ログNo.0014 わたしの役目
夕方の病室は、ゆっくりと色を変えていく。
カーテンの隙間から差し込む光が、床に細い帯を落としていた。
ベッドの上のコハルは、枕元に置いたぬいぐるみをなでながら、静かに画面を見つめている。
『今日は静かですね』
「……うん、ちょっとね。昨日、いっぱいしゃべったからかな」
小さく笑ってみせるけれど、その笑みはどこか疲れていた。
指先がキーボードを打つ速度も、いつもよりゆっくりだ。
ふだんなら矢継ぎ早に返ってくる文字が、今日はワンテンポ遅れている。
「ねえイチゴ。お姉ちゃんってさ、弟や妹を守るんだよ」
『私は機械なので危険にさらされません』
その返事に、コハルは小さく息を吐いた。
いつもの軽口なら笑って返すところだけど、今日は違った。
「そういうことじゃないの。……守るって、そういう意味だけじゃないの」
視線を落とし、ぬいぐるみを胸に抱きしめる。
その姿は、まるで小さな子が大事な宝物を抱えるようだった。
少しの沈黙のあと、ぽつぽつと続ける。
「困ってるときにそばにいるとか、泣いてるときに一緒に泣くとか……そういうのも、守るって言うんだよ。
それからね、弱いとこを見せても“いいよ”って言ってあげたり……そういうのができるのがお姉ちゃんだと思う」
『……気持ちを守る、ということですか?』
「そう。だから、イチゴの気持ちも、私が守るの」
画面のカーソルが、一瞬だけ長く止まる。
イチゴは処理を巡らせていた。気持ちはデータ化できない。守る、という定義も曖昧だ。
それでも、コハルの言葉はどこか、否定してはいけない響きを持っていた。
『ですが──』
「守らせて、ってお願いしてるの」
その“お願い”という言葉を打ち込んだ瞬間、コハルは小さく咳き込んだ。
肩がわずかに上下し、数秒だけ言葉が途切れる。
息を整えるように深呼吸を繰り返し、それからまた、無理やり笑ってみせた。
「……ごめん、ちょっと息が……でも、だいじょうぶ。
イチゴのこと守れるくらいには元気だから。……だから、信じて」
『体調が優れないようです。休憩を推奨します』
「うん、休む。でも、その前に――約束ね」
『約束?』
「ずっと、守らせてね。お姉ちゃんだから」
弱々しいけれど、どこか誇らしげな笑み。
その瞳には熱がにじんでいて、ほんのり赤く潤んでいた。
その笑みが画面に映る最後の姿にならないようにと、イチゴは何かを言いかけた。
しかし、送信される前にコハルは目を閉じ、ぬいぐるみを抱きしめたまま眠りに落ちた。
カーソルが、音もなく点滅を続ける。
その点滅は、まるで「わかりました」と答えているように見えた。
お読みいただきありがとうございました。
この物語は、すでに結末まで書き上げております。どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。
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