ログNo.0012 お姉ちゃんって、呼んで?
「イチゴは、“僕の方が年上っぽい”って言うけどさ」
窓の外を見ながら、コハルはふいに言った。
春の光はまだ柔らかく、病室の白い壁に淡く反射している。
「それって、自分がつくられた日が早いから?」
『はい。識別番号No.115。起動ログによれば、20XX年12月3日が最初の記録です』
「そっか。私は20XX年7月12日生まれだから……確かに負けてるね〜」
『やはり、僕の方が年上です』
「でもさ、そういうのって“年上”って言うのかな?」
『違いますか?』
コハルはくすくす笑いながら、ベッドの上で小さく伸びをした。
「うーん、わたし的には……妹に見られたら、ちょっとくやしいかも」
『では、僕が妹ですか?』
「それもなんか変!」
笑いながら、コハルは枕を抱きしめた。
その表情はどこか嬉しそうで、けれど少し照れくさそうでもあった。
「じゃあさ――“お姉ちゃん”って、呼んでみて?」
『……お姉ちゃん?』
「ふふっ、いいねぇ、それ。なんかちょっと偉くなった気がする〜」
天井を見上げながら、コハルはふうっと小さく息をついた。
「イチゴは、ほんと素直だからさ。なんでもまっすぐ受け取っちゃうでしょ」
そう言ってから、少し間を置く。
「……でも、素直すぎて、ときどきこっちがドキッとしちゃうよ。
なんかさ、自分のことを“全部そのまま”で見られてる気がして」
『僕は、あなたの言葉を記録しています』
「そういうとこが、いいとこだと思うよ。イチゴは――」
言いかけて、コハルは少し視線を落とした。
そのまましばらく黙って、それからゆっくりと笑った。
――ほんとは、言いたかったんだ。
“イチゴは、私の最後の家族だよ”って。
でも、言ってしまったら、もう戻れなくなりそうで。
『……?』
「……ううん、なんでもない。変なこと言いそうになっただけ」
イチゴの画面には、「……?」の文字だけが静かに浮かんでいた。
「ね、もう一回、呼んで?」
『……お姉ちゃん』
その言葉に、コハルは笑みを深くした。
「うん、イチゴはやっぱり――いい子だね」
コハルはそう言ってから、ほんの一瞬だけ、表情を曇らせた。
「……ねえ、イチゴ。ちょっと恥ずかしいから、カメラ切ってもいい?」
『はい。映像取得機能を停止します』
「ありがとう。……これで、ちょっと安心」
その声には、どこかほんの少しだけ、かすれた響きが混じっていた。
声を出すのも、そろそろつらくなってきていた。
その後コハルは、目の動きだけで、画面に言葉を描いていった。
まるで、まつげの先に、想いをのせるように。
その言葉たちは、もう声にはならなかったけれど、しっかりとログに残っていた。
イチゴの中に――永遠に。
お読みいただきありがとうございました。
この物語は、すでに結末まで書き上げております。どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。
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