第5話 ゲーム開始!
空から降り注ぐ太陽のまぶしい光に目を細める。耳に届くのは浜辺に打ち寄せる波の音。鼻の奥には潮の香りがあふれる。頬を撫でる風の冷たさも心地よかった。
アリスの五感を刺激するこれらの自然現象は、現実世界で計測されたデータをゲーム内で再現したものであり、それをアリスの魂が入ったアバターが感じているのだった。
何度来ても感動しちゃう光景だよな。
試合会場となる孤島には何回も降り立ったことがあるはずなのに、今だに自分が感じているこの感覚は新鮮で、同時に信じられないという気持ちがあるのも事実だった。
前世代の『仮想現実』を使ったゲームはあくまで『仮想』でしかなかったが、今アリスが五感で感じている情報は文字通り『本物』そのものなのだ。
大げさな言い方をすれば、人類は第二のリアルを獲得したといっても過言ではなかった。
そんな深い感動に浸っているアリスの気持ちは、しかし悲鳴じみた絶叫で打ち消されてしまった。
「えーーーーっ! なんでこんな辺鄙な地点にあたしたちいるの? 中央に移動するのが面倒くさいじゃん!」
顔の前の空間に3Dホログラムのマップを開いて、それを睨むように見つめているニケ。
マップを開くと試合会場となっている孤島の全体図が見られる。
通常は100チームで試合が行われるので、マップも縦横10X10に区切られており、チームごとにかぶらないように各エリアに転送される仕組みになっている。
しかし今回は記念大会ということで250チームが参加しているためなのか、マップは縦横10X25=250のエリアに区切られており、当たりなのか外れなのかなんとも判断しづらいが、アリスたちのチームはマップの一番右下(縦10行目、横25列目)のエリア(記号でいうと『10のY』)に転送されていた。
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXY
1 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
2 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
3 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
4 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
5 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
6 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
7 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
8 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
9 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
10 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇☆
☆印が付いたエリアに現在アリスたちはいる。ここからアリスたちチームはスタートとなる。
「絶対にアリスが遅刻したせいで、こんな端っこに飛ばされることになったんだからね!」
これ以上ないくらいの言いがかりである。もしも名誉毀損の裁判で争ったら絶対に勝てるレベルだ。
試合会場のどのエリアに転送されるかは、もちろんランダムであり、特定の誰かの意思が介入することはない。
「はいはい、おれが悪うございました」
アリスはここでも低姿勢のままやり過ごして、自分でもマップを開いて確認することにした。
試合会場となる孤島は一回一回の試合ごとに自動生成されて、過去のものと同じ形状になることは決してない。それにはれっきとした理由があった。マップが固定されてしまうと試合を数多くこなしているプレイヤーがマップを記憶して有利に試合を進められる為、それを防ぐ目的があった。
その為、孤島に降り立った各プレイヤーにとって、最初にマップ情報を頭に叩き込むのは必須のテクニックだった。
「せっかくこんなに美しい海岸近くのエリアに飛ばされたんだから、この光景を眺めながら移動するのもオツっていうもんだろう?」
現在の状況でも相変わらず泰然自若としているマモルは波が打ち寄せる海岸を静かな眼差しで眺めている。
「マモル、あまーい! ていうか試合中にオツもモツもいらないから! そういう甘い考えだと、すぐに敵に見つかって撃たれて終わっちゃうからね!」
「いや、さすがにこの地点にはまだ敵さんチームも来ていないと思うぜ。だいたい、わざわざマップの端を目指して進んでくる酔狂なチームなんて皆無だろうしな」
「いいの! 用心するに越したことはないんだから!」
ニケはあくまでも自分の考えを曲げない。
「まあ、ニケがそこまで言うのであれば、ここはセオリー通りオレたちも武器と道具の捜索から始めるとするか」
ゲーム会場に転送されたプレイヤーは着の身着のままの為、まずは武器を探して武装化し、さらに道具類の確保が急務となる。そして最後のひとチームとなるまで戦い続けて、優勝を目指すのがこのゲームの最終目的だった。
「武器を探すのならば、マップを見るとこのすぐ近くに小屋があるみたいだから、そこを目指すのがいいんじゃないかな?」
マップを何度も拡大縮小しながら首をひねって何やら考えていたサクラがマップを閉じてアリスたちのほうに顔を向ける。プレイヤーが使用する武器はエリア内の至るところに落ちていたり、あるいは隠されていたりする。
「さすがサクラ! それじゃサクラの言うとおり、小屋に向かって出発進行! みんな、ちゃっちゃっとあたしの後に付いてきて!」
さっき撃たれるかもしれないから用心しろと言ったばかりだというのに、舌の根も乾かぬうちに、周囲を警戒することなくテクテクと歩き出すニケ。
「少しは周りにも気をつけたほうがいいんじゃないのか?」
アリスは一応確認してみた。
「まだ試合は始まったばかりでしょうが! こんな辺鄙なところに敵が現れるわけないでしょ! 少しは頭を使ったら、アリス!」
予想通りの回答が返ってきた。
アリスが無言のままマモルに目をやると、マモルは気の毒そうに両方の手のひらを上に向け、両肩をあげるポーズをした。
おれのこのどこにも持っていきようのない気持ちを分かってくれる人間がチーム内にひとりでもいてくれたら、それでいいんだよ。うん、それでいいんだ……。
男同士しみじみと気持ちを分かち合いつつ、ニケの後を追っていくアリスとマモルだった。
倒すか倒されるかの二択しか存在しない『バトルロイヤル』は、こうして幕を開けた――。