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第2話 ソウル・イン

入魂ソウル・イン



視神経の奥に光の啓示を感じた瞬間、現実世界の生身の肉体に宿っていたアリスの魂はデジタル変換されて、コンピューター内に作られたもうひとつの肉体――アバターの中へと転送された。


現実世界に存在していたアリスとは違う、しかしたしかに本物のアリスの魂が宿った、いわば『もうひとりの本物のアリス』ともいうべき存在が生まれる。


アリスが一瞬前まで見ていた風景は一変しており、今目の前にはスポーツ競技場によくある小さなロッカールームともいうべき場所が広がっていた。


ここはSDMMOBG――ソウル・ダイヴ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・バトルロイヤル・ゲーム『Only One Survive in Heaven(オンリー・ワン・サヴァイヴ・イン・ヘヴン)』のプレイヤーがゲームを始める前に、それぞれの仲間たちと落ち合う場所として使われているロビーのような場所である。


『Only One Survive in Heaven(オンリー・ワン・サヴァイヴ・イン・ヘヴン)』――略称『ダブルオーヘヴン』は最後の一人になるまで戦い続ける、いわゆるバトルロイヤル系のサードパーソン・シューティングゲームだ。


一人で戦う『ソロモード』、二人で戦う『デュオモード』、そして四人で戦う『チームモード』が用意されており、アリスは当初一人用のソロモードでゲームを楽しんでいたが、ゲーム内で三人の仲間と知り合ってからというもの、もっぱらチームモードでゲームをすることが多くなった。


「遅い! ビリになった人はファストフードのランチを一ヶ月間、全員におごる約束だからね! まさか忘れたとは言わせないから!」


ゲーム内の世界に入ってきたばかりのアリスにいきなり大きな声を掛けてきたのはチームメイトのニケだ。


金髪ショートカットに大きな碧眼が特徴で、今もそのキラキラと輝く瞳でアリスのことを可愛らしく睨んでいる。


「まだ大会開始まで五分前のはずだろう?」


「なに生ぬるいことを言ってんの! アリス、今日がどういう日だか忘れたの? 特別な日なんだよ!」


「いや、それはおれも分かっているから」


「それじゃ今日がどんな日か簡潔に答えて!」


「はいはい。ていうか、なんか学校で先生に指名されたみたいな気分だよ」


「なに、文句あるの? 今からランチ二ヶ月分に変更してもいいんだよ?」


腰に手を当てて怒ったポーズをとるニケ。


「それは止めてくれよ! 少しはこっちの小遣い事情も考えて欲しいよ。高校生のサイフの中身はいつもさびしいって決まっているんだからさ」


「そっちの金銭事情は一切聞いていないから! あたしが今聞いているのは、今日がどんな日かということだからね!」


やれやれと内心で思いつつ、ニケは一度こうと決めたら梃子を使っても自分の考えを絶対に変えないということは身に染みて分かっているので、仕方なくニケの質問に答えることにした。


「えーと、今日は『ダブルオーヘヴン』運用開始一周年を祝う記念大会が開かれる特別な日です。そして我々四人はチームを組んで、その大会に出場することになっています。ちなみに大会が始まる時刻は午後三時で、今はまだ五分前の二時五十五分です」


「分かっているのならばよろしい!」


「だから最初に言っただろう。今日が大切な日だというのは十二分に分かっているって」


「だったら、いつもどおりの五分前じゃなくて、最低でも十分前にはこのロッカールームに来て、事前の準備をするのが普通でしょうが! あたしたち三人は十五分前にはここに来てたんだからね!」


「いや、それはもっともだと思うけどさ、こっちにもいろいろ事情があって……」


今のニケを前にして、トイレに時間が掛かったとはさすがに口が裂けても言えない。


「ニケ、もうアリスをいじめるのはそのへんで止めてあげたら」


アリスとニケのくだらないやり取りに優しく入ってきたのは、もうひとりの女性チームメイトであるサクラだった。


背中の中ほどまである黒髪に真っ赤な瞳という、こちらもニケにおとらず人の目をひく特徴的な容姿をした少女である。


「サクラ、あたしは別にアリスのことをいじめているわけじゃないから。可愛いペットとじゃれ合っている感覚だから」


「おいおい、おれはいつからニケのペットになったんだよ!」


「そんなの決まっているでしょ! 初めて会った瞬間よ!」


ここまではっきり言い切られるとかえって気持ちがスッキリして、反論しようという気すら起きない。


アリスとニケが初めて会ったのはもちろんこのゲーム内のことで、最初からニケは自由気ままに振る舞って、アリスをひどく困惑させたのだった。


でも、その包み隠さない真っ直ぐなニケの性格にアリスは惹かれたのも事実だった。


そのときのニケはまだ『ダブルオーヘヴン』の初心者で、アリスは手取り足取りいろいろとゲームについて教えた。するとニケはめきめき腕を上達させて、いつしかアリスとニケは常にゲーム内で『デュオ』を組んでプレイするようになっていた。


「そろそろ会場に移動した方がいいじゃないか?」


ロッカールームの奥から落ち着き払った声が届いた。


「マモル、少しくらいはかわいそうな仲間のことを助けてやろうっていう気にはならなかったのか?」


「いや、オレからすれば、二人は楽しくじゃれ合っているようにしか見えなかったけどな。まるで恋人同士みたいにさ」


マモルはどっしりと座っていたイスから立ち上がることなく答える。チームで一番大きな体格をしているマモルがイスに座っていると、なんだかイスが子供用に見える。


「誰が恋人同士だっていうの! アリスはペットだって言ったでしょ!」


ニケがまた声を張り上げた。



お願いだから、これ以上ニケを刺激するのだけはやめてくれよな。



アリスは心中でこぼした。


「はいはい、ニケがそう言うのならば、そういうことにしておくよ」


ニケの声にも動じずに鷹揚に答えるマモル。その落ち着いた佇まいや話し方からして、おそらくマモルは自分よりも年上なのだろうとアリスは踏んでいたが、ゲーム内でリアルのことを訊くのはマナー違反なので今まで聞いたことはなかった。同様に、ニケとアリスのリアルな事情も一切聞いたことがない。


先ほどニケが言った『ランチを一ヶ月間、全員におごる約束』というのも冗談で言ったことであり、アリスもその冗談に付き合ったのである。これも一種のネットマナーといえるかもしれないが。


「マモル、それ以上二人をいじるのはやめてあげて。今日は大事な大会当日なんだか、今からチームワークを乱してどうするの」


サクラは口ではそう言いながらも、声に出さずにクスッと笑っている。


サクラとマモルはアリスたちとチームを組む前に元々二人で『デュオ』を組んでいた。ゲーム内のマモルはその名前の通り、常にサクラを見守っているような感じでプレイしていたのをアリスは今でも覚えている。


サクラとマモルのアバターはセーラー服と学ラン姿という古風ないでたちで、ブレザーの制服姿のアバターを使用しているアリスとニケの二人とは対照的だった。


名前もアリスとニケが西洋的な響きなのに対して、サクラとマモルは純和風そのものの名前でこれも対照的だった。


そんな正反対の二人組がゲーム内で知り合うきっかけになったのが、実はアリスの名前に要因があった。


アリスとニケという名前から女性二人組のプレイヤーだと勘違いしたサクラが、アリスたちに話しかけてきたのだ。


ゲーム内の名前やアバターの見た目はプレイヤーが好きなように変えられるので、ゲーム内での性別が必ずしも現実世界と同じということではないのだが、男性プレイヤーに付きまとわれるのを嫌う女性プレイヤーというのは意外と多く、つまりそれは裏を返せば女性プレイヤーに対してマナー違反をする男性プレイヤーがたくさんいるということであり、サクラが女性プレイヤーの仲間を探していたのもうなずけることだった。


もっとも性別を間違われた当のアリスにしてみると、アリスという名前は本名なので苦笑いするしかなかったが。


ゲーム内で本名を使っているアリスは、ゲーム内のアバターの姿形もほぼ現実世界のままだった。


その理由は単純明快で、美術センスがゼロというよりもむしろマイナスでしかないアリスは、ゲーム内におけるキャラクターメイキングでカッコいい姿のアバターが作れずに、結局、もうリアルのままでいいやと思い、全身を3Dスキャンしたデータをそのままアバターに流用していた。


アリスとは逆に、女性プレイヤーの多くは身元バレを防ぐために、ゲーム内では現実世界とは違う姿形のアバターを使用する場合が多かった。


しかしアバターを現実世界とは程遠い体型にしてしまうと、あるデメリットが生まれしまうことが分かっている。


現実世界において厚底の靴を履くと自分の実際の身長との間に差が生まれてしまい、そのことをつい忘れてドアの入り口で頭を打ってしまうことが多々ある。


それはゲーム内でも同じで、特に『ダブルオーヘブン』では自分の『魂』が入ったアバターを使うので、現実世界とゲーム内の体型に違いがあると、そこに齟齬が生まれて、上手くアバターを操作出来ないということがあるのだ。


もちろんゲーム内で練習を重ねれば、現実世界とは大きく異なる体型のアバターでも扱いに慣れることが出来るが、そういうプレイヤーはどちらかというと少数派であった。


その為『ダブルオーヘブン』内では、極端な体格のプレイヤーというのはあまり存在しない。


そういう事情を知っているせいか、おそらくニケとサクラも現実世界ではゲーム内とはまるで異なる容姿をしているんだろうなあとアリスは漠然と思っていた。


しかし、例えそうだと頭で理解していても、稀に見る美少女二人を目の前にすると、やはり心惹かれてしまう部分が少なからずあるのも事実だった。



まあ、こんなこと二人には絶対に言えないけどな。特にニケには。



そんなことをぼんやりと考えていると、当のニケの声がした。


「えっ、もう一分前じゃん! それじゃみんな、あたしたちも会場入りしよう!」


ニケはアリスたち三人の顔を順番に見回していき、最後にうんと大きくうなずくと、ロッカルームのドアノブに手を掛けて、勢いよくドアを開けた。



その先に見えたのは――。

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