54話 混血
「わざわざ屋敷まできてくれてありがとう、マーベル」
ゼシルは嬉しそうな表情でマーベルにお礼を告げた。
「まあ、少し心配になったからな」
「優しいのね」
ゼシルから褒められて嬉しかったのか、マーベルは頬をかいて照れた。
「そういえば、デニムの熱はまだ下がらないのか?最近、全然訓練に来ていないけど」
マーベルの言う通りデニムはあれから一度も訓練に参加していない。
デニムがボロを出すかもしれないと危惧したゼシルは弟を軟禁したのだ。
「体調が完全に治ってないから、もうしばらくお休みするかもしれないわ」
「そうか、ゼシルに熱が移らないといいな」
「ええ、そうね。
学園で聞いたのだけれど、ルリ様は身体大丈夫なのかしら?」
ゼシルはルリが平然と学園に通っていることを知っている。ルリが休学すると思っていたゼシルはマーベルから探りを入れることにした。
「ルリ姉に何かあったのか!?」
ゼシルの予想通り、マーベルには秘密にしていたのだと確信した。
もしルリが襲われたことを共有していたらマーベルもこんな大袈裟に反応しないだろう。
「いえ、私も小耳に挟んだだけで本当の事はわからないの…。ただ、何者かに命を狙われたって聞いたのよ」
「いつ襲われたんだ?」
「一週間くらい前の話かしら」
「まあ、昨日ルリ姉に会ったから無事なのは確かだけど、また誰かに狙われているんだな」
(私を信用してなかったらこの屋敷に来ないわよね)
ここでゼシルは大博打を打つことにした。
「もしルリ様が大怪我を負ったとしても神聖魔法で治してしまうから、襲われたかどうかわからないのが難点ね。皆に心配かけないように、隠し事をするのがお上手だものね」
マーベルは大きく目を瞠り、真剣な表情でゼシルを見つめた。
「ゼシルもルリ姉の秘密を知っているんだな」
「ええ。学園で襲われたとき、私の身体を治癒してくれたから」
そんな事実など全くないのだが、マーベルはゼシルの言葉を信じることにした。
とはいえ、ルリの忠告を忘れていたわけでは無かったマーベルは半信半疑で会話を続ける。
「ルリ姉をクリセイル教会に連れて行かれないようにしたいけど、全員助けていたらいずれバレちまうよな…」
「ですわね。私のためにわざわざこんなに身体を張ってまで助けてくれるなんて。あのまま私が死ねばー」
「わりい、そんなつもりでいった訳じゃないんだ!!ごめん!」
ゼシルはニヤつきそうだったので顔を伏せ、目元を手で覆った。
(なんて、扱いやすくて健気な子なのかしら)
「だけど、クリセイル教会に入ったらとても裕福な生活を送れるのに、ルリはどうして隠しているのかしら」
実際、そんな生活が送れるかどうか知らないけれど、何かルリの弱点を見つけるためにゼシルはあえてそんなことを言った。
ルリとポッチ村で質素な暮らしを一緒に送っていたマーベルはその言葉に食いつく。
「クリセイル教会にいけば裕福な生活を送れるのか?」
「ええ、そうらしいわ。侯爵家と肩を並べるくらい贅沢が出来るらしいわ」
マーベルは煌びやかな生活を堪能したいというより、ルリ姉の生活が豊かになればいいと思っていた。
だからこそマーベルはこの話を聞き逃すことは出来なった。
「まあ、でもルリ姉は教会に連れて行くことはできないな」
「どうしてかしら?」
「絶対に誰にも話さないって約束してくれよな」
(マーベルの態度を見る限り、餌をばらまいたのは正解だったわね)
「もちろんよ。ルリ様には私も幸せになってほしいもの」
「ルリ姉は混血だから、クリセイル教会には連れて行きたくないんだ」
ゼシルはその言葉を聞いた瞬間、歓喜のあまり飛び跳ねそうになった。
(もし、クリセイル教会にその秘密を打ち明けたらルリは確実に処分されるわね。
ようやく私に運が巡ってきたわ)
「アレクには秘密にしろって言われたけど、ゼシルなら秘密にしてくれるよな!」
「ええ、もちろん」
(これでもしも、ルリ暗殺がバレたとしても私は大丈夫そうね)
他国は混血に関してそんなに厳しくないのだが、キーシャ。いや、正確に言えばクリセイル教会が混血を断じて許していないのだ。
保険を手に入れたゼシルは満足そうにマーベルを屋敷の出口まで見送るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あのお方に説明するのは気が滅入るな…。
どこからあの情報が漏れたんだ?)
ギイルはゼシルに秘密にしていたことがあった。そのうちの一つはルリが神聖魔法を扱えること。それはいずれバレるだろうと思っていた。
神聖魔法を使ったら誰でも分かるからだ。
だが、もう一つの事は何故バレたのか分からない。
それはルリが人間とエルフとの混血で生まれたことだ。
(王族の僕はあのお方と繋がりがあるから知れたのだが、ゼシルはあのお方と面識はないはすだ)
クリセイル教会の聖堂にたどり着いたギイルは目的の人物と接触した。
「進捗はいかがかな?第二王子」
「少し厄介なことになりました」
ギイルの正面にいるのはクリセイル教会でも地位がとても高い人物であった。
彼の名前はガイアーク。
教皇の次に偉い、枢機卿でもあり、ルリの父親と親密な人物でもあった。
「ルリはもうじきこの教会に連れて来れるのだろう?何があったのだ?」
「ええ、その予定ですが、ゼシルがルリの秘密を知ってしまいました」
「もしかして、混血のことがバレたのか?」
「はい」
ガイアークは苦々しい顔でギイルを見つめ、舌打ちをした。
何故ガイアークがルリの混血を知っているのかというと、ルリの父親の親友だったからだ。ガイアークとダンは教会で知り合い交友を深めたのであった。
だが、ダンが命を落としたあとガイアークは本性を現し始めた。自分の野望を果たすために虎視眈々と計画を練っていたのだ。
神聖魔法を扱える者はほとんどが短命である。神聖魔法は普通の魔法とは違い、術者の生命力を行使して発動できる魔法だからだ。
ルリの父親も沢山の人に神聖魔法をかけた反動で命を落とした。彼は孤児や平民にも手を差し伸べていたから尚更だ。
「ずっと疑問だったのでこの際、お聞きしてもいいでしょうか?」
ギイルはガイアークに前々から思っていたことを尋ねる。
「どうしてこの教会は混血を迫害しているのでしょうか?」
「獣人然り、エルフやドワーフが人間より長寿なのは知っているだろう」
「ええ」
全面的に協力している第二王子が今更、自分を裏切ることはしないだろうと思ったガイアークは語り始める。
「神聖魔法が扱える者が短命であるのはー。
初耳だったみたいだな」
教会でもこの事実を知っているのはごく一部の者しかいない。ダンが亡くなり、代わりに枢機卿に任命されてガイアークも初めて知った事実だ。
「はい…」
(第二王子といえど、これは知らなくて当然か)
「この二つのことを組み合わせたら、聡明な第二王子なら何が言いたいかわかるのでは?」
ギイルはすんなり答えを導き出した。
「もし神聖魔法を扱えて、さらに長寿であった場合…。もしそんな人が現れたら非常にまずいですね」
「そうだ。手中に収めようと躍起になるだろう。戦争に発展するのは目に見えてる。実際、百年前にも神聖魔法が扱える混血を巡って、争いが発生したらしい」
「だからこそ、迫害対象にすることで特別な存在が生まれないように、教会が均衡を保っているのですね」
「ああ、もし教皇がこのことを知ればルリは処分されてしまう。けれど、この秘密が漏れず彼女を配下に出来れば、いずれ私が教皇の立場になれるのは明白だ」
「そんな目論見があったのですね」
「ああ」
教会は他国の王族や格式の高い家柄にのみ神聖魔法をかけ、友好関係を築いていた。ただ神聖魔法が扱える者なんてほんどおらず、さらに術師は短命である。
だからこそ、ルリのような存在はあまりにも希少すぎるのだ。
「早急にルリを教会に連れてくるんだ。
兄が玉座に座らないためにもな」
「かしこまりました」




