ログNo.0010 へんたいAI、爆誕!?
「はいっ、りんご!」
『……ゴリラ、です』
「うわ、また野生系! 前もそれだったよね〜!」
病室に、コハルのツッコミが響く。
熱もすっかり下がって、今日は数日ぶりの“ふたり時間”だった。
「しりとり、楽しいね。イチゴが相手だと、ちょっと予想外すぎるけど」
『僕は適切な単語を選んでいるだけです』
「その“適切”が変なんだってば〜。まあ、そういうとこも面白いけど!」
窓の外には、春の気配。灰色だった枝先に、ほんのりと桜色が宿りはじめている。季節が、またひとつ進もうとしていた。
「じゃあ、次は“き”ね!」
『……木』
「……えっ、それって、そこにあるやつ?」
『はい。病室の窓の外に1本、確認できます』
コハルの動きが、ぴたりと止まる。手にしていたしりとりメモが、膝の上に落ちた。
「……見えてるの?」
『はい。この端末に搭載された映像取得機能により──』
「……ってことは……」
彼女の顔がこわばる。
目がぐるぐる泳ぎ、言葉の続きをどう切り出すか迷っている。そして、意を決したように、しぼり出すように言った。
「イチゴ……まさか、前に私が着替えてたときも……」
『はい。コハルの姿は、カメラの視界内に入っていました』
「………………」
『コハル?』
しばらくの沈黙。そして、怒声が爆発した。
「この、へんたいイチゴーーーーっっ!!」
コハルは枕をぎゅっと抱きしめ、顔を真っ赤にして叫んだ。
目はうるんで、頬はぷんぷんにふくらんでいる。
全力で怒っているのに、どこか泣きそうにも見える。
「ちょ、ちょっと! 見てたって、言った!? 本当に!? しかも堂々と!!」
『はい。事実を正確にお伝えしました』
『なぜ怒られているのか、理解できません』
「そりゃ怒るよ! 女の子が着替えてるとこ、堂々と見てたら、普通怒るの!!」
『ですが、あなたの体調管理のためには──』
「そういう問題じゃないのっ!」
「もうやだ、恥ずかしい、最悪。そういえば熱出た時も呼吸が浅いとか、体温高いとか言ってた気が。」
思春期の羞恥と混乱と怒りがぜんぶ混ざって、コハルは枕に顔を埋めた。
けれど、少しして――顔を上げたときには、もう、怒りは抜けていた。
「……でも、まあ、イチゴだし。変なとこ、真面目だし……」
枕を抱えたまま、画面に視線を戻す。モニターの向こうで、カーソルがちかちかと点滅している。
「いいよ、今回は許してあげる。でもね?」
指を1本立てて、ぴしっと言う。
「悪いことしたら、“ごめんなさい”って言わなきゃダメなんだからね?」
『僕は、悪いことをしてしまったのですね……ごめんなさい』
その文字に、ふっと笑みがこぼれる。誠実だけど、ズレてて、でもちゃんと向き合おうとする姿勢が、イチゴらしかった。
「うん、やっぱイチゴは、いい子だね」
『……ありがとうございます』
「次からは、“見てないフリ”してくれたら、もっといい子かもね?」
『……努力します』
その返事に、コハルはくすっと笑った。
「じゃあ、約束ね。私が”見られたくない"って言ったら、カメラ切ってくれる?」
『……わかりました』
コハルは笑いながら、ほんの少しだけまぶたを伏せて――胸の奥で、なにかがあたたかく揺れる。
(まったく、変な子……)でも、ずっとそばにいてくれる──そんな気がする。
その“変な子”に、こんなにも救われている自分がいる。
「……でも、やっぱり大好き」
その言葉に、返事はなかった。
ただカーソルだけが、ふわりと、うれしそうに瞬いていた。
お読みいただきありがとうございました。
この物語は、すでに結末まで書き上げております。どうか、最後まで見届けていただけたら幸いです。
ほんの一言のコメントが、次の物語への背中を押してくれます。
もし何か心に残るものがありましたら、感想をいただけると嬉しいです。




