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56話 毒殺


 ギイルは馬車の中でほくそ笑む。


(アレクが兄さんも一緒に屋敷へ招待してくれて助かったよ)


 ルリが教会の件をアレクに相談するのは分かっていた。それにアレクが彼女を特別扱いしているのは以前から知っていた。


(明日ルリは教会に行くと返事するだろうし、全て計画通りだ)


 馬車が停止して扉が開くと、アレク直々に出迎えてくれた。


「ご足労いただきありがとうございます」


「兄さんは先に屋敷にいるのかな?」


「さきほど、カーリス殿下も屋敷に到着しましたよ。では部屋に案内しますね」


「よろしく頼むよ」


 アレクの背中を追うギイルは口角を釣り上げた。


(兄さん。もうちょっとで死んだ母親に会えるね)


 ギイルは込み上げてきた黒い感情を押し殺し、気持ちを切り替えアレクに話しかける。


「この屋敷に招待された時はびっくりしたよアレク。

 てっきりキミは僕を嫌っていると思っていたからね」


「そんなことはないですよ。王族の方を理由なく呼ぶのは気が引けますから、今までお誘いするタイミングが合わなかっただけです。カーリス殿下もあまりここには来たことがありませんよ?」


「兄さんもこの屋敷に来ることはあんまり無かったんだ。へえ、それは知らなかったな」


「そうですね。私自ら王宮に足を運ぶことが多かったので」


 応接間にたどり着いたアレクは扉を開けた。


「こちらのお部屋にカーリス殿下もいらっしゃいます。お入りください」

 

 アレク達が部屋に入ると、カーリスが椅子に座って優雅に紅茶を(すす)っていた。


「どうぞ、ギイル殿下もおかけ下さい」


 第一王子の隣に座ったギイルはアレクと向き合った。


「ギイルも屋敷に呼ぶなんて珍しいね?」


 カーリスが不思議そうな表情で問いかけた。


「新鮮な極仙鳥(ヒノトリ)が手に入ったので是非、お二人に食べて頂きたいと思ってお呼びしました」


 極仙鳥(ヒノトリ)は市場で全く出回らない希少性の高い鳥である。


「もう少しで極仙鳥(ヒノトリ)が焼き上がるので、少々お待ちください」


「王宮でも中々出回らない代物だから凄く嬉しいよ。わざわざ僕も招待してくれてありがとう」


 椅子に座っているギイルは足を組み直し、アレクにお礼を告げる。


「だけど、それ以外にも用件があるから屋敷に呼んだんでしょ?」


 ギイルは意味深な表情でアレクを見つめる。

 アレクは駆け引きをするべきか一瞬迷ったが、単刀直入に言うことにした。


「左様でございます。

 結論から申し上げますと、ギイル殿下はルリに何をご所望なのですか?」


「そんな怖い顔で見ないでほしい。迂闊(うかつ)な発言が命取りになりそうだ。

 

アレク、殺気を抑えてくれないかな?」


「そのようなつもりはー」


「まあ、いいか」


 ギイルは余裕の態度でアレクの威圧を受け流し、世間話をするような口ぶりで会話を続ける。

 

「僕の望みはシンプルだよ?

 ルリの父親みたいに彼女も沢山の人の命を救って欲しい、ただそれだけだよ」


 カーリスは二人のやり取りを静かに見守っている。


「クリセイル教会の実態が全くわからない私からすれば、そのお言葉だけでは信用することは厳しいのです」


「ギイル、目的は本当にそれだけなのかい?」


 静観していた第一王子も弟に真剣な表情を向け、問いただす。


 すると、応接間の扉がノックされて、使用人が料理を運んでくる。


「まだ時間はゆっくりあるんだし、冷めないうち極仙鳥を食べてもいいかな?」


 ギイルは兄の言葉をさらっと躱して、アレクに提案する。


「問題ありません。

 お食事が終わったらしっかり説明して下さいね」


 使用人が極仙鳥を次々と切り捌いている間、ギイルはポケットに忍び込ませた小瓶を取り出した。


 皆にバレないようにこっそりと。


 アレクは葡萄ジュースをグラスに注いで、カーリスとギイルに配った。


 小瓶の蓋を開けたギイルは偶然を装ってテーブルから食器をわざと落とす。


 パリンッ。


 使用人もアレクも割れた食器に視線を移した瞬間、ギイルは小瓶に入った液体をカーリスのグラスに垂らした。


 ギイルは素早く小瓶の蓋を閉め、ポケットに仕舞い込む。


「脱水なのかな?手が震えて落としちゃった。

 ごめんね、大切な食器を割ってしまって」


 ギイルは頬を搔きながら謝罪すると、アレクは殿下たちの身を案じた。


「いえ、大丈夫です。お二人とも怪我はありませんか?」


「うん、無いかな」


「私も何ともないよ。

 弟が脱水になってもあれだから先に乾杯しようか」


 カーリスはグラスを掲げると、アレクとギイルに視線を配った。


「アレク今日は招待してくれてありがとう。

 極仙鳥に乾杯!」


 そして、カーリスはグラスに注がれた葡萄ジュースに口をつける。


 ギイルはその様子を見て、薄ら笑いを浮かべた。

 第一王子のグラスにこっそり入れた液体は魔草から抽出した毒である。

 個人差は多少あるものの、数分のうちに意識を失い、死に至る可能性が高い猛毒だ。


 ギイルは極仙鳥を口いっぱいに放り込んで、ゆっくり咀嚼したあと破顔する。


「アレク、この極仙鳥は絶品だね」


「うん、すごく美味しい。アレク、この極仙鳥はどこでー」



 カーリスも満足そうに肉を食べ、感想を述べていると突然、椅子から崩れ落ちた。急に倒れたカーリスは苦しそうな表情でアレクに訴えた。


「アレク…。息が…できない」


 アレクは急いでカーリスに駆け寄り、彼を観察した。


(身体が痙攣している。誰かに毒を盛られたのか?)


 全く心当たりのないアレクは使用人を凝視すると、彼女はひどく狼狽していた。


(この反応。彼女ではなさそうだ。

 となれば、厨房にいる料理人の仕業なのか?)


 疑問を抱えたまま、アレクは急いで屋敷にいる薬師に助けを求めに行った。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 極仙鳥を食べたその日、アレクは王子暗殺未遂で王宮の牢獄に監禁される。

 翌日、暗殺未遂の件を聞いたゼシルは屋敷で暴れていた。


「ゼシルお嬢様、お辞め下さい!」


 メイベリットの使用人に当たり散らしていた彼女だがそれだけは全く怒りが収まらなかった。

 王宮に乗り込むことにした彼女は使用人の静止を振り解き、強引に馬車を走らせた。


(アレク様は私が助けてみせますわ)


 上手く手綱を操れなかった彼女は途中で馬車を乗り捨て、自分の足で直接王宮に向かった。

 それくらい冷静な判断ができないほど、ゼシルは怒り狂っていた。


 王宮にたどり着いたゼシルは兵士のたちを押しのけ、無理やり牢獄へと行こうとするとギイルが立ち塞がった。


「ゼシル、キミは何をしているんだい?」


 ギイルはゼシルが王宮に駆けつけると、すぐさま地下牢の出口で待機した。


「どきなさい!ギイル!!」


「いくら公爵家のご令嬢とはいえこれは見逃せないなあ。この先には第一王子暗殺未遂の人がいるのだから」


 ギイルは挑発するように微笑して、ゼシルを睥睨(へいげい)した。


「アレク様が第一王子を暗殺しようと目論むはずがないですわ」

 

「キミはそう言うけど、僕の兄は今も昏睡状態に陥っているんだ。アレクの屋敷に行って料理を食べなければこんなことにならなかっただろうに」


「使用人の誰かが仕組んだのよ!」


「キミも暴れるなら、アレク同様拘束するしかなさそうだね」


 


 結局ゼシルは王宮で暴動を働いたことによって捕縛された。

 加えてギイルに大怪我を負わせた罪により、彼女は公爵家の地位を剥奪される羽目になったのであった。


 


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