8話 洋服屋
町の中は沢山の露店があり、通行人で溢れ返っていた。
「明日、パーティーに参加する時に必要な物などありますか?」
私はドレスを一着も持ってはいない。
そもそも何がいるのか分からなかった私はマリアさんに尋ねた。
「特に必要な物はございませんが、今着ているお洋服以外に衣装はお持ちですか?」
やっぱりそうだよね。
流石に今着用している長袖の黒シャツと紺色のズボンじゃまずいか。
キーシャの町でこっそりドレスを買うしかないか…。
「いえ、パーティーに参加出来るようなドレスは手元にないですね…。なのでこの後、洋服屋で購入しようかなと思っていました」
「もしよろしければ、おすすめのお店があるのですがご案内してもよろしいですか?」
案内してくれるのは有難いのだが、村人の手が届くドレスは果たしてあるのだろうか?
不安になった私は見栄を張らずに思ったことを口にする。
「お気持ちはとても嬉しいのですが…。懐が寂しいので平民の方でも買えるようなお店だと助かるのですが」
「かしこまりました!」
マリアさんは笑顔で返事をした。
自分で探す手間が省けたのは良かったけれど、いくらかかるんだろう。
村長がくれたお金で足りるといいんだけどな…。
もし、お金が足りなかったらドレスを貸してくれる所も探さないといけないし。
そもそも、ドレスを貸与してくれるお店なんてあるのだろうか。
「ちなみに今はどちらに向かっているのですか?」
「屋敷に帰る道中に衣装をご用意できるお店があるので、そちらに向かっています」
初めからマリアさんは洋服屋に寄ってくれる予定だったのかもしれない。
この感じだと。
そうだよね。
村人が貴族様のパーティーに合う衣装なんて持って
ないって普通は思うか。
城門から入った馬車は真っ直ぐ進んでいるため、町の中心に向かっている。
さっきより通行人は減った気がする。
だけど、身なりが整っている人たちが増えたように感じた。
「ここから先は馬車が通れない道があるので、歩いて向かいますね」
「わかりました!」
返事をした私は馬車から降りて、マリアさんの後ろを付いていく。
住宅街の間を進んで細い道を通り抜けるとマリアさんが振り返った。
どうやら目的地に到着したみたいだ。
「こちらのお店でルリさんのお洋服を揃えようと思います!」
ふぅ。
なんとかお金は足りそうかも。
斜めになった店の看板に、ツルが掛かった玄関扉。
外観で判断するのは良くないけれど、ふっと胸を撫で下ろした私はマリアさんと共にお店の中に入った。
室内は年季は入っているけれど、隅々まで掃除が行き届いている。
ドレスや靴がガラスケースに展示されており、綺麗に並べられていた。
可愛いなあの青色のドレス……。
ドレスには幾つものスパンコールが散りばめらており、キラキラ輝いている。
シンプルなデザインだが、何かに吸い込まれるように足が自然と動いた。
私は青いドレスの所まで移動すると、その場でじっと見惚れていた。
「もし良かったら試着してみたらどうですか?」
「んー…。そうですね」
値段は表記されていない。
一瞬悩んだが、隣に展示されている黒いドレスよりかは幾分か安そうである。
あっちのドレスは胸元に煌びやかで宝石のように光り輝く石が装飾されているからね。
グルっと店内を見渡した。
お店に入った時から思ったが、店員さんが見当たらない。
今、取り込み中なのかもしれない。
私たち以外には客はいないけどね…。
まあ、呼んだら来るだろう。
「すみませーん。試着したいのですが誰か居ませんかー?」
「……はぁぁい。ちょっとお待ち下さいね~!!」
間延びした声がレジの奥から聞こえた。
待つこと数分。
「すみません~!!さっきまでお花詰んじゃってて~!お待たせ致しました!」
ムキムキの体格で三十代くらいのオジサンが奥からやってきた…。
ピンクのツインテールに可愛らしいフリルのリボンを着用している。
女性用のドレスなのは言うまでもない。
あ、私が見蕩れていたドレスの色違い……。
マジか……。
お手洗いで遅れて来たのは気にならなかったが、これはインパクトが強過ぎる。
真っ赤な紅を塗りこんである、明太子みたいな唇も特徴的だ。
「お客様いかがなさいましたか?」
店員は唇に手を当て、可愛らしく首を傾げる。
ごっつい首なのに滑らかさな動きが気になった。
全然可愛くないです……。
背中に変な汗まで掻いてきた気がする。
あまり人の容姿にとやかく言うつもりないけれど、あまりに衝撃が大きい。
私は呆然と立ち尽くしてしまった。
フリーズした私の元にマリアさんが近寄る。
「マッキュさん。どうも、こんにちは!」
どうやらマリアさんはこの店員さんと知り合いらしい。
「いつもご贔屓にして頂きありがとうございます。マリア様。本日はどのようなご要件でしょうか?」
この反応。
マリアさん…。お得意様なんだ。
私ならリピートするのに躊躇ってしまうけど、マリアさんは鋼の心をお持ちのようだ。
「今日はあそこに飾られている青色のドレスを購入しようかなと思いまして」
え!
マリアさんもあのドレスが欲しかったのか…。
被ってしまったのならしょうがない…。
「かしこまりました。ではいつもの試着室へご案内致しますね!」
「あ、すみません。今回は私じゃなくて彼女を案内して頂けますか!?」
マリアさんは慌てて、私の方に試着を促した。
あれ?
私なんだ!?
マッキュさんは私の顔をじっくり見たあと、試着室の方向に視線を向ける。
五本の指をぴったりと揃え、手のひらを上向きにすると、俊敏な動きで案内方向を示した。
「それでは試着室にご案内致します!!」
上腕二頭筋が無駄にウェーブしていなかったら、その洗練された動きに見惚れていたかも知れなかった…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私はあの洋服屋で一目惚れした青色のドレスを手に入れた。
正確に言うと、私じゃなくてマリアさんが購入してくれたから手元にあるんだけどね。
そもそもあのドレスは私の手の届かない代物だった…。
ゼロが多かったし。
試着を終えた私は一度お手洗いに行ったのだ。
マッキュさんの圧で緊張したのか、尿意がピークに達していたから。
お手洗いを終えてレジの方に向かおうとした時、マリアさんが私の代わりに精算しようとしている姿が見えた。
私は慌てて駆け足でレジに向かい、表示された値段を確認する。
「うげっっ」
思わず、心の声が漏れてしまった。
値段を確認しないまま商品を預けていた私も馬鹿だったのかもしれないけど、これは流石に払えない…。
商品を返却しようとドレスを掴むとマリアさんが強引にお会計を済ませてしまったのであった。
「あの、本当にありがとうございます……。どのようにしてお返しをしたらいいのでしょうか?」
村人の私じゃ、こんな大金すぐ返せる額ではない。
十年くらい休まず必死に働いたらなんとか返済出来るかもしれないけど、あまりに大きな買い物であったことには違いない。
「お金は要りませんのでお気になさらず。ただ……」
その後の言葉がとても恐ろしい。
ごっくん。
唾を飲み込んだ私は身構えた。
「出来れば、これからゆっくりで構わないので、アレク様と仲良くして頂けませんか?あまり親しい友人が居られませんので…」
うんうん。
今、マリアさんが私にお願いした内容は、
アレク様と友諠を深めて欲しい。
そう言うことなのかな…。
……。
十年必死に働いて返済した方が楽な気がする…。
友達の作り方も碌に知らない私がよりによって、貴族様と仲良くなるだなんて。
一度お会いした時のアレク様は優しそうなイメージだったけど…。
今の発言だけで判断するならば、アレク様には親しい友人がいない…。
だから、友達になって合流を深めて欲しいってことなんだろうけど。
んー。
友達がいないというより、アレク様は敢えて作っていないんじゃないだろうか。
貴族の付き合いも色々と見えない縛りもあるだろうし。
まあ、高額なドレスも頂いた訳だし、できる範囲で頑張るしかないか。
「わかりました。最善の努力はしますが、親しくなれなかったらすみません」
「はい!よろしくお願いしますね!いえ、仲良くなってもらわないと困りますので、もし不仲になってしまったら…そうですね。更に何枚かドレスを買い足しに行ってその分は返済して頂きますね」
なんて横暴な……。
ハードルはとっても高いし、有無を言わせない圧がひしひしと伝わってくる。
馬車が止まり、屋敷の門が開かれる。
「今日は別邸にご案内するのでそちらに泊まって下さいね!」
「あ、ありがとうございます!」
元々ホテルに止まる予定だったけれど、予算が浮いたのは良いことだ。
持ち合わせのお金もそんなに無かったし。
ただ、アレク様と仲良くならないといけない…。
それはかなり厳しい課題だよなぁ。
「アレク様は明日のパーティーの準備が忙しいため、今日はお顔が見れないかもしれません。ご了承下さい」
申し訳なさそうにマリアさんが頭を下げた。
主催者だったら前日は色々と忙しいのは分かっていたからその点は何も問題ない。
「いえ、お気になさらいで下さい!明日、アレン様にご挨拶に伺うことにします!」
「よろしくお願いします!とりあえず別邸のご案内をします!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いよいよ明日、アレク様に招待されたパーティーだ。
トラブルとかに巻き込まずに美味しくご飯でも食べれたらいいな。
悪運は強い方だから、あんまり目立つような行動は避けよう。
ただ、アレク様にお近付きになって親睦をなんとか深めないといけないからからなぁ。
どうやったら仲良くなれるかいい案は浮かばないけど、とりあえず何かアプローチはかけた方がいいよね。
明日体調を崩したら元も子もないし、今日みたいに日中、眠くなっても困るから早めに寝るか。
別邸の窓から外を眺めていた私は物思いに耽っていた。
そういえば、お昼からあんまり水分取ってないから喉が渇いたな。
部屋の片隅に設置されている冷蔵庫を開けると、私の好きないちごジュースが沢山あった。
おぉ!
十本も置いてある!
手前に並んでいるいちごジュースを鷲掴みして、豪快にいちごジュースを煽った。
ん…。
いつもと風味が違う様な…。
だけど美味しいからそこまで気にしなくてもいっか!!
十分も立たない内に、気分がすごく高揚してきた。
冷蔵庫にいっぱい整列しているジュースたちを眺める。
教官である私は、いちご缶に司令を出した。
(こら!そことそこ!)
(列からはみ出て、乱れているじゃないか!)
(罰として私自ら鉄槌を下しまふ!)
カシュっ。カシュっ。
ぐびくび…。ぐびくび…。
「ぷはぁ~」
私の視界がぼやける。
一気に飲み過ぎたみたいだ。
お腹がタプタプする〜。
空瓶を見ると八本は飲んでいた。
心なしか体がポカポカして意識が朦朧とする。
あァ〜。
なんだか、ぐわんぐわんもするし…。
どっと疲れが押し寄せてきたのかなあ~。
これならぐっすり眠れそうかも~。
倒れ込むようにベットに沈んでいき、意識を手放した。
空瓶がカランと音を立てて倒れる。
扉の隙間から覗いていたメイド服の少女は不敵な笑みを浮かべ、満足そうにその場から立ち去ったのであった。
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