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短編小説

届かない手紙

作者: せいじ

「ばいばい」

「ばいばい」

「おてがみ書くから」

「うん。ぼくも、おてがみいっぱい書くよ」


 幼いころ、幼なじみだった友だちは、引っ越しをした。


 どこか知らない、遠くの街に行ってしまった。


 僕はそれから、毎日、毎日手紙を書いた。


 内容は、今日の出来ごと。


 朝、何を食べた。


 友達と何をした。


 どんな勉強をした。


 テレビは何を見た。


 そんなたわいもないことを、毎日、毎日手紙にした。


 いつも、便箋一枚で収まる、短い手紙を。


 書いたその手紙は、差し出されることはなかった。


 僕は彼女の名前は知っていたけど、名字すら知らなかったから。


 名前さえ知っていれば、それでいいと思っていたから。


 だから、彼女が今どこに住んでいるのか、僕は知らなかった。


 でも幼かったから、彼女はきっともう、僕のことは忘れてしまっているだろう。


 僕も、今の彼女を想像出来ないから。


 僕の中にいる彼女は、幼いままだったから。


 ばいばいした時の、あの時のままだったから。


 最後に見た、花柄のワンピースを着ていた、あの頃のままだった。


 泣いていた、あの時の彼女の顔が、今でも思い出せる。


 あの子は、花柄のワンピースが大のお気に入りで、いつも着ていた。


 遊んで汚したら、お母さんに怒られたと言われるぐらい、いつも着ていた。


 僕はそんなに大事なワンピースなら、着てこなければいいのにって言った。


 それでも彼女は、お母さんにキレイにしてもらったワンピースを、いつも着てきた。


 お嫁さんのような、お洋服だからって、あの子は言っていた。


 僕の中の彼女は、あの花柄のワンピースを着ていた、小さな子供のままだった。


 10年経っても、あの頃のままだった。


 だから僕は、今日もあの子に手紙を書く。


 決して、届くことが無い手紙を。


 なんてことの無い、手紙を書いている。


 でも、もう諦めないと。


 行く宛ての無い手紙は、ダンボールに入りきらないから。


 いい加減、もう忘れないと。


 もうすぐ中学を卒業して、高校に入学するから。


 だから、手紙も卒業しないと。


 でも、いつまでも書いてしまう。


 この手紙を最後にって思いながら、また書いてしまう。


 だから、あの日、手紙を捨てようと決心した。


 中学を卒業した、あの日に。


 ダンボールを抱えてごみ捨て場に行くと、僕と同じようにダンボールを抱えた、見知らぬ女の人の姿があった。


 花柄のワンピースを着ていた、どこか大人っぽい女性だった。


「資源ごみって、ここでいいんですか?」


「ええ、そうですけど」


「引っ越してきたばかりで、よく分からなかったんですよ」


「そうですか」


「何を捨てるんですか?」


「手紙ですよ。もう、送ることがない、行く宛ても無い手紙ですよ」


「偶然ですね。私もなんです」


「え?」


「毎日、毎日書いていました」


「僕も、毎日書いていました」


 ふたりはダンボールを抱えたまま、長い時間、お互いを見つめ合った。


 彼女は、微笑んだ。


 僕は、ちょっと恥ずかしかった。


「それ、回収しますか?」


 資源ごみ回収業者のおじさんに、声をかけられた。


「いいえ」


「はい、これはごみではありません」


 そう、ごみなんかではない。


 これは、記憶のかけら。


 これから、僕と君の空白を時間を埋める為の、思い出たちなんだ。


 僕たちは、お互いのダンボールを交換した。


 心なしか、女の人が持ってきたダンボールの方が、重かった気がする。


 全部読むのに、どれだけ時間がかかるだろう?


 時間がかかってもいい。


 だって、この日が来るのをずっと待っていたから。


 この日の為に、毎日手紙を書いたんだから。


 いつか、届くと信じて。

 

 いつか、読んでくれると思っていたから。


 いつか、君の手紙が来ることを、信じていたから。


 これからも、手紙を書こう。


 些細なことを、手紙にして。


 なんてこのない、日常を書いて。

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