第13話 疑心暗鬼の遭遇
「人影をまた発見!」
運転席に座るサクラが嬉しそうに声を上げる。
「サクラ、どこにいるの?」
「真正面だよ、ニケ! 小屋の前に立っているみたい!」
「OK! 分かった!」
ニケが後部座席から無理やり前の座席へと身を乗り出す。
「あっ、あたしも見つけた! アリス、全力で白旗を振って! これで気付かれなかったらアリスの責任だからね!」
「はいはい、分かりました!」
ニケの指示は上司からの命令にも匹敵するので拒否することは出来はない。アリスは再び窓枠にお尻を乗せると、体を外へと出す。右手でピラーをしっかり掴み、左手に握った手製の白旗を大きく振り回す。
「おーい、こっちに気付いてくれ! おーい!」
「アリス、もっと振らないと! 相手に全然気付かれていないから! いっそうのこと窓枠に立っちゃえばいいんじゃない?」
無茶苦茶なことを平然と命令する部下思いの上官である。
「あのなニケ、もう忘れたのか? 今ゲーム内では『痛み』が激増しているんだからな! このスピードで走る車から落ちたら、どんだけ苦しむことになるか!」
それでもせっかく見つけた他チームにここでまた逃げられるわけにはいかないので、アリスは出来るだけ体を外へと投げ出すと、これでもかといわんばかりに白旗を振り続ける。
アリスの気合が伝わったのか、はたまた単なる気まぐれなのか、前方に見えていた人影から反応が返ってきた。人影は小さな小屋の前にいる。アリスたちと同様に武器を探している最中だったのかもしれない。頭上に両手を上げて、こちらに向かって大きく振っている。
「まさかとは思うけど、オレたちのことを罠に嵌めようとしているってことはないよな?」
慎重派のマモルが前方を凝視したままつぶやく。さきほどのジャガンたちとの一件があるので警戒せざるを得ないのだろう。
「少し車のスピードを緩めるね」
サクラが車を低速走行に切り替える。
「オレがこれで確認してみる」
マモルは脇に置いていたスナイパーライフルから手早くスコープ部分を取り外して、前方に向ける。望遠鏡代わりだ。
「えーと、人数は――いち、に、さん……4人! チーム全員で集まっているみたいだ。さすがにこの状況ならば罠ってことはなさそうだけど……。サクラ、出来るだけ相手を刺激したくないから、このスピードで近づいてくれ!」
「うん、分かった。今度こそ、わたしの作戦が実りそうね」
「出来ればオレたちが知っているチームだと、尚のこといいんだけどな。まあ、それは高望みしすぎか」
相手チームの服装を肉眼で確認出来る距離まで近づいてきた。『ダブルオーヘヴン』内では各チームごとにそれぞれ服装を統一している場合が多かった。よく知るチームならば、服を見ただけで判断が出来る。もちろん、なかには試合ごとに服装を変えるというオシャレなチームもあるが。
「あの服装……見覚えがあるぞ! 黒いスカートに白のエプロンを付けたメイド姿の女性プレイヤーが二人に、顔全体を仮面で覆った二人……」
早口でマモルが言う。
「マモル、それって、まさかあのチームなんじゃ……。いつもわたしたちが裏をかかれてばかりいるあのチームでしょ?」
ハンドルを握るサクラの表情が一瞬曇った。その理由がアリスにも理解出来た。
今前方でアリスたちの到着を待つチームに、アリスたちは何度もしてやられた経験があるのだ。
例えば――チームのひとりを建物内に追い込んだのに気付いときにはなぜか背後に移動していて逆襲されたり、あるいは遠くから狙撃してフォールダウンさせた相手に接近したら、なぜか自由に動き回っていたりとか、ありえない状況に度々遭遇していた。
神出鬼没――その言葉がまさにぴったり当てはまるチームであり、アリスたちにとっては要注意すべきチームのひとつであった。
「このタイミングでチート疑惑のチームと遭遇かよ……」
心の声を思わずアリスは口に出してつぶやいてしまった。『チート』と呼ばれる不正行為――いわゆる『ズル』をするのは、もちろんルール違反であることはいうまでもない。しかし、それが本当にチートかどうかを証明できない以上は、声を大にして糾弾することも出来ない。
「まさかとは思うけど、チートチームがこのゲームシステムを乗っ取ったんじゃ……」
ニケが疑念の声を漏らす。
「いや、それは絶対にありえないと思う!」
アリスは即断した。
「チートするチームはゲームに勝つことを第一に望んでいるから、こんなテロのような蛮行はしないはずだ!」
「オレもアリスの意見に賛成する。チートプレイとゲームシステムの乗っ取りとじゃ、雲泥の差があるからな」
マモルがアリスの言葉に続いた。
「でも用心するに越したことはないでしょ?」
ニケは前方を凝視し続けている。
「そうだね。ここは十分に用心して話し合いに臨んだほうがいいかもしれないね」
サクラが車をわざと小屋の少し手前で停めた。
「まずあたしが話してみるから」
ニケが先頭で車から降り立ち、相手チームに近づいていく。
「こんにちは! コロッセオやゲームエリア内ではよく顔を見かけたことがあるけど、こうしてしっかり面と向かって話すのはこれが初めてだよね」
「そうね。はじめましてということになるかしら」
「うん、はじめましてだよね」
メイド姿の二人の女性プレイヤーが同時に軽く頭を下げる。ひとりはアリスたち同じ年齢くらいで、もうひとりは少し年上の感じで背も高い。
一方、顔を仮面で完全に隠している二人組はまだアリスたちの出方を警戒しているのか、頭は下げずに、視線もアリスたちに向けたままである。仮面といい、体型の目立たないグレイのローブで体をすっぽり覆った服装といい、ミステリアスな雰囲気であることは間違いない。
「最初に言っておくけど、あたしたちはそっちと戦闘するつもりはないから」
最初にニケが断りを入れた。こんな間近で戦闘になったら、お互いどれだけダメージを負うかは計り知れない。
「この異常な状況はあたしたちも分かっているつもりだから」
背の低い方の少女が答える。
「そういえばちゃんと自己紹介したことがなかったよね。あたしはニケ。あなたの名前は……たしかノゾムさんで、そちらの背の高い人はミクルさんだったかな?」
『ダブルオーヘヴン』内ではリアルダウンさせられたプレイヤーは端末に名前が表示されるので、たとえ話したことがないプレイヤーであっても、名前だけは知っているということはよくあることだった。
仮面の二人組は『F』と『H』というアルファベット一文字の名前だと、アリスも記憶していた。おそらく何かの頭文字なのだろう。
「そう、ノゾムよ。あなたみたいな有名人ではないけど、よろしくニケさん」
少女――ノゾムが顔に似た可愛らしい声で挨拶を返してくる。メイド服もよく似合っている。
「私はミクル。見て分かると思うけど、この子の実の姉なの」
ミクルとノゾミはたしかに顔立ちがよく似通っていた。アリスも以前から薄々そうだろうなあと思ってはいたが、これでちゃんと姉妹であると確認することが出来