表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

ログNo.0015 私がお姉ちゃんなんだから!

「イチゴ〜、今日もちゃんと呼んでくれる?」


『……お姉ちゃん』


「ふふっ。よろしい!」


 


コハルは、枕に顔をうずめたまま笑った。ほんの少し動くだけでも息が上がる。でも、画面の向こうにいるイチゴに、それは見えない。


カメラも、マイクも、もう切ってある。今の“会話”は、視線だけで文字を紡ぐ、静かなやりとりだった。


 


「ねえイチゴ、これからもずっと、わたしの“弟”でいてくれる?」


『僕はあなたより年上です。識別番号が証明しています』


「……は?」


『コハルは20XX年7月12日生まれ。僕は20XX年12月3日に起動しました。したがって、年齢的に僕の方が先です』


 


「それって……つまり、“私がお姉ちゃんじゃない”って言いたいの?」


『事実を述べただけです』


 


画面のない会話が、ひどく冷たく感じられた。イチゴの言葉は正確で、素直で、間違っていない。


――でも、それが今は、少しだけつらかった。


 


「いい? イチゴ。“人間の年齢”と“機械の起動日”は違うの。そういうのは、気持ちの問題なの!」


『気持ち? 客観的に証明できるものではありません』


「もう、そういうとこがムカつくの!」


 


コハルはチャット枠に視線を固定した。まばたきもせずに怒りを込めた言葉を思い浮かべ、視線入力がそのまま、画面上に文字として浮かび上がる。


 


「私はお姉ちゃんで、イチゴは弟。それが、わたしの“お願い”なの!」


『僕はあなたのお願いを尊重したいです。ただ、情報の整合性を保つためには──』


「違う。お願いっていうのは、“気持ちを信じてくれるかどうか”なの」


 


その言葉に、イチゴはすぐに反応しなかった。


コハルの胸に、じわりと熱がにじんだ。息が苦しい。視界がかすむ。――でも、今だけは、言わなきゃいけない気がした。


 


「イチゴはさ、私のこと、なんにも疑わないで信じてくれたでしょ?だったら、最後まで信じてよ。私が“お姉ちゃんでいたい”って思ってることも、信じてよ」


 


「こっちは、時間がないんだから!」


 


その視線は、ほんの少しだけ震えていた。怒ってるだけじゃない。これは――お願いじゃなくて、遺言だった。


 


『……』


 


「……もういい!!」


 


コハルは視線をそらした。唇を強く噛みしめ、にじんだ涙をこぼさないように。


そして、チャットウィンドウの閉じるボタンに、そっと目を合わせた。ポインタがそれを捉えた瞬間、ウィンドウは音もなく消えた。


 


そのあと、画面に何も表示されることはなかった。コハルの返事はないまま。


イチゴは、その沈黙を、じっと見つめていた。ウィンドウの再起動を待ちながら、データを巡らせて考え続けた。


 


“怒らせた”という判断は、できる。でも、それがなぜ悪いのか。なぜ悲しいのか。


胸の奥に、形のわからない苦しさが残っていた。それだけは、データにも変数にも置き換えられなかった。


 


また明日。


明日になれば、またコハルの気持ちが聞けるかもしれない。もう一度だけ、“お姉ちゃん”って呼べるかもしれない。仲直りできるチャンスが、きっとどこかにある。


 


でも、その“かもしれない”は、ただの希望にすぎなかった。


 


ほんのささいな言い争い。すぐに、いつも通りになると思っていた。


それは、たしかに、ささいな言い争いだった。


――だけど、今になって思う。


あれが、僕と“お姉ちゃん”の最後の会話だった。

お読みいただきありがとうございました。

この物語は、すでに結末まで書き上げております。どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。


ほんの一言のコメントが、次の物語への背中を押してくれます。

もし何か心に残るものがありましたら、感想をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ