第15話 新たな仲間?
『異世界ローカル路線『馬車』乗り継ぎの旅100日間王国一周の賭け』という作品にはすでに書きましたが、三回目のワクチン接種を受けたところ副反応が出てしまい、しばらくの間自宅療養しており、執筆が出来ませんでした。
今日からこちらの作品も執筆を再開したので、よろしくお願いします。
刹那の間に、アリスは最速で頭を回転させた。
今ここには8人のプレイヤーがいる。せっかく合流できたというのに、ここで全滅したら元も子もなくなる。幸い、手榴弾一発のダメージならば『フォールダウン』するだけで済む。『リアルダウン』さえしなければ、仲間に復活させてもらうことが出来る。そしておれがこの手榴弾のダメージを最小限の範囲に収めることが出来れば、残った仲間に反撃するチャンスが生まれる。だとしたら、おれが取るべき行動は――。
一瞬のうちでそれだけの判断を下す。そして最速で行動に移る。
アリスは手榴弾と思われる筒状の物体の上に自分の身を投げ出した。
「アリス!」
ニケの叫ぶ声が耳に届く。
「みんなは身を守るんだ!」
叫んだ瞬間、体の下で思っていたよりも軽い衝撃と、耳をつんざく爆音、そして網膜を焼き尽くすような光の本流が発生した。
あまりの爆音に自分以外の仲間たちの声すら聞こえない。目も開けられないため、室内がどのような状況になっているのか確認も出来ない。
しかしその一方で、体に感じる痛みは想像していたよりもかなり軽く済んでいた。
どういうことだ? まさか、この衝撃の正体は――。
アリスがひとつの解答にたどり着いたとき、室内に調子外れな明るい男の声が響いた。そのときには爆音でおかしくなっていたアリスの聴力も戻っていた。
「はい、みなさん、そのまま動かないように! もしも1ミリでも動いたら、そのときは俺の銃が大活躍することになるからな!」
冗談なのかそれとも本気なのか分からない、妙に芝居染みた口調で言う。だが余裕を見せていたのもそこまでだった。
「いきなり驚かせて悪かったが、自分自身の身を守るにはこの方法が一番――」
男の声はそこで唐突に途切れる。
「うがわぁぁぁっ!」
そして次の瞬間には悲鳴に取って代わっていた。さらに床の上を金属質の物体が転がる音が続く。
ようやく視力が回復したアリスの視界に入ってきたのは、小屋の入り口付近で倒れこんでいる男の姿だった。男から少し離れた場所にハンドガンが一丁落ちている。
「悪いけど、あたしの銃の方が先に大活躍したみたいね!」
小屋の入り口のすぐ脇に立つニケは倒れている男に銃口を向けていた。男は足を撃たれたらしく、太ももの辺りを押さえながらうずくまっている。
その光景を見ただけで、どのようなことが起きたのか、一連の流れを容易に想像することが出来た。
男が小屋の中に投げ込んできたのは殺傷能力が極めて高い手榴弾ではなく、大音量と閃光でプレイヤーの行動を一時的に止めることが出来る『音響閃光手榴弾』だったのだ。アリスが受けた衝撃が思いのほか軽かったのもそのためだ。
男は音響閃光手榴弾で小屋の中にいたアリスたちの動きを止めようとしたが、アリスが身を挺して音響閃光手榴弾の衝撃を受けたため、アリス以外のプレイヤーはそれほど影響を受けずに済み、意気揚々と小屋の中に入ってきた男は、逆に入り口の影に潜んでいたニケに隙を突かれて太ももを撃ち抜かれたのだろう。その際に手に持っていたハンドガンも落としてしまったに違いない。
「ナイス、ニケ! よくやった!」
アリス同様に事の次第を悟ったらしいマモルがニケの行動を褒める。
「あたしは間抜けな訪問者を撃っただけだから! 褒めるのならば体を投げ出したアリスを褒めてあげて!」
ニケは銃口を男に向けたまま早口で言う。
おっ、珍しくニケからお褒めの言葉を頂いたぞ。これは明日雪が降るかもしれないな。
アリスがニケのお褒めの言葉に驚いていると、アリスのダメージを心配したのかミライとミクルの双子が近寄ってきた。
「ねえ、大丈夫? 派手な爆発だったけど……?」
「今、救急キットを使って回復させるから待ってて」
「あ、うん、二人とも、ありがとう。思っていたよりもダメージは受けていないし、大丈夫だから」
そう答えながらも、ミライとミクルのような見目麗しい女性に甲斐甲斐しく救急キットを使って回復させてもらうと、つい顔が綻んできてしまう。それを見逃さない人物がひとりいた。
「アリス、なにニヤニヤしてんの!」
褒められたと思ったら、次の瞬間にはもう怒られるという、これもいつもの流れだった。
「ダメージが回復したら、さっさとこいつを尋問してやるんだから、早くこっちに来て!」
「はいはい、分かりましたよ。――ミライさん、ミクルさん、ありがとう」
二人に回復のお礼を言うと、プンスカして爆発寸前になっているニケの元に急ぎ馳せ参じた。文句を言えない下士官は辛い階級なのである。
「やっぱりこの男だったか――」
アリスは倒れ込んでいる男の姿を見つめた。しかし、そこまで深く観察することなく、男の正体にすぐに思い当たった。
このゲーム内でこんな素っ頓狂な格好をしている物好きはひとりしかいないからな。
アリスの視線の先にいる男は金髪に全身真っ赤な服装でコーディネイトしていた。さらに真っ赤なマントまで装着している。他のプレイヤーからは『イカれたアメコミのヒーロー』と揶揄されるのも納得できる格好である。
「たしかに有名なプレイヤーと合流したかったけど、まさかこの人と遭遇するなんて……」
サクラも若干戸惑いの表情を浮かべている。
「この男って、たしか『ファースト・ランス』だよね? 通称ランス……」
ミライが『ダブルオーヘヴン』内での男のプレイヤーネームを嫌そうに吐き捨てる。
ファースト・ランス――日本語にすると差し詰め『一番槍』といったらいいだろうか。『ダブルオーヘヴン』内ではある意味、もっとも有名なプレイヤーのひとりに数えられる存在である。もちろん悪い意味においてだが。アリスもゲーム内で何度か顔を見かけたことがある。実際に戦ったこともある。
「たったひとりで8人を相手にしようだなんて、さすが『ダブルオーヘヴン』で一番の目立ちたがり屋ね! まあ、一番の嫌われ者でもあるけど!」
双子らしくミライ同様にミクルも非難がましい強い口調でランスのことを責め立てる。
アリスも双子の気持ちが分からないでもなかった。ランスは『一番槍』というその名の通り、ゲーム内では常に他のプレイヤーを差し置いて、真っ先にエリア内を突っ走っていくという特殊なプレイスタイルを持っていた。ランスが目指しているのはゲームの勝敗ではなかった。いかにして目立つかということに神経を注いでいた。目立つ為ならば、他のチームの迷惑になることも省みない。もちろん、服装が真っ赤なのも目立つからである。
学校のマラソン大会でよーいドンと同時に勢い良く先頭に飛び出して注目を浴びるが、すぐに失速して、最終的に下から数えたほうが早い順位で終わるという生徒が、どの学校にも必ずひとりはいるが、まさにランスはそういう自己顕示欲の塊のようなプレイヤーだった。それゆえに純粋にゲームの勝利を目指すプレイヤーからは嫌われている存在だった。
「こういう状況であるにも関わらず、目立つことを最優先に考えるなんて本当に性根が腐り切っているとしか思えないんだけど!」
ニケは今にも二発目を撃ち込まんばかりのご立腹ようである。
頼むから、その怒りの矛先をこちらに向けないでくれよな。
アリスとしてはそれが今一番の気懸かりだった。
「い、いや、待ってくれよ! ご、誤解だからさ!」
ようやく足の痛みが引いてきたのか、ランスが反論する。
「手榴弾を小屋の中に投げ込んでおいて、よくそんなことを言えるわね!」
「その手榴弾だけど、俺が投げたのは普通の手榴弾じゃなくて、特殊な『音響閃光手榴弾』だっただろうが!」
「それがなんだっていうの!」
「俺にはあんたたちを『リアルダウン』させる意思はなかったということだよ!」
「はあ? あんたが『音響閃光手榴弾』を投げ込んだのは本当でしょうが! もしもまたくだらない言い訳を始めたら、ニケさんよりも先に、今度はあたしたちが同時にあんたの頭を撃ち抜くからね!」
ノゾミが可愛らしいお顔で怖いことをさらっと言ってのける。実にニケの性格によく似ている。
ニケだけでも手に余るのに、これでまたニケみたいな仲間が二人も増えたら、こっちの心労が確実に増すよな。
自分が手榴弾で負ったダメージことなどすっかり忘れて、さらにランスのことも忘れて、この双子の姉妹のことが気にかかり始めてしまう。
「だから、俺もこの緊急事態の中でどういう風に行動したらいいか困っていたんだよ! そこにあんたたち8人が小屋の中に入るのを目撃したから、一緒に仲間になれないかと思ってだな――」
ランスがそう言った瞬間、ノゾミとノゾムがほぼ同時に銃でランスの太ももの付け根の間に見える床を正確に撃ち抜いた。ほんの少しでも左右にずれていいたら、今ごろランスは男性にとって一番大事な部分を押さえながら、床の上で悶絶していたことであろう。
この双子、絶対に敵にはしたくないな。
アリスは心底そう思った。
「ちょっと撃つなら撃つって、先にあたしにも教えてよ。もっとも、あたしだったら掠る程度には当てていたけどさ!」
さらに怖いことを言ってのけたのは、アリスの長年のチームメイトのひとりである。
いや、こっちの方がやっぱり数倍怖いかもしれないな。
アリスの周りにはなぜか強い女性ばかりが集まるのだ。
「頼むからその銃をぶっ放す前に、俺の話を最後まで聞いてくれよ! あのな、考えてもみてくれ。8人もプレイヤーがいる小屋の中にのこのことひとりで入っていくわけには、さすがにいかないだろう? それで『音響閃光手榴弾』を使うことにしたんだよ。『音響閃光手榴弾』なら爆音と光だけで、体にはそれほどダメージを与えずに済むからな」
ランスは手で股間を守りながら、必死に言い募る。
「――なるほどね。おまえのことをただの目立ちたがり屋だとばかり考えていたが、どうやら思っていた以上に用心深かったってわけか」
ランスの一連の発言から内容を先読みしたのか、マモルが合点がいったという風な笑みを浮かべる。
「どういうことなの、マモル? ちょっと説明してくれる? この男の話は分からないことばかりだから!」
ニケは少しイラついた様子でランスを睨みつけている。
「つまりだな、ニケ、こういうことだよ。――この男はオレたちと仲間になりたかったが、自分が攻撃されるかもしれないという万が一のことを考えて、先にオレたちの戦闘力をなくしたうえで、自分の身の安全な状態を作って、それから話し合いをしようと企んでいたのさ。――なあ、そういうことだろう?」
「ああ、そうだよ。あんたが代わりに言ってくれて助かったぜ」
「まさかそれを信じろっていうわけ?」
ニケはまだ猜疑心を捨てない。
「そんなに疑うのならば、俺の腰にぶら下げてある物を見てみろよ!」
ランスの腰のベルトには手榴弾がみっつ、ぶら下っていた。
「これで分かるだろう? もしも本当にあんたたちを『リアルダウン』させる意思があったら、オレは『音響閃光手榴弾』じゃなくて、こっちの手榴弾を投げ込んでいたからな!」
「そんなの今思い付いて言っただけじゃないの!」
ニケはそれでもまだランスの話を信じていないようだ。
「あっ、そうだ! だったらとっておきのやつを見せて、俺の身の潔白を証明してみせるよ! そっちに転がっていった俺の銃をよこしてくれ!」
瞬間、今度はニケの銃が火を噴いた。
「ぐげぇっ!」
先ほどニケ自身が予告した通り、その銃弾はランスの体の中央にある大事な部分をかすったみたいだ。同性として、アリスはランスに同情を禁じえなかった。
「本当に撃つなよ! ていうか、この部分の痛みがどんなものか分かるか? この衝撃がトラウマになって、現実の世界で『コレ』が使い物にならなくなったら責任を取って――」
だがそこから先は言葉が続かなかった。ニケが今度はランスの『その部分』の中央に狙いを定めたからである。
「それ以上くだらないことを言ったら、今度はド真ん中を撃ち抜くからね! だいたい、なんで敵であるあんたに武器を返さないといけないの!」
「その武器が証明になるんだよ!」
「――よく考えたものね。もしもあなたの言うことが正しければ、なかなかの策士ね」
口元に人差し指を当てて思考モードに入っていたサクラがランスの作戦をいち早く見抜いたらしい。
「分かったわ。持っていた武器はあなたに返すことにするから」
「サクラ、なんでそんなことを――」
当然の如く、ニケが止めようとする。
「ニケ、いいの。この人の考えがわたしの想像通りなら、わたしたちが撃たれることはないから。それでも心配ならば、銃口はこの人に向けておいて」
そう断りを入れたうえで、サクラは床に転がったハンドガンをランスに手渡しで返した。
「それじゃ、見せてくれる? タネ明かしをするところを」
「ああ、分かったよ」
ランスはハンドガンを手にすると、なぜか銃口を自分のこめかみに押し当てた。
「よく見ててくれよ! 俺があんたたちを『リアルダウン』させる意思がなかったことはこれで分かるはずだから!」
言うなり、躊躇うことなくランスがハンドガンの引き金を引く。
カチッ。
妙に軽い金属音が一回しただけである。ランスの状態に変化はない。
「ほらよ。これで証明出来ただろう?」
ランスが手にしたハンドガンをニケの足元目掛けて床の上を滑らせるように放り投げる。
「――まさか、はじめから銃に弾は入っていなかったの?」
「そういうことよ、ニケ。いざというときのために、身の潔白を示す証拠をあらかじめ用意しておいたみたいね。つまり、この人は本当にわたしたちと仲間になりたくて、その話し合いをしたかっただけってことよ」
サクラの説明に否と答える者は誰ひとりいなかった。