58話 決闘
ガイアークは腰にかけていた剣を手に取り、私を見据えた。
「ルリ…。
キミは一体何をしてるんだい?」
隣にいたギイルは一歩後退りながら話しかけてきたので、私は剣を握ったまま応えた。
「いえ、あなた方のために神聖魔法を使うべきじゃないと判断したのです」
ガイアークが亡き父のように尊敬できる人であれば、ギイルだけを白日の元に晒せばいいと思っていた。
だが、予想通りガイアークも第二王子のように自分の利益だけを最優先するような人物だった。
「私はあなた達に協力はしません」
きっぱり私が言い切るとギイルは肩を震わせて、睨んできた。
「もしもキミが協力しなかったら、後で後悔することになるよ」
ギイルの脅しに私は屈しない。
ここで弱腰になって相手の言いなりになる方が後悔すると思ったから。
「残念だよ、ルリ。キミには失望ー」
ギイルの会話の最中に、私は彼の首元に手刀を落とす。あらかじめ【身体強化】を発動していたので、不意打ちは成功。
「ほう、まさかその歳でも軽々扱えるとは素晴らしい」
私と一定の距離を取ったガイアークは感心した。
どうやら、彼も密かに【身体強化】の魔法を発動していようだ。
出来ればギイルを気絶させた流れで、枢機卿も気絶させたかったのだがそれは叶わなかった。
「第二王子も同年代と比べたら遥かに高い身体能力を持ち合わせているというのに、一瞬で昏倒させるとは。いやはや、恐ろしい」
ガイアークは悠然とした態度で、小さく拍手をした。
不意打ちだから第二王子は一発で仕留めることが出来たが、枢機卿はそうはいかないだろう。
「神聖魔法だけでも素晴らしいのに、戦闘の心得まであるとはねえ。
喉から手が出るほどキミが欲しいなあ」
「…」
無視を貫く私に、ガイアークは痺れを切らしたのか、小さな声で独白した。
「手荒い真似は好きじゃないんだが、仕方ない」
ガイアークがそう言った瞬間、私の視界から彼の姿がブレた。
咄嗟に私はその場から一歩引いた。
すると、銀色に光る一本の筋が腹の前を走る。
その場に立ち尽くしていたら私は腹を一直線に斬られていただろう。
「ほう、この剣速を見切るか」
油断していた訳ではなかったが、彼の姿を一瞬見失ったのは不味い。
かろうじて目で終えそうな速度ではあるけど、少しでも判断を誤れば一撃で致命傷になるだろう。
追撃されないように、私はすかさず間合いに入ったガイアークに袈裟斬りを振るった。
お互いの刃がぶつかり、火花を散らす。
剣筋は見切られているようだが、私は攻めの手を緩めない。
何度か剣が交差すると、鍔迫り合いの形に持ち込まれた。
重たい。
単純な力勝負だと筋力差があまりにも違いすぎるが、【身体強化】のお陰でかろうじて均衡を保っている。
「小癪な」
枢機卿の苦しそうな表情を見る限り彼も全力で力を入れているようだ。
凄まじい力で押し負けそうになるけれど、私も魔力をさらに消費して【身体強化】で筋力を底上げする。
そのおかげで剣を押し返すことに成功して、彼の肩に傷が入った。
接近戦では分が悪いと感じたのか、ガイアークは五メートルほど間合いを取る。
そのまま追撃するのも良かったが、一度呼吸を整えるために私はその場で静止した。
「小娘風情が調子に乗りおって」
ガイアークは息をあげて、悪態をつく。
向こうもだいぶ魔力を消費したのか、肩で息をしている。
私も膨大な魔力を行使したせいで立ち眩みがした。
「貴様が大人しく従っていれば、地位も名誉も思いのままのだぞ」
「そんなもの必要ありません。
私は父のように助けを求めている人がいたら手を差し伸べる、そんな優しい人になりたいのです」
「馬鹿馬鹿しい」
ガイアークは私の言葉を嘲笑うと、魔法を詠唱した。
「燃え盛る炎よ。我の元に集え、そして貫きたまえ。【灼熱矢】」
炎矢が中級魔法なのだが、【灼熱矢】はそれよりさらに上。この魔法は上級魔法に分類される。
降りかかる灼熱の矢を躱すことが出来ないと察したので、私はすかさず防御魔法を発動する。
「水障壁」
水で生成された壁が出現するのだが、この魔法は中級なので本来であれば【灼熱矢】を防ぐことは出来ない。
水障壁が一枚の場合ならあっさり破られるのだが。
私はこの壁をなんと、五重に張ったのだ。
どうやら私は他の人より遥かに魔法適性があったらしい。
五重の水壁に幾多もの灼熱の矢が衝突したことにより、辺りは濃霧になった。
視界が悪くなったので私は中級魔法の【扇風】で霧を晴らす。
「なぜだ!?
中級魔法で【灼熱矢】が防げる訳がない!」
無傷の私が信じられないのか、枢機卿はひどく狼狽した。
私は残った魔力をありったけ【身体強化】に変換して、
全力で地面を蹴った。
一瞬で間合いを詰めた私はガイアークの鳩尾に拳を叩き込む。
彼は物凄いスピードで壁に衝突した。
手応えは十二分だ。
以前、私が巨漢の黒ずくめを素手で殴った時とは雲泥の差だろう。
神聖魔法が扱えるようになってから私は驚異的な速さで成長している。
元々、封印されていた膨大の魔力が一気に解放されたからだと思う。
地面に倒れ込んでいるガイアークはピクリとも動かなかった。
安堵した私はその場に座り込むと、一気に倦怠感が身体を襲ってくる。
だが私はここで倒れるわけにはいかない。
第一王子を救出して、アレク様の嫌疑を晴らさなければならないのだから。
私は立ち上がって王宮に向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルリがクリセイル教会で騒動を起こした一週間後。
「アレクは本当にこのままで良いのかい?」
王宮の自室にいる第一王子がアレクに尋ねた。
椅子に座っているカーリスは悲しそうに瞳を伏せる。
「ええ、カーリス殿下を暗殺しようとした第二王子を捕縛出来ましたし、枢機卿がルリを利用して教皇の地位を奪おうとしていたことも未然に防げたので」
「確かに、ルリが自分を救ってくれたことで私は生きているけれど…」
カーリス殿下が非常に申し訳なさそうな表情でアレクを注視する。
「本音を言えばこの国、キーシャでルリと一緒に人生を歩みたかった。
けれど、これは彼女自身が決めたことです。
カーリス殿下が気にする必要はございませんよ」
アレクは自分にも言い聞かせるようにゆっくり話した。
ルリに対して特別な気持ちを抱いていることを知っている第一王子は後ろめたそうに答える。
「かもしれないがな。
それでもアレクには辛い決断をさせたからな」
「いえ、ルリが元気に過ごしてくれるのが一番私の願いですから」
アレクは第一王子に優しく微笑みかける。
その思いに嘘偽りは一切ない。
「そうかい」
「ではルリを見送ってきますね」
アレクは第一王子に一礼して、部屋を退室した。




