44話 ナタリーの家
<ナタリーside>
「あんな簡単な命令もこなせないのね」
「すみません…」
野外演習でルリちゃんを殺害しろって言われていたけど、流石にそれは出来なかった。
冒険者のサトルさんがずっと傍にいたから。
「あなたにとって姉はどうでもいい存在ってことなのかしら」
「いえ、そんなことはー」
私の言葉を遮り、冷ややかな声でゼシルは告げた。
「命令を無視するならいいわ。私もアナタの頼み事なんて聞く必要ないわよね?」
「…。今週中に何としても、ルリを始末します」
「ええ、もし出来なかったら次こそ、姉の命は無いと思いなさい」
「かしこまりました」
「分かっているとは思うけど、誰かにバラしたとしても命の保証は無いから肝に銘じておきなさい」
「はい…」
そう言ってゼシルは屋敷の中に戻っていった。
寮に戻りながらふと考える。
どうしてだろう。
ゼシルはそこまでして平民のルリちゃんにそこまで拘るのか?
殺害しなければならないほど何か目的でも…。
分からない。
けど、姉を人質に取られている以上、私も命令を蔑ろにできない。
ルリちゃんに恨みは無いが、犠牲になって貰うしかない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
野外演習から二日後。
私はいつものように図書室で日課の勉強をしていた。
授業で習う科目は一通り復習できたから寮に戻ろうかな。
机に広げてあった教材をカバンに詰めて私は立ち上がった。
野外演習で手に入れた解答用紙の写しも四枚完成したし、今日はこれくらいでいいだろう。
魔法具で複写しても良かったのだが、書いた方が記憶に残りやすいから敢えて手書きにした。
明日、ツバキたちに配ろう。
ネムは成績優秀だから答案用紙は必要ないかもしれないけど。
まあ、一応、宝箱に入っていたから渡しておこうかな。
次回のテストだけど。
本当にこの内容のまま出題されたら、リリー先生は何かしら後ろに大物が付いていることが立証されてしまうな。
こんなやりたい放題していたら、普通は解雇されるはずなのだから。
校舎を出て私は寮に戻ろうと歩いていると突然、肩を優しく叩かれた。
はっ!?
「ごめんね、ルリちゃん。もしかして驚かせちゃった?」
「う、うん。少し心臓に悪かったかも」
肩をトントンされた方を向くとナタリーがいたのだ。
考え事をしていたから全く気付かなかった。
いつの間にいたのだろうか?
「もし暇だったら、今から少しお買い物に付き合って欲しいんだけどダメかな?」
「うん、いいよ!」
今から買い物か。
三十分もしないうちに日が沈み始めるけど、そんなに遅くならないだろう。
「日用品を買い揃えるだけなんだけどさ。頻繁に店にいくのが面倒で、一気にまとめて買っちゃうんだよね…。できれば荷物一緒に持って欲しいなと思って」
少し申し訳なさそうにナタリーが言う。
「全然、大丈夫!私も買いたいものあったし気にしないで!」
「ルリちゃん、頼みを聞いてくれてありがとう」
そのまま学園の門を抜け、私たちは坂道を下る。
歩いて、十五分くらいするとお店にたどり着く。
店内に入って日用品を買い揃える。
人もそんなにいなかったため、あっさり買い物は済んだ。
「少し買いすぎちゃった気もするけど、ルリちゃんのお陰で助かったよ!」
確かに、一人でこの量は厳しい気がする。
頑張れば持てる気もするけど、二人で分担して持った方が賢明だ。
「うん、私も石鹸とか消毒液が無くなりそうだったし気にしないで。あとはこのまま帰っていいんだよね?」
「うん!帰り道は私に任せて?こっちの細道からいけば早く戻れるからさ」
何も警戒していなかった私はナタリーにそのまま付いていく。
心なしかナタリーは落ち着きがない気がしたけれど、その時は気にも留めなかった。
「ねえ、ナタリー?」
不安になった私は隣に歩くナタリーに声を掛けた。
歩いて、十分くらいだろうか。
細道を抜けた先は寮に続く坂道ではなかった。
「…」
ナタリーは無言だ。
目の前は古びた家屋が一軒ポツンと立っていた。
どこかで道を間違えたちゃったのかな?
家屋の傍にある街灯がチカチカ点滅している。
「この道って行き止まりだよね!?」
正面に見える家は屋根が半分以上剝がれており、玄関の扉は無かった。
窓ガラスも割れており、人が住んでいる気配も感じない。
「そうだね…。そういえば、先に説明しておくべきだったよね。ごめんね、ルリちゃん」
説明ってなんだろう?
何に対して謝っているのだろう。
「ううん。道、間違えることは私もあるから大丈夫だよ。ただ、この家なんか不気味だからさ、早く元の道に引き返さない?」
ナタリーにそう言った瞬間、彼女は少し寂しげな表情を浮かべた。
「ルリちゃんがどうしても嫌っていうなら、引き返してもいいんだけど…」
一旦話を中断したナタリーが深く息を吸う。
んー。
ナタリーはこうゆう廃墟みたいなところを探索するの好きなのかな?
正直、あの家の中に入るのは勇気がいるんだけど…。
手も塞がっているし…。
「私ね、実は寮に住んでいないんだ…」
ナタリーが小さな声で呟く。
小さな声だったけれど、ハッキリと私の耳に届いた。
この後にいう言葉がなんとなくわかってしまった私は思わず唾を飲み込む。
「少し不気味かもしれないけど、あの家に私は住んでいるんだ…。本当は普通に寮に通いたかったんだけど、それは叶わなくてね…」
「ほ、ほんとうにゴメン!!さっき不気味って言ったのー」
「ルリちゃん。気にしないで。私もルリちゃんの立場なら同じこと思っただろうから」
「ナタリー、本当にごめんね」
謝ってからふと疑問に思った。
どうして、ナタリーは寮に住んでいないのだろう?
普通学園の生徒に通うものなら寮が与えられているのに。
「とりあえず、あの中に荷物置くの手伝って欲しいな…。嫌だったそこに荷物おいて大丈夫だから」
「ううん、そのまま中に持っていくの手伝うよ!」
「ルリちゃん、ありがとう」
「土足のまま上がっていいよ!」
玄関前で靴を脱ごうしたらナタリーに止められた。
一応室内だし、脱いだ方がいいと思ったから。
「お邪魔します」
玄関を跨ぐ時、一言添えてから室内に入る。
「ナタリー。人のお家にお邪魔してる立場で言うのもあれなんだけど、家は修復しちゃダメなのかな?」
「出来ればそうしたいけどね…。あの人の許可が下りないんだ…」
「あの人?」
「ううん、何でもない!ここまで、荷物を運んでくれてありがとう」
ナタリーはすごく思いつめた表情でこちらを見つめていた。
「役に立てる事あんまり無いかもしれないけど、何かあったら相談に乗るからね」
私がそう言った瞬間、
「二人とも仲良く何のお話しているんだい?」
私たちに会話に誰かが割り込んだ。
「ナタリー?分かっているよね?それとも、お姉さんのことはどうでも良くなった?」
振り向くと仮面をつけた小柄な子が立っていた。
綺麗な金髪だが、仮面のせいで顔は確認できなかった。
だが明らかに高価な服装なのは一目見て分かる。
「しっかり、証人になってあげるんだから早くしなよ?じゃないと代わりに僕が始末しちゃうよ?」
何のことを言っているんだ?
始末…?
もしかして……。
わたしのことを指しているのだろうか…?
「ねえ、ナタリー。この子とは知りーー」
振り向こうとしたら、胸に剣が突き刺さっていた。
「え…。どう…し…て?」
真っ青な顔色で涙を浮かべるナタリーと目が合った。
「ルリちゃん。ごめんね…。貴女には一切恨みがないけど、こうするしか道は無かったんだ」
胸に激痛が走り、私はその場に倒れこんだ。
「なんか、つまんないなー。面白い光景が見れるかもしれないって思ってきたのに、こんなあっさり剣で突き刺しちゃうなんて。ご自慢の牙でゆっくりと、じわじわ噛み殺すのかなって、期待したのにさ」
「約束は守りました。早く屋敷に連れて行ってください」
「…。まあ、いっか」
薄れゆく意識のまま私は彼女達が去る瞬間を見届けることしか出来なかった。




