第11話 次なる一手を考える
「さて少年たちの件は終わったから、これからは大人たちの難しい話をしないとな」
少年たちの姿が見えなくなるのを待ってアリスは話を再開した。
「それであいつらのこと、どうしたいいと思う? このまま放っておくってわけにもいかないだろう?」
親指でジャガンたちの方を指す。
「ここで素直に解放したとしても、どうせ恨まれることにかわりはないし、かといって、とどめを撃って『リアルダウン』させるのはさすがに心苦しい部分があるし……」
アリスとしても痛し痒しといったところだった。
「あっ、そうだ、こういうのはどうかな?」
ニケが教師の質問に答える生徒のようにはいっと手を上げる。
「とりあえずひとりだけ『救急キット』を使って回復させるの。それで残りの仲間をどうするかは、あいつらに自由に決めさせるの!」
「それは妙案かもしれないな。ニケにしては珍しく頭が冴えているな!」
余計なことを言ってニケに睨まれたので、急いで話に戻る。
「ここで全員を回復させたら、あいつらのことだ、どうせすぐにおれたちのことを追いかけてくるのは間違いないからな。でもひとりだけ回復させれば、そいつは仲間3人分の『救急キット』を探しにいかないといけないから、こっちを追いかけてくる余裕がなくなる。その間におれたちは遠くへおさらばしていればいいってわけだ」
アリスだって好き好んで見ず知らずのプレイヤーを『リアルダウン』させて『魂』を消去することなんかしたくなかった。それをしてしまうと、なんだかあの過激派の男の手助けをしてしまうような気がしたのだ。
しかしその一方でジャガンチームのように『魂の殺し合い』のゲームに乗ってしまったプレイヤーがいるのも事実としてある。
そしてその事実は、いずれ自分たちの『魂』を守るために、どこかのチームを『リアルダウン』させなくてはいけない状況が訪れることを意味していると、アリスも薄々気付いていた。
出来ることならば、このゲームに参加しているみんなと一緒に現実世界に戻りたいんだけどな。
それがアリスの偽らざる思いだった。だが、それが土台無理なことは今地面に横たわるジャガンチームを見れば分かる。
「うん、そうだね。ニケの言ったやり方が一番後腐れがなくていいかもしれないね」
サクラが賛成票を投じる。
「オレも賛成だ。ひとりだけ回復させたら、オレたちはさっさとこの場所を離れようぜ」
マモルはさっそく『救急キット』を取り出している。
アリスたちはジャガンチームが倒れている場所まで戻ってきた。撃たれた痛みがまだ引かないのか、4人とも口から呻き声を漏らしている。しかしジャガンだけは恨みがこもった目をアリスに向けてくる。その名前の通り、蛇のように執念深い性格なのかも知れない。
おいおい、勘弁してくれよ。お前だっておれのことを撃っただろうが。まったく、こんな男に恨まれたら、この先気が抜けないぜ……。
胸中でグチのひとつもこぼしたくなる心境だった。
「それじゃ、マモル、お願い出来る?」
サクラに言われたマモルは4人の中で一番ひ弱そうな男を選んで『救急キット』を使い回復させる。ジャガンチームの武器はすべて没収済みなので反撃されることはない。
「武士の情けっていうやつだ。おまえだけは回復させてやる。あとの3人をどうするかはおまえが判断しろ。――それじゃ、オレたちは行く。一応、言うだけ言っておくが、もしもオレたちのことを追いかけてきたら今度は容赦しないからな! 必ず『リアルダウン』させて、お前たちをゲームから追い出す! いや、あの男が言ったことが本当なら、お前たちの魂を現実世界から追い出すことになるからな! そのことを忘れるなよ!」
マモルは最後にジャガンたちに警告するのを忘れない。
「さあ、オレたちは移動するとしよう!」
そう言うと、そこにジャガンチームなどいないかのようにマモルは颯爽と歩き出す。その後からアリスたちも続いた。後方でさっそく何やら仲間に声を掛ける声が聞こえてくるが、アリスは敢えて確認することはしなかった。この問題はもうここで終わりにしたかったのだ。
「あいつらがどう行動するか分からないけど、なるべく離れた方が良さそうなことだけはたしかだよな」
アリスは隣を歩くマモルに確認した。
「まあ、警告はしておいたが用心するに越したことはないだろうな。特にあのジャガンと呼ばれた男は要注意だぜ」
マモルもジャガンの危険性を感じていたらしい。
「でもそうなると、オレたちは今からどこに向かうべきか――」
「そのことなんだけどね。わたし、ひとつ名案を思いついたんだけど」
サクラが声を上げた。
「えっ、サクラ、どんな名案なんだ?」
「わたしたち、別のチームと合流した方が良いと思うの。あのボーイスカウトくんの話を聞いて思ったんだけど、きっと今の状況の中でどう行動すべきか分からずに困惑しているチームってたくさんあると思うの。そういうチームはジャガンたちみたいな危険なチームにとっては良い標的になっちゃうでしょ?」
「まあ、現にあの少年たちはそうなったからな」
「だから、そういうチームを探して合流するの。一緒に行動する仲間が増えれば、ジャガンたちみたいな危険なチームもおいそれと手出しは出来ないでしょ?」
「たしかにそれは理屈にあっているな。でも、それにはひとつだけ問題があるぞ。それも大きな問題がな」
頭の中の考えを整理するためか、マモルがその場で立ち止まる。
「今からいろんなエリアを移動していけば、その内に他のチームとも出くわすと思う。だけど、その後どうやって安全に合流するんだ? 相手はオレたちのことを敵だと思って撃ってくる可能性のほうが高いと思うけどな。この手のバトロワでよくある『疑心暗鬼』の状態ってやつさ」
「ねえみんな、コロッセオでのことを覚えている? あそこには今日『ダブルオーヘヴン』に参加している全プレイヤーがいたわけでしょ?」
サクラはマモルの質問には答えずに、アリスたち三人の顔を順番に見つめる。
「あっ、そっか!」
何事か思いついたのか、ニケがしたり顔で大きな声を上げた。
「あたし、何人か知っている顔を見た! サクラ、こういうことでしょ? まずは顔見知りのチームを探して、それで合流しようっていうことね!」
「うん、そういうこと!」
現在『ダブルオーヘヴン』はまだ限られた人数でのプレイに留まっている。そのため、ゲームに登録しているプレイヤーの数も限られており、ゲーム内で同じプレイヤーをよく見かけるという状況が多々起きていた。
「いつもはライバルだけど、この状況ならばきっとみんな協力してくれると思うの。それに今はまだこのゲームから脱出する方法は見当も付かないけど、みんなで力を合わせれば、もしかしたら対策が思い浮かぶかもしれないし」
「だけど、いくら顔見知りといっても銃を発砲してこないとは言い切れないぜ? 相手の顔を確認するにはよっぽど近づかないとならないからな。でも、それだけ相手に近づくということは、それだけ相手から撃たれる可能性が増えるっていうことでもあるんだぜ」
マモルはそれでも慎重な態度を崩さない。
「そこは考えがあるから大丈夫。さっき『救急キット』を使ったときに思い付いたの! その案ならば完璧とはいかないまでも、他のチームと遭遇したときにすぐに戦闘になることは回避出来ると思うから!」
サクラは自分の考えた案に絶対の自信があるのか口元に笑みを浮かべいる。
「さあ、それにはまず移動する手段を探さないとね!」
いつもは控えめなサクラが珍しく他の3人を先導する形で前を歩いていく。その足取りに迷いはない。