51話 甘い罠
ツバキたちも屋敷に来ると思ったので、チャムさんに案内された部屋で私は待機していた。
予想通り、ツバキたちはこの部屋にやってくる。
「寮の部屋にいなかった時は焦ったけど、屋敷にルリがいて良かったよ。寮で何かあったの?」
安堵した表情で見つめてきたツバキは大きく息を吐く。
「昼休み様子を見ようと部屋に戻ったら、ルリがいなくて、びっくりしたんだからね」
割と大人しいネムは唇を尖らせて詰め寄ってきた。
「ごめんね。色々あってこの屋敷にいるんだけど、とりあえず一段落ついたと思う」
「そうなの?何があったのか詳しく教えて欲しいな」
私はツバキたちに今日の経緯を説明した。
一通り話し終えた私は喉が渇いたので、グラスに入ったお茶を飲んだ。
「ということは、ナタリーもこの屋敷にいるってことだよね?」
ツバキの態度がピリピリし始めたので、慌てて私は言葉を付け加えた。
「ナタリーは本当に反省しているから許してあげて欲しいな。お姉さんも、ゼシルから惨い仕打ちを受けて、傷ついているかもしれないから責めないでね」
「そうだよ、ツバキ。ルリ本人がそう言ってるんだから、彼女たちに酷いことしちゃだめだからね」
ネムも援護したことで、不服そうな表情ではあったけれど「わかったよ」ツバキは了承する。
皆仲良くして欲しいとは思わないけど、下手に争って傷つけあう姿を私は見たくない。
「取り敢えず、この後の方針を決めた方がいいよね?」
私は二人の顔を交互に見て言った。
「まあ、そうなんだけど、ゼシルはあれでも三大侯爵の一角だから厄介なんだよねえ。一番手っ取り早いのは、ナタリーがしたことを役所に言えばゼシルを少しは追い詰めれるんだけどなあ」
「けどそれをしたら、ナタリーは投獄されちゃうし、ルリが望む展開にはならないじゃない?」
「まあね、わかってはいるよ?わざわざゼシルの屋敷に単騎で乗り込んで、さらに人質まで助けているんだから。それも自分を手に掛けようとした相手の姉を救出してあげるなんね…」
ツバキは褒めているのか、貶しているのかはわからないけど、困ったような顔つきで私を見つめてきた。
「そんな優しいルリだからこそ、ツバキも私も慕っているんだし、ここは私たちの出番じゃないかな?」
「うーん、そう言われてもなあ。具体的に何かいい案はあるの?」
「ツバキがナタリー達を虐めないなら当面の間、この屋敷で匿ってあげたいかな。多分だけど、ナタリー達が役所に証言しなかったら、ゼシルは大胆な行動は控えると思うんだよね」
「そうかなあ?ゼシルの動機が分からない限り、またルリに次の刺客をよこすかもしれないよ?」
「ルリ、何か思い当たる節はない?」
「どうだろう?ほとんど接点はないからね、パッとは思いつかないかも」
強いて言うなら、お祭りの時にゼシルの反感を買ったのかもしれないが、あれだけで命を狙われてるのだろうか?
流石に三代公爵のゼシルが、村人の私とアレク様との関係性で嫉妬するとは思えないしな…。
もしかして、神聖魔法が関係しているとか?
「神聖魔法が扱えるから私を殺害しようと目論んだのかな?」
気になったので、ツバキたちに尋ねる。
「それは流石にないと思うけどなあ。いくらなんでもクリセイル教会に真正面から喧嘩を売るほどバカじゃないでしょ?」
詳しい事は私も知らないけど、神聖魔法が使える人は半ば強制的にクリセイル教会に連れて行かれるらしいからな。
「ルリちゃんが神聖魔法を使えること知っていたら、間違いなく暗殺なんてしないと思う」
ツバキもネムも口を揃えて言うので、神聖魔法は関係ないのかもしれない。
だとすれば、何が原因で狙われることになったのだろう。
ゼシルの後ろで誰か糸を引いているとか?
んー、黒ずくめの華奢な少年が脳裏に過ぎったけど、正体は知らないし…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナタリー姉妹を口封じの為に殺しておけば、ゼシルはもっと強気な姿勢がとれただろう。
だがナタリーたちを取り逃してしまったので、ゼシルは違う手段でルリを追い詰めることにした。
「なあなあ、この屋敷ってゼシルが住んでいるのか?」
マーベルから見てゼシルは超タイプの異性だった。上手に猫を被っていることもあり、マーベルは早くもゼシルに心を開き始めていた。
彼女の本性を垣間見ればマーベルの気持ちも、熱した鉄に水をかけたように急激に冷めていただろう。
だが現時点では、ゼシルの本質を見抜くことは限りなく不可能だった。
マーベルの頭の弱さも拍車をかけているのだが、ゼシル自身が徹底的に仮面を被っているからだ。
「ええ、ここで肩身の狭い思いをしながら住んでいるわ」
傍若無人のゼシルが終始マーベルとの会話を傾聴しているのだから、騙されるのも仕方のないことなのだが。
「親もそうだけどよ。
どうして、そんなに優しいのに弟に嫌われているんだ?」
「分からないわ。
思い当たることがあるとしたら、私の要領が悪いからかもしれないわね」
ゼシルの事はまだ全然わからないが、弟のデニムについてはマーベルも共感できる部分があった。
(あれだけあいつが優秀なら、姉の事を見下すのもありえるな。オレの事だってずっと馬鹿にしていたわけだし)
ゼシルの言葉を鵜吞みにしていたマーベルは彼女を優しい言葉で慰める。
「もし、家族がゼシルをのけ者にしてもオレはずっと味方だからな」
同世代と比較したらデニムは賢い部分はあるかもしれないけれど、あくまでそれは同世代での話だ。ゼシルから見れば、デニムとマーベルもどんぐりの背比べをしているようにしか思えなかった。
「ありがとう、マーベル。だったら私のお願いを聞いてくれるかしら?」
「うーん、出来る事ならいいけどよ、なんだ?」
「誰のせいか分からないけど、世間で私は悪者になっているの。だからこの屋敷にマーベルを連れてきたことも誰かに知られたら凄く非難されると思うわ。だからね、定期的にこっそり二人だけでこの場所で会ってくれないかしら?」
「まあ、それくらいならいいけどな」
頼ってもらっていると勘違いしたマーベルは喜んで承諾した。
「ルリ様やアレク様、他の人から沢山忠告されるかもしれないから、あんまり無理はしないで。相談できるのはマーベルしかいないけど、今までも一人で乗り切ってきたから、私を庇って犠牲にならないでね」
普段このような態度を取らないゼシルは窮屈な思いをしながら言葉を絞り出した。
(か弱い女の演技も一苦労するわね)
「オレは心配ないぜ!これからもっと強くなってルリ姉もゼシルも守ってやるからな!」
マーベルを手のひらの上で転がしてる感覚があるゼシルは満足げに笑って、彼と別れたのであった。




