渋柿「ざぁこざぁこ♡ よわよわお兄さん♡」
「ざぁこざぁこ♡」
モニターにゲームオーバー画面が映し出された瞬間、柿に煽られた。
ガラス戸の向こう、庭の片隅に生えた樹齢70年の柿の木。鮮やかに実る果実から放たれた声にしばし俺の脳がフリーズした。
「…………は?」
「『は?』だって。お兄さんダッサー♡」
俺のつぶやきにも反応している。見れば果実のひとつ、やや角張った柿の実――渋柿の外見的特徴だ――が小刻みに揺れている。まるで人間が肩を揺すって笑うかのように。
科学では説明のつかない超常現象――その内容がなぜよりにもよって『柿にバカにされる』なんだ。もっとこう、あるだろ。もっと締まりのある感じのが。
「回避早すぎて突進の誘導切れずに食らうとかウケるー。その前は遅延モーションにモロ引っかかってたし。お兄さんよわよわー♡」
しかも内容が的確である。最新ゲームにも通じてやがんのかこの渋柿。
……くそっ、なんか腹立つな。俺は柿ヘ向けて声を掛ける。
「しかたねえだろ。このゲーム今日買ったばかりなんだぞ。初見で分かるかあんなクソモーション」
「直前まで攻略動画見てたのに?」
「…………」
沈黙のなか、ガラス越しに奴の得意げな雰囲気が伝わってくる。つーかそこから見えんのか俺のスマホ画面。
「『よっしゃ楽勝』とかつぶやいてたじゃん。で、楽勝だったの? ねえねえお兄さん、楽勝だった?」
「…………いや黙れよ」
「うわ反論よっわ。図星突かれたの丸わかり♡」
「………………」
…………いや、別に動揺してないし。これはほらその……あれだ、柿がしゃべってるのに驚いただけだし。
そんなことよりも落ち着け俺。うかつに反応しては奴をつけ上がらせるだけだ。ここは無視してやり過ごそう。
そうだ。無視だ。
そもそも最初から柿の相手なんぞしてやる義理はなかったんだ。ここは怒りをぐっとこらえて反応しないに限る。
「ざぁこざぁこ♡ 余裕ぶってたくせに負けちゃったクソダサお兄さん♡」
「………………」
「プレイングの幅は狭いけど言い訳の幅は広いざこざこメンタルお兄さん♡」
「………………」
「初プレイのくせに攻略動画ちょっと見ただけで上級者気取ってたクソザコナメクジお兄さん♡」
「………………」
「――その前に再生してた『叡智』って単語が頻繁に出てくる可愛い女の子の動画くらい熱心に見てたらもっと上手くなってたかも知れないのにねー♡」
「テメエいっぺん黙れやコルルァァァァァァァ――――――――――ッ!?」
それはたとえ見ても見ぬフリをするのが道義ってモンじゃねえのかこのド畜生がぁぁぁぁ――――っ!!
「ぷぷぷ♡ 顔真っ赤にしてるー♡ ねえ、なんの動画だったの? そんなに恥ずかしがるような内容だったのかな?」
だが俺の激昂を前にしても渋柿は動じない。完全に舐め腐った口調でゆらゆら左右に揺れていた。
「こんの野郎がッ!! もいで道路脇に投げ捨ててやろうか、ァアんッ!?」
「あー、私それ知ってるー。たしかフードロスって言うんだよねー? お兄さんさいてーい♡」
「食えねえ分際でつけ上がってんじゃねえぞっ!?」
「そうだよねー。私の渋み成分に負けちゃうよわよわ舌だもんねー♡」
クッソ、こいつ調子に乗りやがって……ッ!!
……待てよ? タンニン?
脳裏で直感がひらめく。
ひょっとしたら、だが……こいつから渋みを抜いたらこの生意気な性格を矯正できるんじゃないか?
甘い柿になれば性格も甘い方向に矯正できるんじゃないか?
試してみるか。失敗しても食えばいいだけだし。
「くくく……」
ゆっくりとガラス戸を開けて庭に出る。
「あれれー? どうしたのかなー? ひょっとして怒った? 怒っちゃった? わーこわーい♡」
ひとたびやると決まれば奴の煽りも涼しいものだ。そよ風を受け流す心地で倉庫へ向かい、収穫バサミとビニールひもを持ち出す。
「……ねえ、本当どうしちゃったの? お兄さん? ねえ?」
渋柿の様子も段々不安げなものに変わっている。確かな手応えに唇が自然とつり上がる。
「お、お兄さん? それでなにするつもりなのかな?」
「……ずいぶんと好き勝手言ってくれたじゃないか」
威嚇のために収穫バサミをチョキンと動かしてやる。渋柿の息をのむ気配。
「……もしかして……や、やりすぎちゃった?」
「とっくにな。……覚悟はできてんだろうなぁ、渋柿。あんま人間様舐めてんじゃねえぞ?」
「……お、お兄さん、それでなにするつもり……?」
「――渋柿は干すんだよぉっ!!」
怒声とともに渋柿をバチンと切り取る。渋柿から「ひぃっ」と悲鳴が漏れる。俺の手中で橙色の果実が小刻みに震えていた。
いまや完全に立場は逆転した。ほの暗い熱気を胸に抱き、大股で台所へ直行する。
さあ脱渋の時間だ……ッ!!
「これからテメエをひん剥いてビニールひもで吊してやるからなッ!!」
「ちょっ、ちょちょ、お兄さ――ひゃあっ!?」
キッチン水栓から吐き出された流水が容赦なく渋柿へ降り注ぎ、皮に付着した汚れを洗い落としていく。こすり洗いも忘れない。乱暴にガシガシやってやる。
「たっぷり乾燥させりゃあテメエの渋みもすっかり抜け落ちるだろうなぁッ!!」
「ちょ、待ってっ!! 待ってよお兄さんっ!!」
「いまさら後悔しても遅ぇんだよぉッ!!」
煮沸消毒のため鍋に水を張って火にかける。沸騰を待たず、引き出しからピーラーを取り出し渋柿に当てる。
「ああっ!! 渋みを抜かれたら私……私っ!!」
「この渋柿めがッ!! 容赦しねぇからなッ!!」
胸の炎の燃えるがまま、俺は断固たる手つきで皮を剥き始めた。
皮を剥いたあとはさっと熱湯で消毒し、風通しのいい場所にビニールひもで吊し
――それから、二週間が経過した。
「くふふふふふ♡」
モニターにゲームオーバー画面が映し出された瞬間、吊した柿からからかうような笑いが漏れた。
「なんじゃおぬし。相変わらずヘッタクソじゃのう。ざぁこざぁこ♡」
渋柿は干し柿になっていた。
それに伴いクソ柿口調がのじゃ柿口調に変化していた。
干した結果がこれらしい。
「………………」
「それで? どうするんじゃ? そのまま電源落とすつもりかえ?」
「………………」
「落とすのか? 落とすのかのう? いつものように『こんなクソゲー二度とやる
か!』と電源落として二十分後にまたブツクサ言いながら始めるのかのう?」
「………………」
「どうするのじゃ? お・に・い・さ・ん♡」
もはや言い返す気力も湧かない。干し柿の挑発を前に、俺はうなだれるばかりだった。
柿には勝てなかったよ……。
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ゲームの悪役転生ものです。
■クズ男爵Re ~ストーリーの途中で殺される悪役貴族に転生したので運命変えてみる~
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