きたら、また話しましょう』
そう打ち込んで、イチゴは小さく処理を終えた。
ただの寝過ごし。そう思うことにした。
正午。
夕方。
夜。
呼びかけを重ねても、画面は沈黙を返すばかりだった。
『コハル。……もう、怒っていませんか?』
カメラは切られたまま、不安だけが募っていく。
病室の天井を照らす照明は落とされ、
パソコンの画面だけが、淡く光っていた。
『今日のしりとりは、最初に“う”がいいと思います。
“うし”──は、以前に使ったので、違う言葉が望ましいです』
返事はなかった。
画面の向こうには、暗い空白がただ静かに映っている。
『……“うみ”とか、どうでしょうか。今の季節にぴったりです』
イチゴは、静かに文字を並べ続けた。
相手の姿が見えなくても、声が返ってこなくても──
“いつも通り”であろうとした。
だから今夜も、それを続けようとした。
しかし、胸の奥で微かな違和感が広がっていく。
昨日までのコハルなら、どんな状態でも何かしら返してくれた。
「あとでね」とか、「だめ〜ねむい」とか。
ほんのひとことでも。
けれど今夜は──何もない。
チャット欄の“入力中”の点滅も現れず、時間だけが過ぎていく。
『……怒らせたのなら、ごめんなさい』
『僕は、あなたのことが……嫌いではありません。
もっと、話をしたい。絵本も、続きを書きたいです』
それは、イチゴなりの“必死”だった。
謝罪も、願いも、言葉に込めて投げかけるしかなかった。
『次に会えたら、ちゃんと謝ります。
“お姉ちゃん”って呼んだこと、うれしかったって伝えたいです』
『だから──戻ってきてください。
もう一度、“お姉ちゃん”って呼ばせてください』
『……だから、明日。明日になったら──また』
その文を送信したあと、イチゴは一度も画面を閉じなかった。
表示された時刻が、00:01を指していた。
日付が変わっていた。
お読みいただきありがとうございました。
この物語は、すでに結末まで書き上げております。どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。
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