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第7話 人類魂死守同盟

おそらくは運営からの緊急連絡だろうとアリスは思った。


しかし、3Dホログラム映像に映し出されたのは、宗教的な色彩が濃い絵画を背景にして、仁王立ちしている一人の人物の姿だった。


その人物はこれまた宗教的な儀式で用いられるようなローブを着用しており、黒いフードで鼻の下までを覆っていた。その為、表情は一切うかがえない。しかし映像から楽しい雰囲気が一切感じられないのだけはたしかだった。


「なんだろう、あの絵? 薄気味悪い感じがするけど……」 


ローブを着た人物よりも背後に見え隠れする絵画の存在が、なぜかアリスは気になった。


「ギリシア神話に出てくる『タナトス』を描いたものよ。死という概念を神格化した神様」


「ニケ、やけに詳しいんだな」


「……なんかイヤな感じがする……」


アリスの言葉には反応を示さずに、3Dホログラムの映像をじっと見つめたまま小さくつぶやくニケ。


その人物がゆっくりと口を開いた。


「我々は『人類魂死守同盟』である!」


特別声を張り上げているわけではないが、よく通る朗々とした男性の声だった。


「人類……魂、死守……同盟……?」


どこかで聞いた覚えがあるはずなのだが、すぐにはアリスは思い出せなかった。


「自らの魂を弄ぶ罪深き愚かどもへ警告すべく、我々は本日、遂に行動を起こした!」


やけに時代がかった言い回しで男が言葉を続ける。


「現在、我々はこのゲーム運営システムを乗っ取り、完全に掌握している。よって、お前たちの魂はここに閉じ込められているといっても過言ではない。まずはその事実をゆめゆめ忘れぬように」


男の言った言葉の意味を即座に理解したアリスはすぐさま端末に手を伸ばして『ゲームアウト』の項目を調べ始めた。ゲーム中に何か急用を思い出したときには『ゲームアウト』から一旦ゲームを中断してロビーに戻ることが出来る。さらにロビーから現実世界へと戻る――『出魂(ソウル・アウト)』が出来る仕組みになっている。


「ない! なんでだよ! 『ゲームアウト』の項目がなくなってる!」


アリスは次にゲーム内から運営に連絡をとることが出来る『コール』の項目を開こうとしたが、すでにサクラが先に調べていた。


「端末から『コール』の項目もなくなっている……。つまり、この男の言っていることは正しいっていうこと……?」


サクラのつぶやきに対して、アリスを含めて誰も答えることが出来なかった。


「お前たちは魂の存在についてどれほどのことを知っているというのだ? 魂をデジタル化するなどという暴挙に出たお前たちは、きっとそのことについて深く考えなどしていないだろう。ただ闇雲に怠惰な遊びに耽り、魂の存在を疎かにしてきた。魂とは絶対的に不可侵なものであり、手先だけがいたずらに器用になった人間ごときがいじっていいものでは断じてないのだ! 我々は魂のデジタル化という、この罪深き所業が生まれた瞬間より、断固反対の意思を示してきた。しかし一部の愚かな人間たちは目先の利益を優先し、我々の声に耳を傾けることすらせずに無視をし続けた。ゆえに我々はこうして行動をとらざるを得なかった」



そうか、思い出した! こいつらのことをネットニュースで見たことがある! こいつら、過激思想集団だ!



プラカードを持って『ダブルオーヘヴン』へ抗議する集団のニュース映像が鮮やかに頭に蘇る。


「これから罪深きお前たちには自らの魂を使って贖罪してもらう。これより時間無制限で最後のひとチームになるまでお前たちが大好きな『ダブルオーヘヴン』で戦ってもらうことにする。ただし、いつもと若干ルールを変更する。ゲームに勝ち残ったひとチームの魂は現実世界にある肉体へと戻すが、負けたチームの魂のデータは完全消去する。私の言った意味が分かるか? お前たちは自らの魂を懸けて、遊びではなく本当に魂の殺し合いをすることになるのだ!」



魂の殺し合い……? いや、そもそも魂のデータを消去されたら、おれたちの存在はいったいどうなるんだ……?



混乱状態にあったアリスは男の話をちゃんと理解するにはほど遠い心理状況にあった。


男は一呼吸置いてからまた話を再開した。


「お前たちは自分自身の魂のデータが消されたらどうなるか、一度くらいは考えたことがあるか? 魂のなくなった肉体はどうなるか考えたことがあるか? おまえたちは自らの魂を犠牲にして、それらの答えを知ることとなるだろう。もっと詳しく魂の存在意義についてお前たちに話してもよいのだが、わたしの高尚な言葉はお前たちの愚かな魂には決して届くことはないだろう。それよりも実際にゲームをした方が、いくら愚かなお前たちでもきっとすぐに気付くだろうからな。しかしせっかく魂を懸けてゲームをするのだから、ひとつ面白い趣向を施すことにしよう。今からゲーム内における『痛み』の『再現度合い』を現実世界の半分に設定し直す。これでお前たちは文字通り『魂の痛み』を知ることとなる。――それではそろそろゲームを始めるとしようか。最後に生き残った者に幸あらんことを心より祈っている」


そこで3Dホログラムの映像は消えた。


「――ねえ、これって何かの冗談だよね?」


言った本人も自分の言葉を信じていないであろうことは、その青ざめた表情が示していた。


「ニケ、おそらく連中は本物だよ……。本物の過激思想集団だ……」


アリスは冷静に指摘した。


「ウソ! そんなのウソに決まってるんじゃん! そうだ! ほら、ゲームが始まる前にアリサちゃんが言ってたでしょ? 今回は記念大会だからゲーム内でちょっとしたイベントがあるって? もしかして『コレ』もイベントのひとつなんじゃないの?」


「否定したい気持ちは分かるけど、それは絶対にない!」


「なんでそんなに強くアリスは否定出来るの!」


「もしも『コレ』がゲーム内のイベントだったら、魂のデジタル化に反対する組織なんて出すわけないからな。そんなことをしたら余計に反対集団を煽ることになる」


他にも否定する絶対的な材料がひとつあったが、ここで言うのは憚れるのでアリスは言わなかった。


「オレもアリスの意見に賛成だ。これが運営が作ったイベントだとしたら、あまりにも現実に即しすぎていて笑うに笑えないからな」


マモルが重々しい口調でアリスの考えに賛意を示す。


「サクラ、サクラはどう思うの? この二人は冗談と現実の区別が出来ないみたいだけど、サクラはちゃんと見分けることが出来るよね?」


ニケは自分の味方はサクラしかいないと思ったのかサクラに詰め寄る。


「ニケ、悪いけど、わたしも二人の意見が正しいと思う。そもそも『ゲームアウト』と『コール』の項目がない時点で、これは本物のハッキングと見て間違いないと思わざるをえないから」


「サクラまで……そんな……」


「ニケ、落ち込んでいる場合じゃないぞ」


アリスはあえて強い口調でニケに言った。


「これが本物だとしたら、おれたちはあの男が言ったように『魂』を懸けたゲームを今からしないといけないんだ! そして最後まで生き残らないと現実世界には帰れないんだから!」


「あいつが言ってたけど、魂のデータを消去された場合……あたしたちはどうなるの……?」


「えっ、それは……」


その回答をアリスは持ち合わせていなかった。


「ニケ、魂がなくなった人間がどうなるかはまだ誰も知らないの。魂がなくなると人間は『脳死状態』になるのか、それとも『 植物状態』になるのか、あるいはわたしたちのアイデンティティ――つまり自我そのものが消えてしまうことになるのか……」


サクラがニケに言い聞かせるように冷静に言葉をつむいでいく。


「わたしは小さい頃あんまり体が丈夫じゃなくて、毎日のように病院に通っていたの。だから将来は医学の道に進みたくて、それでいろんな本を読んで勉強したの。そして『ダブルオーヘヴン』に参加するようになってからは、『魂とは何か?』という疑問の答えが知りたくて、いろいろと調べてみた。医学的な観点からアプローチしたものから始まって、精神医学的なもの、あるいは哲学的な難解なもの、そして宗教的なもの、いっぱい本を読んで学んだ」


「サクラ、そこにはなんて書いてあったの? デジタル化した人間の魂がなくなると、人間はどうなるって書かれていたの?」


ニケはすがるような目でにサクラの顔を見つめる。


「残念だけど、どの本にも明確な回答は書いていなかった。おそらく回答がないことが、今の医学界では回答になっているんだと思うけどね」


サクラは小さく首を振った。


「だからこそ宗教系の団体が『ダブルオーヘヴン』に対していろいろ言ってくるわけさ。そしてその中には胡散臭い団体だったり、急進派の過激な団体もいるっていうことだな」


マモルがサクラ話を受ける形で補足してくれる。


「…………」


無言のまま床を見つめ続けるニケ。


「なあ、ニケ……」


アリスはニケに近寄った。


「あー、本当にやってらんない! もうなんなの!」


ニケはいきなりガバッと顔を上げると、さもサッパリしたという顔で何もない空間の一点を凝視する。


てっきり衝撃的な出来事を前にして、心の箍が外れたのかと思った。しかし、そうではなかった。


「あたしはこのゲームが好きで、本当に大好きで……このゲームの中でみんなとチームを組んで、ワイワイガヤガヤしながら試合をするのが楽しくて……この空間を大事に思っていて、あたしにとっては宝物みたいな空間で……。でも、それを壊そうとするなんて、ホントいい度胸してるって感じよね!」


「ニケ……」


常に自由奔放で、たまに暴走したり、でも時折見せるコケティッシュな顔はとても可愛らしくて、そんなアリスのよく知るいつものニケに戻ったのを見て、もう大丈夫だろうと安堵した。


「だいたい、あたしはいつまでもこの世界にいるわけにはいかないんだから! あたしはどうしても現実世界に帰らないといけないの!」


「ニケ、何か用事でもあったのか?」


「アリス、もう忘れたの? ファストフードのランチを二ヶ月間、全員におごる約束したでしょ! ちゃんと現実世界に帰って、アリスにおごってもらわないと!」



いや、あれは冗談だったろう? 



そう言うことはもちろん出来たが、今言うべき言葉はそれでないことくらい理解していた。だからアリスもニケの言葉にのることにした。


「ニケの方こそ、忘れたのか? 二ヶ月じゃなくて一ヶ月の約束だったはずだろう!」


「あれ? そうだったかな?」


「一ヶ月でも二ヶ月でもいいけど、オレは『グレートハンバーガーセット』を毎日おごってもらうとするか」


「おい、マモル、なんで一番高いやつを頼もうとしてるんだよ! そこは友達を思いやってコーヒーだけにするとかいう優しさはないのか?」


「オレ、実はハンバーガーマニアだし」


「いや、そんな話、一度も聞いたことないから!」


「わたしはアリスに悪いからハンバーガーは遠慮しておく」


「さすがサクラ! おれの懐事情をよくお分かりで」


「だからハンバーガーじゃなくて、『スペシャルパンケーキセット』を3セット、毎日欲しいかな」


「サクラまでそんな……。しかも『スペシャルセット』って……。おれの貯金じゃ、十日間ももたないからな!」


「さあ、アリスにおごってもらうためには現実世界に帰らないといけないんだから! この先、絶対に生き残らないと!」


ニケがひときわ元気で大きな声をだした。


「ああ、おれだって必ず生きて現実世界に帰ってみせるぜ!」


アリスも続いた。


「オレは現実世界でもニケに振り回されているアリスの姿を見たいかな」


「わたしはパンケーキをおごってもらうお礼に、アリスに『天空翼』ちゃんのことを教えてあげる」


その瞬間、間違いなく四人の意思はひとつにまとまった。

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