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第12話 移動の手段とサクラの作戦

なんだか季節外れの鯉のぼりって感じがしないでもないけどな。



そんなことを思いながらアリスは窓の外に右腕を突き出していた。視界に入ってくる向かい風を受けてひらひらと揺れる白い布切れが、なんだか今の自分の不安な心境を表しているんじゃないかと思えてしまう。


『ダブルオーヘヴン』内にはプレイヤーの移動手段として様々な乗り物が用意されている。一番簡単に手に入るのがエリアのあちこちに放置されている車やバイクである。その種類も豊富で多人数が乗れるバスや、スピードが出るスポーツカーまでいろいろある。


エリア内には川も存在するのだが、そこにはモーターボートや水上バイクが用意されている。陸、海とくれば、当然、空の乗り物もある。ヘリコプターやオートジャイロで自由に空を移動してもいい。


他にも通常では見つけにくい場所にレアな乗り物が隠されていることがある。敵プレイヤーを圧倒的な火力で攻撃できる戦車や防御力抜群の装甲車、水陸両用のホバークラフトや、一瞬で空高く舞い上がれるジェットパックなど、それらを見付けたらゲーム攻略が有利になるのは間違いなかった。


さらに特定の場所には蒸気機関車、ロープウェイ、ケーブルカー、トロッコなどの乗り物が設置されている。『ダブルオーヘヴン』では、現実の世界にある一般的な乗り物はほぼ網羅されているといってよかった。


どの乗り物を使って、エリア内をどう移動するかはプレイヤー次第である。


アリスたちが今乗っているのは、悪路も楽に走破が出来る四輪駆動車だった。ジャガンたちと戦闘した場所から移動したアリスたちは、道路の脇に放置されている四輪駆動車を見付けると、すぐにそれに乗り込んで、他のチームを探すべく、エリア内を移動し始めた。


四輪駆動車の運手席にはサクラが乗り込んでいる。自分の考えた作戦を実行している最中なので気分が良いらしく、楽しそうに鼻歌なんかを口ずさんでいる。


一方、残りの3人はというと、窓の外に目を向けて他のチームを探すのに苦心していた。


「『コレ』でおれたちの意図を理解してくれるチームがいればいいけど」


アリスは右手に掲げている木の棒を見つめた。エリア内の地面に落ちていた、ごく普通の木で出来た棒である。そこに白い布切れが括り付けられており、今は車が走る風を受けてひらひらと棚引いている。


「少なくとも車の窓から顔を出して、闇雲に『一緒にチームを組もう!』って叫ぶよりは安全なんじゃないの?」


アリスと同じく後部座席に座るニケが答える。ニケも棒切れを窓の外に突き出している。


「たしかに窓から出した頭を敵に撃ち抜かれて、それでリアルダウンしたら元も子もないからな」


「ほら、ふたりとも手が休んでいるぞ。しっかり大きく振らないと遠くから確認出来ないぞ」


助手席に乗るマモルがよそ見をしている後部座席のふたりのことを注意する。


「はいはい、分かりました」


アリスは言われたとおりに木の棒を持った腕を全力で大きく振る。白い布切れがひらひらと大きく揺れる。


現在、どの程度のチームがこの魂を掛けたゲームに乗ってしまったのか定かではないが、少なくともアリスたちと同様に現状に困惑して、ゲームに乗ることにまだ躊躇しているチームもいるはずだった。そのチームといち早く合流して、対策を練るのが目先の最優先事項だ。


その為にサクラが考えた作戦というのは、一言で言えば『降伏作戦』だった。こちらに攻撃する意思がないことを伝えて、相手と話し合いの場を持つというものである。


その為の要になる道具が今アリスたち3人が手にしている木の棒だった。


木の棒に括り付けている白い布切れは『救急キット』の中に入っていた『包帯』である。包帯を『白旗』の代用にしたのだ。サクラは『救急キット』でアリスを回復させたときに、この作戦を思いついたらしい。


白旗は誰もが知る『降伏』の目印であることは言うまでもない。問題はこの白旗を見て、その意味をしっかり理解してくれるチームがいるかどうかということだ。


「おい、10時の方向を見てくれ! 林の奥に人影が見えるぞ!」


助手席のマモルが声を上げた。


「えっ、本当か? おれも確認してみる!」


アリスは言われた方に目を向けた。木の陰から人影が少しだけ顔を出しているのが見える。明らかにこちらの様子を窺っている。


「サクラ、車のスピードを少し緩めてくれ!」


マモルの指示を受けて、サクラが車を減速させる。車のスピードが落ちれば、その分敵チームから狙撃をされやすくなるが、今は仲間探しが先決である。


「向こうも反応を返してくれるといいんだけど」


ニケが隣の席から体を移動させて、アリスの背中に体を密着させてきた。


「お、お、おい、ニケ……窓はひとつしかないんだから、そんなに体を寄せてくるなよ!」


文句を言いながらも、背中に感じる体温に動揺を隠せないアリスだった。今いる場所はコンピューターの中に作られたゲームの世界であるのだが、背中越しに感じるニケの体温はリアルで感じる体温と同じであるので、どうしてもこういう場面では緊張してしまう。


「仕方ないでしょ! あたしの座っている席からじゃ、10時の方向は反対だから見えにくいの!」


こちらの心のざわつきなどお構いなしにニケが言い返してくる。


「ふたりとも真面目にちゃんと見てるんだろうな? この作戦にはオレたちの魂が懸かっているんだぞ」


「マモル、ちゃんと見ているから! でも相手からなんの反応もないぜ? もう少しこっちの存在をアピールした方がいいんじゃないのか?」


ニケの密着から離れられる口実を見付けたアリスはさっそく窓から外へと上半身を投げ出す。田舎のヤンキーがする『箱乗り』みたいな格好で白旗をこれでもかと大きく振り回してアピールする。


「これならさすがに目に付くと思うけどな」


しかし人影の動きに変化はない。こちらに歩み寄ってくる素振りもない。


「ねえサクラ、危険だとは思うけど、少しの間だけ車を停めてくれる? あたし、大声を出して向こうに呼びかけてみるから!」


何の反応も返ってこないことに業を煮やしたのか、ニケがまたアリスの体に密着してきて、窓の外から顔を出す。


「マモル、ニケが言うとおりに車を停めてもいい?」


「ああ、これ以上旗を振っていても埒が明かないからな。ニケの大声で反応を見てみよう」


「それじゃ、車を停めるからね」


サクラがその場で車を停車させる。車のエンジン音が消え、一瞬、静寂に包まれる。


「それじゃ、あたしが呼びかけてみるから――。みんなー、今は緊急事態なんだから、ここは一緒にチームを組もーう!」


ニケの声が辺りに響き渡る。声量の大きさからして、向こうに聞こえないということはないだろう。あとは相手の出方を待つしかない。


一分経過――。


「――やっぱり反応なしか」


アリスは周囲に注意を払いつつも、人影を観察し続ける。


「あたし、もう一度、声を掛けてみる。――ねえみんなー、一緒に、あっ――」


ニケが呼びかけている途中で人影はさっと林の奥に走りこんでしまった。


「ダメだったか……。ニケ、車の中に戻ろう。外に身を晒しているのは危険だ」


アリスはニケを促して席に着いた。


「これ以上ここに停まっているのは危ないから、とりあえず車は出すね」


サクラが車をゆっくりと発進させる。


「やっぱりみんな疑心暗鬼になっているのかもしれないな。だとしたら仲間を探すのは思っていた以上に難しいかもしれないぞ」


マモルが難しい顔でまっすぐフロントガラスの先を見つめる。


車内が重たい空気に包まれる。



他のチームと合流するという判断は間違っていないと思うけど、そこにたどり着くまでが大変そうだな。



アリスは厳しい現状を突きつけられた気がした。


「ちょっとみんな、暗くなりすぎ! 考えてもみてよ。このゲームには今250チームが参加しているんだよ! いつもの100チームと比べて、2・5倍の数だよ! それだけいるんだから、絶対にあたしたちと同じ考えを持ったチームもいるはずだから!」


ニケがチームの士気を鼓舞するように声を上げる。


「うん、ニケの言うとおりだよね。たった一度の失敗でめげていたら、前に進めないからね。よ-し、こうなったらわたしも気合を入れるぞ! ほら、こうすれば近くにいるチームは必ず気付くはずだから!」


言うなり、サクラが車のクラクションを何度も鳴らす。甲高いクラクション音は遠くまで響くので、これで多くのチームがこちらの存在に気が付くだろう。もっとも、当然その中には良からぬことを考えているチームも含まれているだろうが。


「サクラ、ニケの気合に感化されすぎだぞ」


やれやれという風に頭を振るマモルだったが、サクラがクラクションをかき鳴らすのを止めることはしない。


車内の空気が明るくなる。それが幸運を呼び込んだのか、再び、アリスたちチームの前に人影が現れた。

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