第1章 第1話「嘘つきが来たぞ!って目で見られてる」
帝都ロトは、噂通りだった。いや、噂以上だった。
見渡す限りの白壁。光魔法で空中に浮かぶ巨大な旗。整然とした衛兵たちの隊列──
(うわ……キレイ……でも、信用できない)
サシャ・アルバは、ボロ馬車のステップを下りながら軽く鼻を鳴らした。
“辺境のうそつき”。
そう呼ばれる彼は、今、帝国最大の魔法都市に足を踏み入れた。
日干しレンガのシバ村から来た田舎者には、眩しすぎる世界だ。
「ねえ、あの人見た?」
「“海賊と商人の家”だって……え、ほんとに?ガチ最下層じゃん」
通行人の女子たちがコソコソ言ってる。こっちは聞こえてるよ?
──でも、視線は外さない。
堂々と。優雅に。背筋ピン。
(なにを言われようと、ここでは“堂々としてるやつが勝つ”)
嘘つきの信条である。
しかも今の僕、すこぶる美しい。
黒髪艶々、目は深海の青。帝都に染まったら、多分モテる(かもしれない)。
……ただし、体臭がちょっとキツい。冬でも自覚がある。
(このへんも、帝都仕様にチューンナップしないとなあ)
ため息をついて、向かった先は宿屋。
「はい、ご滞在ですかー? ……って、えっ?」
受付の女将が、書類を見るなり明らかに顔を曇らせた。
「『海賊と商人の家』って、冗談……じゃないわよね……」
サシャは微笑む。天使のように。けれどその笑顔の奥には──
「“確認印”、抜けてますね。……あっ、もしかして、この“来賓証明”も最新じゃないのでは?」
女将が戸惑う。その一瞬に乗じて、書類をそっと差し替える。
「でも大丈夫です。“お上”がミスしても、それを“見なかったことにできる”のが、本物の権力者ですよね?」
決まった。
「さすが帝都……お堅いだけじゃないんですね」
女将は苦笑しながら鍵を差し出した。
「……アンタ、口が上手いね。気をつけな、帝都はそういうのに飢えてるから」
(つまり、モテるってこと?)
──違う。
宿の部屋で靴を脱ぎながら、サシャは金貨を取り出した。
母が最後に残した、一枚の金貨。
ありえないほど冷たい。けれど、不思議と心地よい重み。
「これが、“世界を狂わせる”金貨……ね」
それが噂になる前から、僕はすでに握っていた。
嘘つきに、真実の鍵。
なんて皮肉な。最高じゃん。
夕方、外に出れば、街の空気は一変していた。
鐘が鳴る。帝国軍の騎馬隊が道をふさぐ。
「え、なになに? また“皇帝のお通り”?」
「ヤバいヤバい、今日3回目!筋肉鎧フェスじゃん!」
周囲の女の子たちがざわめく。
「アタシ皇帝推し~!」
「私はタナカくん派!めがねぇ!」
「それは無い」
(……なんか、いろいろと、うるさいな)
そのとき、遠くで風が変わった。
空の魔力が一瞬だけ震えた気がした。
──金塊が、動いてる。
(世界が、始まる)
サシャ・アルバは静かに笑う。
「信じたのなら、それでいい。……僕は、誰も信じないで勝つだけさ」