第1章 第3話「推しの肘が尊いって言われた」
帝国諜報局の受付で、サシャ・アルバは首をかしげていた。
(……本当に、ここ?)
地味すぎる建物。看板は風で落ちていて、代わりにチョークで壁に「スパイ」って書いてある。
(これは……逆に目立つのでは?)
「えっと、アルバ様ですね。担当官の者、すぐお呼びいたしますねぇ」
受付の女性が奥の扉を開けると――
「えっっ!?ご本人ッ!? あわわわわ、ちょ、待って無理です、心の準備が……っ」
奥から、悲鳴のような声が聞こえた。
直後、バタバタと走ってきたのは──
金髪ショート。
小柄で、えっちな服装の少女。
(なんというか、布が全体的に……足りてない)
だけど手には分厚い資料ファイルと短弓、そしてなぜかアクスタ(?)が。
「メ、メロウ・アリーナですっ……!は、初めまして……その、サシャさんっ、あの……」
少女はモジモジと、そしておっぱいを揺らしながら深くお辞儀した。
ファイルとアクスタが床にぶちまけられる。
「……」
「……その……すごい近距離で見られてると思ったら……嬉しくて……(ふぇぇ)」
(なんだこの子……危うい)
道中、サシャは無言でメロウを観察していた。
彼女はずっとしゃべっていた。ほぼ独り言で。
「ジェリド様の肘の角度、今日も完璧でしたぁ……」
「推しが笑うと、世界が浄化されますよね……」
「ていうかあのポーズ、絶対狙ってますよぉ……プロ意識の塊……尊……」
「……あ、すみません。今完全に“戦闘モード”入ってました」
(いやむしろ、そっちが本業では……?)
そのとき、背後の建物から“魔導車”が暴走して突っ込んできた。
「避け──!」
「ふふふふ……この距離なら、外しませんからぁ♡」
メロウが、満面の笑みで短弓を構えた。
バシュッ。
瞬間、魔導車の制御核に魔弾が命中。車体はバウンドして、その場で大破した。
メロウは振り返ってにっこり。
「ね、急所を知ってれば、怖くないんですぅ」
……サシャは無言で後ずさった。
帝国中央情報局──通称“諜報詰所”にて。
メロウが笑顔でお茶を淹れながら、自作のジェリド様グッズを並べ始めた。
「その、あの……推しの肘の角度が、今日、神でしたっ……」
サシャは遠い目で頷いた。
(ああ、うん、理解した。この子……「ガチ勢」だ)
「ねえ、アリーナ。任務って、どのくらいこなしてるの?」
「え? あの、ジェリド様が写ってる敵国の監視カメラ映像なら、すべてスクショしてフォルダ分けして──」
「違う違う、命がけの方の」
「あ……そっちも、まあ、割と……」
彼女はさらっとダガーを回しながら言った。
「推しが“この世界を焼け”って言ったら、私、笑顔で焼けますよぉ」
(──この子、爆弾すぎる)
その夜、サシャとメロウは宮廷広場に呼び出される。
すでに待っていたのは、青き髪の貴族令嬢。
リナ・ローレンス。
「……貴方たち、明日から私と行動を共にしていただきます」
「うぇえ!?なにその立ち絵、完璧すぎません!?」
メロウが興奮気味に囁く。
「清純美少女×高貴×ブチギレ属性……この子……“推せ”ます……」
「ちょっと待って、あんた諜報員としての目は?」
サシャがツッコミを入れた瞬間。
リナがキレた。
「今、何か言いました!?嘘つきのくせに!」
氷の気配が、空気を刺す。
サシャは溜息をついた。
(このメンバーで金塊を追うって……ほんと、どうなってんのこの帝国)