ギターと男
ある男は叫びながらエレキギターの初心者セットをネット注文した。
信頼度の高そうな、全国展開をしている楽器屋のサイトでだ。
大学受験を終えて、バイトで金を貯めて、やっとの思いで買ったのだ。
男「ずっと欲しかったんだこれが!ずっと奏でたかったんだ俺が!」
そのギターは白のボディが美しいテレキャスター。セットで付いてくるアンプにもこだわった。
注文を受けた翌日発送と書かれていたから二、三日で届くだろうと思っていた。
男「俺の人生薔薇色だ!バイトで怒られたことも、昨日までしてた家出も関係ねぃ!ここからが俺の人生だ!」
男はそう叫びながら部屋で舞っていた。
あるメールが届くまでは…。
メールたん「この度は、ご注文いただき誠にありがとうございますぅ。こちらの商品は入荷時期未定のご予約商品でございますぅ。詳しい入荷日が決まり次第、改めてご連絡いたしますぅ」
男は膝ではなく頭から崩れ落ちた。
男「おいおいおいおい嘘だろ!なあメールたん!嘘だって言ってよ!」
メールたん「ほんとですぅ」
男は叫びながら知恵袋サイトを開き「ギター 入荷時期未定」と検索。そこには男と全く同じ人間の質問があった。男は震える手でスワイプして、ベストアンサーを読んだ。
ibu*******さん「いやいや、読んで字のごとく、入荷時期未定。ギターだろうが野菜だろうがお魚だろうが、すぐには入手不可ってことですよ。つまりその表示があるにも関わらずポチってやるのは、慌てんぼさんですね。大学入る頭あるのに語彙は勉強不足でしたか。またバイトで怒られて、家出でもしたらどうです?」
男は背中から崩れ落ちた。
男「なんでだよおおおおお!詐欺だ!詐欺に決まってる!」
男はもう一度、注文ページを開いた。「入荷時期未定」確かにそう書かれている。
男はもがき苦しんだ。文句のつけようがなかったのだ。とてもあわれだ。
そのあわれな男は暗い夜道を、近くの楽器屋へ向かって走った。
紙やすりくん「ジャリジャリジャリジャリ」
あわれな男「こんな詐欺師がやってる楽器屋なんて燃やしてやる!」
あわれな男はさっきコンビニで買った紙やすりで建物のドアを削り、火を点けようとしている。
紙やすりくん「そろそろ点きやすぜ!」
あわれな男「いいぞ紙やすりくん!その調子だ!」
警備員「な、何をしてる!」
突然の声と共に、あわれな男がライトで照らされた。
警備員「その手を止めなさい!」
あわれな男「うるせ!お前に関係ないだろ!」
強く指示を受けても、あわれな男は手を止めない。
警備員「もう通報済みだ!その手を止めろ!」
あわれな男「くっそもうすぐで点くのに」
紙やすりくん「ボゥ」
警備員「ひ、火が点いた!?」
あわれな男「ふふっ」
火を点けた男は立ち上がって、警備員を見ながらニヤついた。
警備員「燃え広がるぞ!」
火を点けた男「俺は逃げるぜぁ」
そう言い放ち、警備員を建物に投げつけて、火を点けた男は夜道へと消えた。
次の日のニュースは放火の一件で持ちきりだった。
キャスター「現場では警備員と思われる男性の遺体が見つかっており、警察は犯人と紙やすりくんの行方を追っています」
そのニュースを見ていた犯人はテレビをオフにした。
犯人「くっそ、お尋ね者になるとはな。よし別の店舗も行ってやるぜ!」
紙やすりくん「そうだな!」
その後、犯人はまたしても暗い夜道を行くのだった。
紙やすりくん「ジャリジャリジャリジャリ」
犯人「昨日の感覚だと、あと五分で点くぜ」
犯人は昨晩と同様の手口で犯行に至っていた。
???「その手を止めるんだ!」
突然の声と共に、犯人がライトで照らされた。
犯人「なんだまたかよおおぉぉぉぉ!ってあなたは!」
???「ふふっ」
犯人「ギター部長!?」
ギター部長「待たせたな犯人!」
声の主はギター部長で、犯人を照らしたのはステージのライトだったのだ。
犯人「待ってたんだよずっと!」
そう言うと犯人は頭から泣き崩れた。
ギター部長「さあ行こうじゃないか犯人よ!」
犯人「そうだね」
犯人は涙を焦げた袖で拭き、ギター部長の支えで立ち上がった。
こうして二人は永遠に弾く、弾かれるの関係になった。
楽器屋は暗い夜空を明るく照らしていた。
この度はしょうもないのに付き合っていただき誠にありがとうございますぅ。