Act3
「!」
ビリーがドサリと倒れる。
右足に銃創が確認できた。
「伍長!」
「隠れろ! 狙撃兵がいる!」
ビリーの言葉に従って、東堂は茂みの影に隠れた。
狙撃兵の姿を探すが、迷彩やギリー・スーツで偽装した相手を見つけ出すのは用意ではない。
そうしている間に再び銃声が聞こえ、ビリーが苦痛の声を上げた。
今度は腕を撃ち抜かれたのである。
東堂は思い出した。
ゲリラ部隊などの狙撃手が行う手口で、まず敵部隊の先頭を行く斥候の足を狙撃し、動けなくする。
そしてその仲間達が斥候を助けるのを躊躇い、隠れ続けるようなら、その目の前で斥候の体を一カ所ずつ撃ち抜いていく。
だが助けに飛び出そう物なら、その瞬間頭を撃ち抜かれる。
東堂は狙撃兵の位置を必死で探した。
しかしそうしている間に、ビリーは腹部を撃たれてしまう。
「トードー!」
ビリーが苦痛に耐えながら、叫んだ。
「俺を……俺を撃て!」
「!」
……仲間が目の前でなぶり殺しにされ、耐えられる者はいない。
助けに出ても、全滅あるのみ。
ならば、自らの手で仲間を楽にしてやるしかない……
「俺はもう動けねぇ! お前の手で……撃て!」
東堂は震える手で、89式小銃を構えた。
……撃つのか?……
……撃たなきゃ二人とも死ぬ……
……伍長は仲間だぞ……
……このままじゃなぶり殺しにされるんだ!……
……仲間を撃てるのか?……
……撃たなければ、余計苦しませることになるんだ!……
凄まじい速度で葛藤が起きる。
さらに震える手を必死で抑え、ビリーに照準を合わせようとしたその時。
木々の枝の合間に、何かがキラリと光った。
「ウオォォッ!」
雄叫びを上げ、光の見えた部分に銃を連射する。
ウッ、という声が聞こえ、直後に遠くの木々から、何かがドサリと落ちた。
「伍長! 伍長!」
東堂はビリーに駆け寄った。
狙撃は無い。東堂の射撃は確かに命中していたのだ。
「しっかりしてください!」
「ウ……」
ビリーはうめき声を上げる。
東堂は彼の上半身を支え、近くの倒木の陰まで引きずっていった。
「何で…敵の場所が分かった?」
「狙撃銃のスコープに光が反射していたんです! 伍長、今応急処置を……」
だが。
再び銃声が聞こえ、弾丸が東堂のヘルメットを掠めた。
慌てて倒木の影に身を伏せる。
倒木の隙間から覗いてみると、百メートルほど先から多数の北朝鮮兵が銃撃を行っていた。
一個小隊ほどはいるだろう。AK−74の他に、SVD狙撃銃を持つ兵士もいた。
「何てこった……」
多勢に無勢…手先ほどは機先を制して対処できたが、今度は数が違いすぎる上、ビリーはもう動けない。
逃げるのも難しい。
いっそのこと降伏するか……そう考えもしたが、仲間を殺したということが知られれば、生かしておいてはくれないだろう。
絶望の二文字が、東堂の頭をよぎった。
「トードー……」
突然、ビリーはベストから弾倉を三つ取り出し、東堂に差し出した。
「俺が防ぐ……その隙に、逃げろ」
「そんな! できません!」
「俺はどの道、もう歩けない。お前だけでも……生き延びるんだ」
苦痛に顔を歪めながら、ビリーは半身を起こそうとする。
弾倉を東堂の手に握らせ、M16を構えた。
「人間ってのは馬鹿だからよ……俺達のことなんて、そのうち忘れちまうだろ……そしてまた戦争が始まる。だから……お前が生き延びて、伝えるんだ。俺やお前の仲間が、ここで生き、戦い、死んでいったことを……」
ビリーは倒木から上半身を出し、M16を敵兵に向けた。
銃身下部に装着された小型グレネードランチャーから、榴弾が発射される。
着弾地点で爆発が生じ、逃げ遅れた敵兵の体が吹き飛ぶ。
「行け! 戦友!!」
気づいたとき、東堂は走り出していた。
後ろを振り向かず、M16の弾倉をベストのポケットに押し込み、
後ろではM16の発射音が聞こえる。
しばらくするとそれが止み、AK74の銃声のみが聞こえるようにたった。
東堂はひたすら走る。
背後から追ってくる敵兵に手榴弾を投げつけ、爆炎を背に再び走る。
横に敵兵が回り込む。
走りながら89式小銃をフルオート射撃。
一人、鮮血を拭きだして倒れる。
東堂の頬を数発の弾が掠めていったが、それすら気にとめず、東堂は走り続け、撃ち続けた。
心が何も感じなくなっていく。
人を殺すことに、嫌悪すら抱かなくなっていった
ビリーが言ったように、あっという間に慣れてしまったのかも知れない。
手持ちの弾が尽きると、今度はビリーから受け取ったM16の弾倉を装着した。
米軍との連携を重要視する自衛隊の装備故、89式小銃は米軍の主力であるM16シリーズと弾丸・弾倉を共用できる設計になっているのだ。
再び、89式小銃が火を噴く。
……小野先輩……
……日本は平和ボケしている……貴女はそう言った……
……でも……俺は……
…………………
………………
……………
…………
自衛隊を含む国連軍と北朝鮮軍との戦いは、比較的短期間で終わった。
北朝鮮の旧政権は崩壊し、西側諸国はテポドンの恐怖から解放された
日本は憲法第九条を改正し、自衛隊はより『軍』としての性格を強めていくこととなる。
しかし。
………
………
「……AKも、結構調子の良い銃だ」
薄暗い部屋の中。
デスクの近くに倒れた死体を前に、東堂英治は言う。
弾痕の穿たれた死体は、着ている服装と階級章から自衛隊員……それも将官クラスであると分かる。
「89式小銃に慣れてると反動が強く感じるけど、フルオートでも押さえ込める。何よりも頑丈で、メンテナンスも楽。値段が安いから手に入りやすいし」
手に持ったAK−74の銃身を撫で、東堂は笑う。
室内には他にも多数の死体が転がり、硝煙と血の臭いが漂っていた。
「何で……」
床に伏した女性自衛官が、言葉を発する。
弾を受けたらしく、声にも苦痛の色が混じっていた。
「何で貴方が……こんなことを……」
「小野先輩……正直言うと、理由なんてどうでもいいんです」
氷の如く冷徹な視線で彼女を見やり、東堂は言う。
「こいつらは俺達を雑兵として使い捨てにし、それをこれからも続けようとしている……あの北朝鮮で戦い、死んでいった連中の存在は、一体何だったのでしょうね……」
東堂はAK−74の弾倉を交換しつつ、淡々と語る。
「先輩、分かりますか? 貴女の望み通り、日本は平和ボケから脱却しました。『テロリストの銃』と呼ばれるAKがここにあることこそ、その証拠です」
「違う! 私が……私が望んでいたのは……!」
「違っても違わなくても、あまり問題ではないんです」
東堂は再び笑みを浮かべた。
「『考えるだけ無駄』なんですよ、先輩」
東堂は窓に歩み寄り、ブラインドをずらして外を見た。
眼下に見える道路には、警察や自衛隊の車両が見受けられる。
「……先輩、日本は確かに平和ボケしていました」
銃を肩に担いで、東堂は扉へと向かう。
「けど俺は、そんな日本の方がまだ好きでしたよ。もう戻れませんけどね……俺も、日本も」
「東堂、私は……!」
「ああ、もう喋らない方がいいですよ」
東堂は小野の言葉を遮った。
「弾は急所を逸れたみたいだし、運が良ければ失血死する前に助けてもらえます。……さようなら」
………東堂がドアを潜って外に出ると、同じようにAKシリーズの銃で武装した一団がいた。
目出し帽で顔を隠している者もいるが、いずれも日本人だ。
彼らの足下にも、自衛隊員の死体が転がっている。
「外は?」
「装甲車が二台着ているし、戦車も向かってきているらしい。中島と宮村が二階に残って、RPGで攻撃するのはどうだ?」
「そうだな」
東堂は頷いた。
「適当に引っかき回して、脱出しよう」
「東堂、あの女……お前の知り合いなのか?」
「まあな」
短く答え、東堂は一団の先頭に立った。
口元に笑みを浮かべ、冷徹に銃を構える。
「さて、これより脱出する……撃鉄を起こせ」
…………
………
かつてアメリカがベトナム戦争で経験したように、北朝鮮から帰還した自衛隊員達は、大半が精神を病んでいた。
また、そうでない者達も多くが何らかの形で戦争から足を洗えず、彼らによる犯罪・テロが多発。
日本の治安は急激に悪化し、自衛を目的として合法・非合法問わず銃を所持する国民も増え始めた。
一方、北朝鮮では新政権によって、平和主義を基とした国家作りが始まっていた。
……fin……
お読みいただき、ありがとうございます
これは以前、「最強自衛隊が中国や北朝鮮をボコボコにする小説」に疑問を感じて書き始め、途中で放棄していた小説です。
思うところあって、連載中の艦魂小説が詰まっていたこともあり執筆を再開し、投稿しました。
私は政治の話に疎いので、前線で戦う兵士達にのみスポットを当てて書きました。
私がこの話を通じて伝えたいことは、読んでくださった皆さんが作品の中から察してくださればいいと思います。
では、今後も宜しくお願いします。