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第9話 初陣の結果

「ジャガン……助かったぜ……」


地面に横たわる迷彩柄の男が口を開いた。


「用心しておいて良かった。これがチームプレイってやつだな。――おい、そこの二人! 持っている武器を捨てろ!」


ジャガンと呼ばれた暗い目の男がアリスとニケに声高に命令してきた。アリスはニケと一瞬目を合わせたが、この状況で無理に戦っても勝てないことは分かっていたので、仕方なく武器をジャガンの方に投げた。


「サブマシンガンにハンドガンか……けっ、まったくしょぼい武器だな。レアな武器はねえのかよ!」


チラッと地面の武器に目をやったかと思うと、いきなり引き金を引いた。


「うぐわっ!」


アリスの右太ももに火を押し付けられたような激痛がはしった。体勢を維持出来ずに、地面に倒れ込んでしまう。


「あの男が言ってたことはどうやら本当だったらしいな。まったく面白い設定にしてくれたもんだぜ!」



あの男の言っていたこと……?



ジャガンの言った言葉の意味を考えて、ようやく先ほどからずっと頭に浮かんでいた疑問が解決した。



そうか。あの男は『魂の痛み』を知る為に、ゲーム内での『痛み』の『再現度合い』を現実世界の半分に設定し直すって言ったよな。それはこういう意味だったんだ……。



『ダブルオーヘヴン』では体に感じる感覚は現実世界とまったく同じように設定されているが、中には例外もある。


それが『痛み』だった。


『ダブルオーヘヴン』はバトルロイヤル系のサードパーソン・シューティングゲームなので、敵とは銃で戦うことになる。その際にもしも銃で撃たれた『痛み』を現実世界と同じレベルで感じられるようにしてしまうと、プレイヤーは多大な『痛み』を現実の感覚として負うことになる。その痛みがプレイヤーにどれほどのストレスを背負わせることになるか。あるいは『痛み』のせいで精神的なダメージを追うことも考えられる。


その為『ダブルオーヘヴン』ではプレイヤーが感じる『痛みの再現度合い』を現実世界の百分の一以下に設定している。敵プレイヤーに銃で撃たれたり、誤って高い場所から落下したとしても、『痛い』という感覚はほとんど感じない。


アリスはさきほど地面の上に体を投げ出したときに、手のひらから伝わる痛みを感じて違和感を持った。さらに、ニケがなぜ『痛がって』いるのか理由が分からなかった。


しかし、今なら分かる。身を持って理解したのだ。


「有名プレイヤーのニケを消すのは惜しいが、おまえは消したところでどうでもいいか」


ジャガンという名のとおり、蛇みたいな感情のない眼でアリスを睨みつける。


「おまえ、分かっているのか……。おれたちは『リアルダウン』をすると……魂のデータが消されるんだぞ! 魂が消えるっていうことなんだぞ!」


体に感じる痛みに耐えながら、必死に声を出す。


「ああ、そんなことぐらい、おまえに指摘されなくても分かってるさ。でも消えるのは俺の魂じゃないからな。お前の魂だろうが!」


ジャガンが銃口を向けてくる。少しもぶれない。撃つ気満々なのだ。


「…………」


アリスは手首の端末にチラッと目を飛ばした。『生命力ゲージ』は10パーセントを切っている。あと一発当たったら確実にゼロになり『フォールダウン』の状態になる。さらにその状態で一発撃ちこまれたら『リアルダウン』する。それはつまりアリスの『魂』が消滅することを意味していた。


背筋に冷たい氷を押し付けられた気がした。手榴弾がもたらした灰煙はまだ空間を漂っている。これではサクラはジャガンに狙いを付けられないだろう。ニケもまだ痛みで反撃が出来る体勢になっていない。この窮地を脱するには、自分の力でなんとかするしかなかった。


「どうやらこのゲーム最初の離脱者はおまえみたいだな。きっと歴史に残るぜ。人類史上初めて『魂を殺された人間』ってな! 俺に感謝しろよ。歴史の教科書に載せてやるんだから!」


ジャガンがさらに引き金を絞る。



誰が歴史の教科書に載るか! くそっ! こんなところでやられてたまるかよ! こんな知らない男に魂を消されるなんて御免だぜ!



死神の息吹を首筋に感じながら、無意識のうちに動かしていた右手があるものに触れた。『ソレ』を強く握りしめる。


「…………」


アリスは無言のまま『ソレ』をジャガンに向けた。


「はっはは! オマエ、そんなもので俺に勝てるとでも思っているのか? それとも痛みで頭がおかしくなっただけか?」


ジャガンが嘲笑する。それも当然だろう。アリスは右手に持った『水鉄砲』を向けていたのだから。


「おれにはこれしか武器がないからな……」


「きっとオマエのその哀れ極まりない行為は『ダブルオーヘヴン』で永遠のお笑い草になるぜ! 無謀にもサブマシンガンに水鉄砲で挑んだ愚かなプレイヤーがいたってな!」


言うなりジャガンが引き金に掛けた指に力をこめる。


しかし、アリスが水鉄砲の引き金を引く方が一瞬早かった。水鉄砲の先から透明の液体が飛び出して、ジャガンの蛇のような眼を直撃する。


「ぐぅがわっ!」


ジャガンが意味不明の叫び声をあげる。そして左手で必死にごしごしと眼を擦る。


そこに空気を切り裂く音。同時に、ジャガンが口から悲鳴を上げて、地面に倒れこんだ。


「――悪い悪い。煙が邪魔でなかなか狙いが定まらなくてな。とにかく間に合って良かったぜ」


薄くなるつつある灰煙の中からマモルが救世主を伴って現れた。


「ああ、こっちもギリギリなんとか持ちこたえたよ」


「アリス、遅れてごめんね」


アサルトライフルを肩に掛けたサクラがアリスに頭を下げる。


「先走ったおれが悪いんだから、サクラが謝ることないから。それよりも狙撃はマモルの十八番だと思っていたんだけど、サクラもなかなかヤルじゃんか」


チームではしんがりを務めるマモルがスナイパーライフルで敵を狙撃する役目を担っていた。しかし、マモルはまだスナイパーライフルを見つけていないので、サクラがアサルトライフルで代用してくれたのだろう。


「煙が邪魔だったけど、マモルがそばで細かくアドバイスをくれたから当たったのかも」


「おれも使い慣れない『コレ』のおかげで、なんとか逆転をもぎとったけどな。ハズれ武器だと思ってけど、案外、当たり武器だったのかもしれないぜ」


アリスはサクラに手にした水鉄砲を見せびらかすように左右に振った。空間に鼻を刺激する柑橘系の香りが漂う。おそらく水鉄砲の中にレモン水でも入っていて、それがジャガンの眼を直撃したに違いない。


「そうだ! ニケは大丈夫か?」


「あたしは大丈夫よ!」


ニケがアリスのもとに駆け寄ってきた。先ほどまで痛がる素振りを見せていたが、今はいつもの状態に戻っている。マモルが『救急キット』を使って、ニケの『生命力ゲージ』を回復させたのだろう。


「アリスも『救急キット』を早く使ったほうがいいよ。すぐに痛みなんか消えるから」


「分かった。サクラ、頼めるか?」


「うん、OK!」


サクラが『救急キット』を使用してくれる。ニケが言ったとおり、あれほど体中に感じていた激痛が一瞬で消えてなくなった。


「さて一段落ついたところで、こいつらの扱いをどうする?」


マモルが迷彩柄の4人を見つめる。4人は『フォールダウン』状態なので反撃は出来ないが、マモルは用心深く手にしたハンドガンを4人に向けている。


「そんなの簡単じゃん。こうすればいいだけのこと!」


言うなりニケが4人に向かって手にしたサブマシンガンを撃ちまくる。四人の口から苦痛の声と悲鳴の合唱が漏れる。


「ニケ、ちょっと待った! ここで『リアルダウン』させたら、こいつらの魂を殺すことに――」


「そんなのアリスに言われなくても分かっているから! でも、あたしはこいつに撃たれたんだから、これぐらいのお返しをしないと怒りが収まらないの!」


結局、弾が切れるまでニケはサブマシンガンを撃ち続けた。4人の周囲の地面は銃弾で深く抉られているが、4人はまだそこにいる。『リアルダウン』はしていない。


ニケは驚異的な射撃テクニックで4人の体にギリギリ当たらないところを狙って撃ったのだ。しかし撃たれた方にしてみれば生きた心地はしなかったにちがいない。


「ふうっ! これでやっとせいせいした!」


ニケが勝ち誇った表情を浮かべる。


それとは反対に、地面の上で呻き声をもらしながら横たわる4人。その光景は今までの『ダブルオーヘヴン』では見たことがないものだった。


ゲーム内に『痛み』が加わることで、ここまでゲーム性が変わるのかとアリスは驚きの思いがした。


同時に、この『痛み』を理解したうえで、これからも戦い続けなければいけないんだと気が引き締まる思いもあった。



とにかく、こうしてアリスたちチームは初陣を飾ることが出来た――。

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