第1章 第4話「皇帝陛下の圧が強すぎて泣いた(筋肉が)」
帝都ロト、王宮・謁見の間。
サシャ・アルバは、胸の前で手を組んだまま固まっていた。
いや、固まらざるを得なかった。
なぜなら──
扉の奥から現れた皇帝が、
服の上からでも分かるほどムッキムキだったからだ。
(……魔導じゃなくて……物理……?)
帝国皇帝、シグルド・アルバトロス。
その威圧感は、魔力ではなく、もはや“大胸筋”によって生まれていた。
「わ……っ……」
横でメロウが息を呑む。
(え……?陛下推しに目覚めちゃった??)
「いや、違う……違うんです……っ!!」
メロウが泣きそうな顔で手を握りしめる。
「推し変しません……私の推しは……ジェリド様だけなんです……!でも……」
「でも……あの僧帽筋は……犯罪ですぅ……ッ!」
泣いてた。
筋肉で泣いてた。
「……全員、顔を上げよ」
低く響く声と共に、場の空気が変わる。
シグルドの声には魔力が込められていた。
圧。圧。圧。
でも──大胸筋が、ちょっと震えてる。
(……あれ、魔導で動かしてるのか?それとも筋トレの成果か?)
どっちか分からないのが怖い。
そして皇帝は、静かに言い放った。
「《エルドラド》に眠る金塊を、帝国の名のもとに回収せよ」
その命令は、戦争より重かった。
「拒否権はない。
西方は既に動いている。
我が帝国が先に手にしなければ……世界は“欲望のもの”となる」
「……使うのは誰なんですか」
サシャの声が響いた。
「見つけたら、誰が使う?」
皇帝は、わずかに微笑した。
「それは、“生き残った者”だ」
謁見の後、三人は城の廊下に出た。
外は夕焼け。だが空気は重い。
「私……正義って、こんなに“問答無用”でしたっけ……?」
リナがぽつりと漏らす。
「陛下が、ちょっと好みの筋肉だからって、正義まで揺らぎませんよ!?」
メロウが自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「……誰も言ってないから大丈夫だよ」
サシャが呆れたように呟いた。
「はっきりしてることはひとつだけ」
サシャは、ポケットから金貨を取り出す。
異形の金属。それが、じんわりと温かかった。
「父の命令でも、皇帝の命令でもない」
くるり、と指の間で回しながら、
少年は静かに告げる。
「これは、僕の“選択”だ」