3話 牢屋
「貴女はーーーーが扱えるからこれから沢山、大変なことに巻き込まれると思う。だけど、貴女ならきっと乗り越えれるわ」
女性の声は聞いたことがあるかも知れないけれど、ハッキリとは思い出せない。
この人は誰だろう?
「貴女には特別な力が備わっているの。私とパパはその時いないかもしれないかど、ーーに立ち向かうのよ。愛してるわ」
真上から私は彼女たちを眺めている。
水色の髪の女性の姿と、彼女の太腿に寝転んでいる女の子の姿が薄くぼんやりしていく。
彼女達から私は遠ざかっていく。
あ。
待って……。
話の途中でしょ…。
待って!!
独りぼっちは嫌だよ……。
私はハッと夢から覚めた。
目尻に溜まった涙がこぼれ落ちる。
あれ?
どうして泣いているんだろう。
辛い夢でも見ていたのかな。
んー。
思い出せない……。
痛っ。
首にちくりと痛みが走った。
そういえば、ここは何処ろう?
瞼を開けてゆっくり身体を起こす。
暗くて見えづらいけれど、石製の寝床で横たわっていたようだ。
うん。
道理で痛いわけだ。
こんなカチカチのところで寝そべっていたら。
手足に枷は着いていないね…。
ただ、見覚えの無い檻の中にいる。
んー?
…。
もしかして、捕まったのか…。
え。
なんで!?
ぐるっと見渡すと、檻の中にもう一人誰かいるようだ。
背中を向け寝転がっているから顔は見えないけれど、もしかしたらマーベルかもしれない。
本当は近寄って確認したいけれど、鉄格子で区切られているため、接近することは出来ない。
しょうがないけど、この場から声をかけた。
「マーベルなの?」
人違いだったら少し恥ずかしいけど、とりあえず確認をとる。
違っていたら、一言謝ればいいのだから。
呼び掛けに応じたのかわからないが、彼は寝返りを打ってこちらに向きを変えてくれた。
室内は暗くて判別が付きづらい。
外は夜なのか、薄く壁にかけられた松明だけが頼りだ。
柵のギリギリまで移動して、目を凝らした。
………。
……。
暗くて見えにくいが、ちょっとずつ目が慣れてきた。
髪色は同じ茶色なのかな?
髪の長さも一緒くらいだ。
いびきをかいてる彼は口を大きく開けた。
あれ…。
本来あるはずの前歯がない?
マーベルは歯抜けでは無いしじっくりと体型を観察するとマーベルより肉付きがよく、がたいが良かった。
うん、違う。
あれはマーベルじゃない。
わりと似てる気がするけど…。
だとすれば、マーベルは今どこにいるだろう。
見渡す限りいない。
捕虜になっているんだったら、違う所に拘束されているかもしれないな。
一旦、落ち着こう。
深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
呼吸を整え、頭の中を整理する。
意識が無くなる前、私はマーベルと一緒に村長の畑にいたはずだ。
お昼に休憩していたらそこに騎士たちが現れて、人探しをしていると聞いて…。
私は意識を失った。
そういえば……。
ネックレス!
胸元にあるネックレスを触ろうとしたけれど。
……あれ。
無くなっている。
どうしよう…。
途端に心細くなり、両腕で自分の身体を抱く。
あれは母が持っていた唯一の形見だ。
村長の言葉が本当なら。
正直、親の愛情はあんまりよく分からない。
だけど、これが無くなったら私と親とのつながりが本当に無くなってしまう気がした。
両手で自分の身体を抱きしめていると、コツコツと足音が聞こえてきた。
誰かこっちに近付いてくるようだ。
檻の前で足音は止み、松明が私を照らす。
「目が覚めたか?」
私を気絶させた青髪の騎士が檻の前に立ち、問いかけてきた。
相槌を打つことも出来たが、敢えて無視をする。
せめてもの抵抗だ。
このような扱いを受ける覚えは無いから。
騎士はポケットから取り出したネックレスを私の前に差し出してくる。
「このネックレスは……どこで拾ったのだ?」
「…っ」
やはり、この騎士が奪っていた。
「大切なものなので、ネックレスを返して頂けますか?」
騎士の質問には答えず、ゆっくり息を吐いてから自分の気持ちを伝えた。
「村人がこのような高価なネックレスを身につけれる筈はないだろう。盗難品としてこちらで回収させていただく」
私は何も盗んでなどいない。
それは村長から受け取った母の形見なのに。
第一、証拠もなく勝手に盗んだのはそっちの方ではないだろうか。
「誰からも盗んでいません!そのネックレスは母が肌身離さず持っていた物らしい…離さず持っていたものです…!返して下さい!」
私は憤りを隠せず、強めの口調で騎士に告げた。
感情が昂ぶっていたため、らしいと口を滑らしてしまったので慌てて訂正をした。
「母親が付けていた物か……」
騎士は目を見開き、憂いを帯びた声で呟く。
そして、少し間を空けてから尋ねてきた。
「母親の名前を伺ってもよろしいか?」
「サラです。性はありません」
名前を告げた瞬間、騎士は眉を顰めた。
貴族や王族であれば性が付くのが当たり前だけれど、平民に性があることは殆どない。
実際、実の親の名前は村長に口外するなと言われているから、マーベルの母親の名前を口にした。
「そうか…。だが、こちらのブツは回収させてもらう。その代わりと言ってはアレだが、明後日にはおぬしを釈放するとしよう」
騎士は横暴に言い放って去っていった。
ネックレスは諦めるしかないのか…。
すごく悔しいけど、釈放されるだけマシなのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
捕虜になって2日目の夕方。
お腹減ったな。
最後にあれを食べたのいつだったんだろう…。
勿論、しっかりと食事は与えられてる。
捕虜の立場といえ、重罪を犯した罪人ではないからね。
ああ。
イチゴ食べたいな。
朝昼共に食事はしっかり提供されたのだが、パンとスープ、干し肉だった。
別にそこに文句はない。
けれど、添えられていたマーガリンには一言、物申したかった。
パンの相棒はイチゴジャムだよ。
キミは違うんだって。
日も傾き始め、私は溜息をこぼす。
マーベルは大丈夫かなあ。
もしかしたら、捕虜になったのは私だけなのかもしれない。
「どうしてキミは捕まったんだい?」
同じ部屋にいる偽マーベルが声をかけてきた。
体型は若干違うけれど、横顔は割とマーベルに似ているため勝手に名付けた。
沈黙を貫くこともできたが、私も話す相手が欲しかったのかもしれない。
「何も盗んではないんだけど、窃盗と勘違いされて収監されちゃったみたい」
「なに!窃盗したのかキミは!それはダメだぞ!盗んだものは持ち主に返したまえ!!」
話聞いてたのか。この野郎。
何も盗んでいないと言ったのに、彼は話を聞いていなかったようだ。
イチゴ欲が満たされていないのか、普段より私はイライラしていた。
ネックレスも手元に戻ってこないし。
相手にしない方が良かったのかもしれない。
私と同じ独房に入っているということは彼も何かしら、やらかしたんだろう。
「話を聞いているのか。キミ!」
私は黙り込み、そっぽを向く。
「私は人を殴ってしまって、ここに入れられた」
だろうね。
人の話も碌に聞かないような性格なら、暴力を起こしても納得する。
「けれどアイツが悪いのだ」
でたでた。お得意の責任転嫁。
何か悪いことがあれば全て人のせいにする。
情けない常套句は聞きたくないので、私は彼に背中を向けて寝転がる。
聞くつもりないんだけど、狭い密室だから当然耳に入ってくる。
「アイツと親友だった時の話だがな。私は全財産をはたいて歯の治療をしたのだ」
そっか…。
「何を治療したのかって?」
んー。
聞くつもりはないんだけど。
自然と耳に入ってくる…。
「実はな、全て金歯に変えたのだ!」
…。
何故か一瞬、にやけ面をしたマーベルが頭をよぎる。
将来こんな風になるなよ、絶対に。
「多少身銭が足りなくて、治療費は親友のアイツに借りたんだ。借金は良くないけど、1ミリも後悔は無かった…。朝起きて歯磨きする度に自信が持てたからな」
そんなことで自信持っちゃだめでしょ…。
努力の方向性間違ってるよ…。
好奇心でチラッと彼の方を覗ってしまう。
昨日は暗くて見えなかったし。
食事中、彼は壁に向かって食事をしていたから。
キランッ。
彼はニコッとこちらを微笑む。
前歯のない状態で。
うん…。
友達もお金貸しちゃダメだよ。
話をしっかり聞いてから貸すべきだよね…。
よく見ると前歯の隙間にアレが詰まっている。
スープに入っていたコーンが…。
鉄板過ぎる!!
笑いがじわじわ込み上げくるが、負けた気がした私はグッと我慢する。
これ以上話を聞いているとつい、笑ってしまう自分がいるから彼に背を向けた。
男はさらに話を続ける。
「けれど、事件が起きたんだ。
長年一緒にクエストをこなしていた親友と狩りに出た時だった。格上のモンスターと遭遇してしまい、僕は大事な前歯を失った。
その時は凄く落ち込んで、一週間くらい真っ暗闇な部屋で寝込んだかな……。
だけどね、無くなった歯を取り戻す為にまた頑張ろうと再起を図ったんだ」
そのまま家で大人しくしていたら、牢屋にいないかもしれないのにね…。
「そして武具を調達に工房に立ち寄るとあったんだ……。
僕の前歯が……」
私は何故か彼にまた顔を向けていた。
「僕はクエストを口実に友達と会った。そして気が収まるまで、そいつをタコ殴りにした。
……気付けば僕はここに囚われている」
そういうとポケットから黄金色に光る何かを取り出し、親指と人差し指でつまむ。
キランッ。
「以上が私がここに囚われてしまった経緯だね」
確かに窃盗は良くない。
犯罪に手を染める事は決して褒めらた行為では無い。
だけど、元々は親友が金歯の費用を負担してくれたんでしょう。
だとしたら友達が金歯を拾って、そのまま売り捌きたい気持ちも分かる気がする。
もしも、違う形で金歯と再会していたら捕まることは無かっただろうに。
気の毒すぎる親友に同情する反面、私は一つ教訓を得たのであった。
何かを得るということは、何かを犠牲にする覚悟が必要なのかもしれない。
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