第10話 ボーイスカウト
目の前の脅威がやっと消えたので、アリスはジャガンチームに撃たれて地面で『フォールダウン』状態になっているふたりの少年の状態を確かめることにした。ふたりともアリス同様に銃で撃たれた痛みがあるようで顔をひどくしかめている。
倒れたふたりの傍らには、心配げな様子で少年少女が立っていた。小屋に聞こえてきた悲鳴の主はきっとこの少女と思って間違いないだろう。
4人とも『ボーイスカウト』が着るようなお揃いの服装をしている。見た目の年齢はアリスよりも年下に見えた。もちろん、ゲーム内のキャラクターの姿は自由に変えられるので、実際の年齢とは異なる可能性もあるが。
「『リアルダウン』をする前にふたりを助けられて良かった。今、回復させるから待っててくれ」
アリスとニケはふたりに『救急キット』を使った。ふたりとも痛みが消えたようで、顔色もすぐに正常に戻る。
「ありがとうございます!」
「本当に助かりました!」
立っていた少年少女がほぼ同時に深く頭を下げてお礼をしてきた。それに習うように倒れていたふたりも飛び起きて頭を下げる。
「そこまで律儀に頭を下げる必要はないから。だいたい、こういう状況なんだから助け合うのは当然のことでしょ!」
ニケが照れ隠しなのか、手を大げさに振って答える。
「回復したばかりのところで悪いんだけど、少し話を聞かせてもらえるかな?」
アリスはボーイスカウトチームを伴ってジャガンチームから少し離れた場所に移動した。ジャガンチームの4人にはお灸を据える意味も込めて、もう少しの間、痛みに苛まれてもらうことにする。
「いったいどういういきさつがあったんだ? まあ、なんとなく想像はしているが、出来れば君たちの口から直接聞かせてもらえると嬉しいんだけどな」
事態の深刻さを鑑みて、アリスは歪曲的な言い方をせずに、単刀直入に訊くことにした。
「は、は、はい……え、えーと……例の緊急連絡が端末に入って、その、ぼくらは最初それが本当なのか、それともゲーム内のイベントなのか判断が付かなくて……。とにかくどうしたらいいか迷ってしまったんです……」
リーダーと思われる少年が言葉を選ぶように丁寧な口調で説明する。
「でも、やっぱり時間の経過とともに、どんどん不安になってしまって……。そこで万が一のことを考えて、せめて武器だけでも調達しようということになったんです。それで付近をウロウロ移動していたら――」
「不幸にもあいつらと出会っちまったというわけか」
マモルが最後の部分を引き取った。
「はい、そうなんです……。最初にあの人たちの方から一緒に行動しようと話しかけてきたんです。ぼくらもゲーム内で何が起きているのか分からなかったから、誰かと一緒にいた方が安全だと思って、行動を共にすることにしたんです。それでやっぱり最初に武器を調達した方がいいだろうという話になって、あの人たちと一緒に武器を探し始めたんだけど、せっかくぼくらが武器を見付けても、武器は大人の自分たちが持っていた方が安全だからと言って、あの人たちが武器を全部持ってしまって……。それである程度武器が揃ったところで、ジャガンという人がいきなり手にした武器をぼくらに向けてきたんです!」
そこまで話を聞けば、アリスにもおおよその流れは掴めた。ジャガンたちは武器探しを少年たちに任せて、武器が見付かったところで、今度はお役御免とばかりに少年たちを『リアルダウン』させようとしたんだろう。つまり始めから『そのつもり』だったのだ。
まったく本当に汚い連中だな! 『魂』の消去が何を意味しているのか分かっているはずなのに、なんでそう簡単に人を撃てるんだよ!
アリスは心のなかで声を荒げた。
「それで君らはここまで何とか逃げてきたが、やつらに追いつかれて、しかも仲間2人が『フォールダウン』させられて、君とそっちの女の子も撃たれそうになった。その現場に、悲鳴を聞いたおれたちが駆けつけたということか」
「はい、本当に迂闊でした……。ぼくがしっかり判断していれば仲間を危険な目に合わせることはなかったのに……」
リーダーの少年は自らの失策を嘆くように地面に視線を落とした。少年たちは過激派組織に乗っ取られたゲーム内で困惑しているところを、ジャガンたちに隙を突かれてしまったのだろう。不幸な出来事ではあったが、この先、同じような不幸がゲーム内で何度も起きる予感がしていた。
「あの、ひとつ聞きたいんですが……。ゲーム内で『リアルダウン』させられたら、『魂のデータ』を消去されるということですが、それって現実世界に戻れなくなるだけのことなんでしょうか? それともわたしたちの『魂』そのものが消えてしまうということなのか……」
初めて少女が口を開いた。ニケと同じ不安を口にする。おそらくあの男の話を聞いたプレイヤーはみんな同じ不安を持ったに違いない。アリスだってそうだった。
「わたしの個人的な意見を言うと――わたしの予想では『魂』を消去されるということは、わたしたちの存在自体を消されることと同じだと思う。自我の消滅と言った方が分かりやすいかな?」
先ほどアリスたちに説明してくれたのと同様に、サクラが少女の質問に冷静に答える。
「やっぱり……そうなんですね……」
少女の顔に暗い影が落ちる。きっとサクラの話を聞く前から、そういう結論に至っていたのだろう。そのことを第三者の口から直接聞くことで、改めて自分がいかに危うい状況にいるのか思い知らされたみたいだ。
「君たちはこれからどうするんだ? なんだったらオレたちと一緒に――」
マモルが話に入ってきた。
「そのことなんですが……少しだけ時間を頂けますか?」
少年たちはなにやら顔を寄せ合い、アリスたちに聞こえない小声で相談を始めた。五分ほどで終わったみたいで、4人がこちらに顔を向けてくる。
「あの……助けてもらっておいて、非常に言いにくいんですが……ぼくたちは自分たちだけで行動します」
リーダーの少年は言いにくそうに、でもはっきりとそう断言した。
「まあ、それもいいかもしれないな」
アリスはあえて淡々と返答をした。この少年たちは騙されたことが堪えていて、他のチームと合流するこに躊躇があるのだろう。アリスとしては年下のこのチームの行く末が心配な部分もあったが無理強いは出来ない。
なぜならば、最終的に自分の『魂』は自分で守るしかないから!
「そういうことならば別れる前にちゃんと武器を持っていかないと!」
サクラがジャガンチームが使用していた武器を持ってきてくれる。サブマシンガンにアサルトライフル、さらに回復系の道具などいろいろあるが、このバカげたゲームを生き残るためには絶対に必要な品々だ。
「あっ、でも、これは助けていただいたお礼に皆さんで使って――」
少女が慌てて辞退を申し出る。
「あのね、君たちは年下なんだから、ここはお姉さんたちの好意を素直に受け取るのが礼儀っていうもんでしょ!」
わざと冗談っぽく言うニケ。これもニケなりの優しさだ。
「ありがとうございます! それじゃ、お言葉に甘えて、人数分の武器をもらいます」
4人は自分たちが得意な武器を選んでその場で装備すると、最後にまたちゃんお辞儀をして、足早に去って行った。
なんだかゲームを始めた頃の昔の自分を見ている感じだな。
ちょっとだけお兄さんになった気分を味わうアリスだった。