46話 ルリ不在の学園
<ツバキside>
ルリの推測は正しかった。
異変が起きたのは昼休みに入って二十分くらいしてのこと。
私たちがいる平民のAクラスにアレクがやってきたのだ。
キーシャ学園は貴族と平民がなるべく接触しなように校舎が別々に分けられている。
貴族の中にはやはり、平民を見下す連中も一定数いるため、あまり関わり合いが起きないような措置が取られているのだ。
そのため、貴族の中でも明らかに階級が高い侯爵家のアレクがわざわざ平民クラスに足を運ぶことはとても目立つ行動だ。
ツバキは教室の扉を開けたアレクをじっくり観察した。
普段と比べると明らかにアレクの様子が違う。
他の生徒がいる手前、平静を保とうしているがフリージア商会絡みで、普段から交流のある私は一目見てわかった。
他の生徒達は恐らくこの変化には気付かないだろう。
いつものアレクならば少し冷たい印象を受けそうな落ち着き払った態度なんだけど…。
席に座った私に近寄ってくる今のアレクからは、
『虫の一匹すら殺したことはありません。誰も傷付けないので、怖がらないで下さいね』
言葉でもし表現したらそんな感じの雰囲気を発して終始笑みを浮かべならが歩み寄ってくる。
「急にどうしたの?……ですか!?」
思いがけないアレクの様子に動揺した私は危うく敬語を付け忘れそうになった。
危ない、危ない。
いつもの感じで接する所だった…!
クラスメイトにはフリージア商会の娘とは打ち明けていない。
ため口でアレクと話したら関係性が怪しまれちゃうからね。
このアレクの様子から察するに。
突然、このクラスにアレクが駆けつけてきたのは、ルリの身に何かあったと察知したのかもしれない。
「出来れば、この場を離れて話がしたいんだけどちょっと時間あるかな?」
近付いてきたアレクが微笑みながら、提案してきた。
このやりとりだけ見れば、この後私は愛の告白をされるかもしれないって思う輩もいるだろう。
現に、クラスに残っていた五人の生徒達は黄色い悲鳴を上げていた。
「別に構わないけど、ネムに声はかけているの?」
私は小声でアレクに確認した。
敬語を付けなくても、いつも話す声のボリュームを二回りくらい下げたら、別に問題ないだろう。
「この後、Bクラスに向かう予定だよ」
「まだなのね。これ以上目立つ必要はないんだから、私がネムに声をかけてくるわ」
「それは助かる。じゃあ、よろしく。この校舎の屋上で待っておくから早めに来てね」
そう告げたアレクは踵を返して教室を後にした。
小声でアレクとやりとりをしていたので、クラスにいた生徒達は不審な目つきで私を見ていた。
今すぐ彼女達の誤解を解きたいけど、あんな様子のアレクを放置するわけにはいかない。
火山が噴火する直前のような感じに思えたからだ。
あんな笑顔を周囲に振りまくアレクなど今まで見たこともない。
「ツバキちゃん、アレク様とどんな話したの?」
近づいてきた女子生徒が期待した眼差しで尋ねてくる。
「何があったかは後で話すね!今はちょっと行くところがあるからゴメン!」
「戻ってきたら教えてね!!」
クラスメイトに軽く頭を下げた私は急いでネムの教室に向かうのであった。
幸いネムはBクラスで昼休憩を取っていたので、軽く説明をして二人で屋上を目指す。
「どこまで話したらいいかな?」
私はネムに問いかけると、険しい表情でネムは答えた。
「ルリには申し訳ないけど、昨日あったことは全部正直に話した方がいいと思う。変に誤魔化したら私たちとアレクの関係が悪くなっちゃうからね」
「だよねー。別にルリに関することじゃなかったら、多少、はぐらかしてもいい気はするんだけどなあ」
「うん。アレクはルリのこと特別扱いしているもんね」
ネムの言う通りだ。
家の事情で小さい頃からアレクを知っているが、特定の女の子を特別扱いするのはルリが初めてだ。
こんな風にアレクが一人の女の子に振り回させれるのは今後ないかもしれない。
「本人はアレで隠しているつもりなのはちょっと…。いや、大分、ウケるんだけどね」
「そんな事言っちゃダメだよ。もしアレクが今のやりとり聞いてたら、ツバキ怒られちゃうよ?」
「別にいいよ。怒られたら逆にアレクを質問攻めしてやるんだから。どうしてルリにそんなご執心なのかってね」
「そろそろ屋上着くよ!」
「おっけー!とりあえずルリのことはネムが説明してね」
「了解!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
<アレクside>
昼休みお手洗いを済ませた私は、ゼシルとその取り巻きの会話が耳に入ってくる。
彼女たちは女子トイレで話をしているようだが、声が非常に大きく自然と聞こえてきた。
「ゼシル様、今日はやけにご機嫌がいいのですね」
「そんなに態度に出ていたかしら?」
「はい、もしかして昨日もアレク様とデートしたのですか?」
「いいえ、昨日はしていなわ。ただ、アレク様に纏わりつく羽虫を一匹駆除できたからスッキリしてね」
「羽虫?」
「村人の分際で、アレク様と一緒にブドゥー祭りを堪能したあいつよ」
「例の彼女ですか。?ルゼ?ルニ、でしたっけ?」
ゼシルの取り巻きが思い出そうと名前を口にする。
「何でも構わないわ。死んだアイツのことなんて」
そんなやりとり偶然聞いてしまった私は居てもたってもいられなくて、急いで平民クラスに向かって駆け出した。
「ルリは生きているから、その殺気抑えてくれないかな?」
ツバキは眉間に皺を寄せて、話しかけてきた。
「二人を脅すつもりは無かったんだけど、もし怖がらせてしまったのならごめん」
「ううん、別に怖くはないから大丈夫!アレクが怒る気持ちは私も分かるからさ」
ツバキが苦笑しながら、共感してくれる。
「とりあえず、説明してもいいかな?」
私の様子を伺いながら、ネムも会話に加わる。
二人に視線を配ったあと、私は首を縦に振った。
「ルリは昨日の夕方、ナタリーっていう女の子に刃物で刺されたんだ」
「ルリの容体は?」
自然と身体に力が入ってしまい、思わず拳を強く握ってしまう。
「私の部屋で安静にしているよ」
「そうか…」
「ねえ、アレク…。今から話すことは絶対口外しないでね」
「あぁ」
「ルリは昨日刺されたんだけど…。神聖魔法を使って怪我を治したから無事なんだ」
「そうか。それなら良かった…。二人ともルリを匿ってくれてありがとう」
「あれ?そんなに驚かないんだね…。もしかして、アレクはルリが神聖魔法を使えるって知ってたの?」
「うん。一回しか見たことはないけど、この目でハッキリ確認したことがあってね」
「なるほどね。だから、アレクもルリの秘密を知っていたのかあ…。
え…。その時もルリは襲われたの!?」
「ツバキ、それはあとで聞いたらいいんじゃない?」
「そうだね。ごめん、ごめん」
「そういえばだけど、アレクはなんで、ルリに異変があったことを知ってるの?」
「それは昼休みお手洗いを済ませた時、ゼシルの会話が聞こえてきたからかな?」
「ゼシルって三大公爵家と呼ばれるあの、メイベリット家のゼシル!?」
「うん、そうだね」
「ゼシル…?なんで彼女も知っているの?」
疑問に思ったツバキが首を傾げたので、私はそれに応える。
「ルリの暗殺を企てたのがゼシルだからじゃないのかな」




