55話 ギイルの企み
学園の図書館で自習をしていると、私の正面に知らない生徒が座った。
他にもスペースがあるのだから違う席に座れば良いのにな。
彼はじっとこちらを見つめてくるので、気になった私は筆記用具を机に置く。
席を変えようと立ちあがろうすると、彼は口を開いた。
「初めまして、ルリさん。
僕の名前はギイル。勉強のお邪魔だったかな?」
私は改めて彼の方向に視線を向けた。
金髪で、スイカブルーの瞳。
端正な顔立ちをしており、どこか高貴な血筋だと思わせる雰囲気を放っていた。
「あの、私に何かご用ですか?」
初めて見る顔なので、彼は貴族のクラスに所属しているんだろうか。
「うん。君に用事があったから声を掛けたんだ」
ギイルは微笑を浮かべて、私の隣に移動すると小さな声でポツリと囁いた。
「君のお父さんのことについてね、知っていることがあるんだ」
動揺した私は手に持っていた本を地面に落とした。
ギイルは床に落ちた本を拾うとニヤリと笑って呟く。
「気になるかい?」
なぜ、彼は私の父のことを知っているだろうか。
不審に思った私は訝しげにギイルを見つめていると彼はとんでもないことを言い出した。
「ルリのお父さんの遺骨はクリセイル教会で大切に保管しているんだけどね。もしキミが回収したいと思うなら僕のお願いを聞いて欲しいんだ」
父が存命しているとは思ってなかったのでそこまで悲観的な気持ちにはならなかったけど、疑問が生じた。
「その前にお聞きしたいことがあるのですが、構いませんか?」
「いいよ。答えれる範囲のことであればね」
「どうして父のことを知っているんですか?」
「教会の重役と関わりがあってね、その人がルリのお父さんの旧友だったからかな。こう見えてね、僕は第二王子なんだ。
そのお陰でクリセイル教会の内情にもある程度詳しいんだよね」
「なるほど…」
第二王子ならクリセイル教会のことを知っていても不思議じゃないのかもしれない。
「ちなみにお願いとは何でしょうか?」
とりあえず、聞いてみよう。
「それは、亡くなった君のお父さんの想いを引き継いで欲しいんだ」
そんな言い方をされると気になる。
想いって何だろう。
「君のお父さんは沢山の人の命を救ってきたんだ。
だから君もダンと同じように皆を助けてあげて欲しいんだ」
ダン…。
私のお父さん名前だ。
まさか実名が出てくるとは思わなかったので、私はその場で固まってしまう。
第二王子は無言で見つめてくるだけで、こちらが喋るまで口を開こうとはしなかった。
「学園に通いながら、教会に足を運ぶのはダメですか?」
「それは厳しいね。
神聖魔法は特別だから悪用されないためにも、クリセイル教会の中で厳重に管理しているから」
「少し考えてさせて下さい」
父の名前も知っているので、全てが嘘とは思えなかったけど、この場で即断することはできなかった。
「三日後、この時間にまた図書館に来るから、その時は良い返事を待ってるよ」
第二王子は私に微笑みかけて、図書室を去って行った。
正直、学園生活を手放したくはない気持ちはある。 ただ、クリセイル教会で父みたいに沢山の人の命を救うことが出来るのなら、とりあえず教会に行くのもありなのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第二王子から持ち掛けられた話を、翌日ツバキとネムに話した。
二人とも悲しそうではあったが、
「「ルリがクリセイル教会に行きたいなら私たちは応援するよ」」
とツバキたちは背中を押してくれた。
その日の放課後、マリアさんとアレク様にも同様に話した。
本音を言えばアレク様に喋るのは抵抗があった。
援助をしてもらい、学園に編入させてもらったから。
けれど、恩を仇で返すようなこともしたくはなかったので正直に話した。
「なるほどね。ギイルからそんな提案があったんだ」
「はい」
「マリアも私もルリがクリセイル教会に行くことは反対しないよ。
ただ気掛かりなことがあるから、あまり賛成はできないかな」
アレク様が神妙な面持ちで私を見つめていると、隣にいたマリアさんも便乗する。
「私もそう思います。気になる点が二つあるので話しても良いのでしょうか?」
アレク様が頷いたので、マリアさんが代弁する。
「ギイル殿下はどうやってルリさんが神聖魔法の使い手だと知ったのか。もう一つ。
どうして王子自ら、間に入ってルリさんに交渉を持ちかけているのか?」
「そうなんだよね。ギイルが知った理由もそうだし、クリセイル教会が直接ルリに接触していなのも不思議なんだよね」
二人に指摘されると私も初めて違和感に気付いた。
どうして、第二王子が仲介役なんてしているのだろう。そもそも私が神聖魔法を扱えることを知っているのも不自然な話だ。
父のことばかり気にしていたので、疑うことすらしていなかった。
「とはいえ、ルリのお父さんを知る人が教会にいるのは事実だろうし、旧友っていうのもあながち嘘じゃないとは思う」
アレク様はそう言って、再び思案顔になる。
父の過去も知りたいし、この力を使って人助けをしたいなとは思う。
クリセイル教会に興味はあるけれど、二人の指摘通り気掛かりなこともあるけれど。
「最終的に決めるのはルリ自身だからね。
学園に来て欲しいなと思ったから私たちは手を貸しただけで、教会に行ってみようと思うなら応援するよ」
「はい」
「ただ、第二王子の言葉を全て信用するのはダメだよ。いくら王族と言えど何か狙いがあるからこんな提案をしているわけだし」
「残り二日じっくり考えて結論を出したいと思います」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第一王子のカーリスはギイルの兄であり、アレクと幼馴染だ。
小さい頃から弟のギイルは、才色兼備で非の打ち所がないカーリスをいつも妬んでいた。
だが、八才を迎えたときギイルは衝撃の事実を知る。
実はカーリスとギイルは異母兄弟で、さらにカーリスの母はただの平民だったのだ。
カーリスの母が亡くなって、すぐに若い貴族の娘を妃として迎え入れ、生まれたのがギイルであった。
「お兄さま!明日はお兄さまもアレクの屋敷に行くんですよね?」
ギイルは王宮の通路で兄とすれ違ったので呼び止めた。
足を止めたカーリスは振り向いて、返事をする。
「そうだよ、ギイルも誘われたのかい?」
「はい!」
「そういえば、ギイルがアレクの屋敷に行くのは初めてだったかい?」
「だから明日は楽しみです」
「それは良かったね、ギイル。少し急いでいるからこれで失礼してもいいかな?
「はい、お兄さま。
では明日、アレクの屋敷で」
ギイルは小さくなっていく兄の背中を見つめながら、笑みを浮かべた。
(長かったよ、兄さん。ようやく明日でお別れだね)




