52話 駆け引き
「アレク様、私に何のお話でしょうか?」
心当たりのあるゼシルはわざと、とぼけたフリをしてアレクの様子を窺った。
「ルリの暗殺を企んだのは知っているよ。どうしてそんなことをしたんだい?」
アレクとしては有無を言わせず、ゼシルを役所に突き出したかった。
だが、彼女の思惑をしっかり確認してからじゃないと、アレクも大胆な行動を取れなかった。
彼女一人の仕業であれば捕まえればいいのだが、誰かの指示でルリを殺そうしたのならば黒幕が野放しになってしまう。
それに、役所に突き出すとなれば他の問題が生じるかもしれない。
「私も脅されて、ああするしかなかったのです」
このような言い逃れをされるとアレクも返答に困った。
「君にそんなことを命令したのはお父さんなのかい?」
ゼシルは無言のまま、アレクの瞳をじっと見つめた。
肯定はしていないけれど、否定もしていないのでアレクは父親が関与している可能性も視野に入れた。
後で言及されても面倒だと思ったゼシルは話の方向を切り替える。
「私もルリ殺害を取り消してもらうよう説得してみせますわ。アレク様もその方が良いのでは?この件を公にするとお互い困ると思うのですが」
確かに彼女の言う通りであった。
このままゼシルを役所に突き出した場合、ルリも事情を聴取されるだろう。
その場合、色々取り調べが行われる最中に神聖魔法が露見する可能性がある。
もしそうなれば、ルリはクリセイル教会に連れて行かれてしまうだろう。
ルリが教会に行きたくないと思ってるなら、アレクもゼシルを役所に突き出さず、穏便に解決した方がいいと思っていた。
「ルリが謝罪に応じるか分からないけど、しっかり誠意を込めて謝るつもりはあるんだろう?」
謝って許される問題ではないのだが、ゼシルがどんな反応をするか気になったアレクは敢えて尋ねてみた。
「勿論ですわ。アレク様の気が収まらないのでしたら如何様にも致します」
言葉だけ切り取れば自省しているようにも見えるが、本心では全くこれっぽっちも反省していなかった。
それどころか、なぜ村人風情に頭を下げなければならないのか?
と逆恨みしているゼシルだが、この場ではアレクとの関係を悪化させないよう言葉を選んで発言した。
性格こそ腐っているが、曲がりなりにも三代公爵家の娘だ。
アレクは何度かゼシルに揺さぶりを掛けてみたけれど、ルリを襲った理由は暴けなかった。
ゼシルとアレクが応接間で腹の探り合いをしていると、使用人がノックをして入室してきた。
「失礼します。ゼシルお嬢様、第二王子がお見えです。このお部屋に案内しても構いませんか?」
「もう少しキミと話がしたかったけど、忙しそうだね。また日を改めて話をしよう」
「襲撃の件について私からお話しできることはほとんどありませんけど、それでよろしければ…」
ゼシルとのやり取りを終えると、アレクは部屋から退室した。
(まだアレク様と話をしたかったのに、あいつがこのタイミングで来るなんて)
ゼシルは舌打ちをしたい気分を抑えて、使用人を睨む。
「第二王子は庭園で花を観賞していますので、急いでお呼びしてきます!」
ゼシルの機嫌を損ねないように、使用人は細心の注意を払いながら立ち去ろうとした。
「ここで待つのも面倒だから、私が直接出向くわ。あなたはアレク様を見送りなさい!」
使用人に鋭い声を放ったゼシルは苛立ちを抑えながら庭園に向かったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さっき、珍しくアレクから呼び止められたんだけど。ゼシル、何をやらかしたんだい?」
ギイルは、庭園にたどり着いたゼシルに詰問した。
察しのいいギイルは彼女がヘマをしたと、直感的にわかっていた。
「大した事じゃありませんわ」
ギイルに反感を買われたくなかったゼシルは誤魔化した。
「もしかして、ルリに何か仕掛けたわけじゃないよね?」
(後で発覚するよりかは今、正直に話した方がいいわね)
「はい…。
ルリを始末しようとしました」
ゼシルは悔しそうな表情で首肯すると、ギイルは肩をすくめた。
「そうだと思ったよ。キミの事だからどうせ、ルリに嫉妬して手を出したんだろう?」
挑発しているのか分からないが、ギイルは呆れたような眼差しでゼシルを見る。
肯定すると、自分がルリより下の存在のように感じたので、すかさずゼシルは否定した。
「いいえ!わざわざ、あなたがルリを気にかけていたから…。興味が湧いたのよ」
歯切れが悪くなったのは否めないが、これ以上舐められたくないと思ったゼシルは強気の姿勢をとった。
「まあ、これ以上追求はしないでおくよ。そうだ、ルリはしっかり生きてるんだろうね?」
「ええ、かろうじて生きているわ」
頭を傾げ不思議そうな表情を浮かべたギイルを見て、ゼシルは眉をひそめた。
「もしかして、あなたはルリの秘密を知っていたのね?」
「さあね…?」
鎌をかけたゼシルはギイルの反応を見て確信する。
(初めからルリが神聖魔法を扱ることを知っていたのね)
その情報を初めから共有してくれてたらこんなヘマをしなずに済んだのに、
と憤るゼシルをよそにギイルは口を開く。
「まあ、知っちゃったのならしょうがないか。後はボクが引き受けるからキミは手を引いていいよ」
釈然としない彼女だったが、アレク様と婚姻関係が結ばれるならこれ以上ルリに関わらなくてもいいか、と思ったゼシルは納得する。
「ええ、いいわ。後はあなたに任せるけど…。
アレク様との婚姻の件。それだけは反故にしたら、絶対に許さないから」
これだけはどうしても譲れなかったゼシルはギイルに釘を刺した。
「最善を尽くすよ。ボクも君とアレクはお似合いだと思っているからさ」
「勿論ですわ。私以外アレク様の隣に寄り添える人なんて存在するはずないですもの」
(ゼシルを利用するのも潮時かな)
「これ以上厄介ごとを増やさないでくれよ。少しだけ庭園を散歩したら帰るね」
ギイルはそう告げると、踵を返した。
(ルリが神聖魔法を扱えるとバレたのは誤算だけど仕方ない)
と諦めたギイルは次の手を模索する。
(予定が狂ったのは致し方ないがあのお方の期待を裏切ればボクの未来も危うくなるからな)
ギイルは庭園に咲く一輪の赤いバラを剣で斬り落とした。
(汚れた兄さんに玉座は渡さない。別にアレクに恨みはないけど、ボクの踏み台になってもらおう)
拾ったバラの花びらを一枚一枚ちぎりながらゼシルの屋敷を去った。




