最凶賢者の引っ越し
「とりあえず現状を整理するか。」
私がまず着手するために必要なことは、村の現状の把握だ。
村の規模やゴブリンの襲撃による被害状況は上空から確認できている。
しかし、村の住人に関しては全く分かっていない。
「はい、マグナス様。そうおっしゃるだろうと思い、まとめておきました。」
アデレードがスッと差し出した数枚の報告書を受け取る。
流石、出来る人だ。
アデレードの報告書によると、村の構成人数は97名。
その内、45名が12才以下の子供、残りの52名の内21名は60才過ぎの老人たちだった。
「村の働き手は31名か。働き手を増やすためには今いる子供の死亡率を下げる必要がある。となると早急に対応すべきなのは衛生状態と食生活の改善だな。」
異界の本の中に子供の死亡率を下げる方法として書かれた物が多々あった。
その中に衛生状態の改善は最重項目だそうだ。
私はテーブルと少し大きめの紙を次元収納箱(実際は図書館の私物入れ)から取り出す。
テーブルは避難場所の片隅に置かれ、その上に紙を広げた。
(村に下水道を引く必要があるが、それを処理し川に戻す必要がある。確かスライムを使って処理することが書かれていた。問題はその場所だ。)
私は上空から見た村付近の様子を紙に転写した。
これは記憶を転写する魔法の一種である。
魔法のおかげで紙は村や畑、森、そして森から流れ出る川が書かれている地図になっている。
その地図を見て必要な必要事項を追記してゆくのだ。
まず初めに村を通る下水道を描き加え、その先の下水処理場を何処へ設置するか考えた。
下水処理場は排水を浄化するのに必要な施設であるがスライムを使用する。
そのため万が一を考えると村人が生活する近くに作ることは出来ない。
(かなり下流になるが、この場合致し方ない。下水が終われば次は上水道。もしくは貯水施設が必要だな。)
次に、貯水施設、森から流れ出る川から分岐させその先に貯水用の池を作るのが良いだろう。
畑の位置も考慮し、村からそう遠くない位置、畑もそこから水を運べる位置に貯水池の位置を考える。
(水回りはこれで良いだろう。次は住居だ。下水に配水させるからそれに見合った位置にしなければならない。さて……。)
少し猫背気味になっていたのでグイッと背を伸ばす。
私の隣ではアデレードはテーブルの上に広げた地図を熱心に確かめている様だ。
「あの……マグナス様?」
「何か?アデレード?」
「この地図でお屋敷はどのあたりになるのでしょうか?」
おっと、これはうっかりしていた。
村の開発を考えるあまり、自分の屋敷の位置を考えていなかった。
屋敷は領地の政治の中心となる予定なので、村の中心に置くのが良い。
だが今の中心の場所に屋敷を置いた場合、村を拡張した時にかなり歪な位置となる。
従って、将来中心となる位置に置くべきなのだ。
「そうだな、屋敷の位置はこの辺りだな。」
村かは少し外れた位置に屋敷予定地と記入した。
「え?このような場所ですか?村から少し距離がありますよ?」
「問題ない。将来はシフベルガ山脈からの道が屋敷に繋がることになり、屋敷の周囲は城下町になる。そして、この村は宿場町として機能することになるだろう。」
「という事は、町の規模は?」
「そうだな、ざっとこのぐらいか?」
屋敷の予定地を中心に地図に大きな丸を描く。
「この大きさ!王都ほどではありませんがそれに匹敵する大きさです。これは都市という物です。」
「そうだな。屋敷を中心に広い道路を八方向に延ばす、当然その下には下水道を設け都市の排水を集めて処理する。同時に上水道を完備し、いつでも水を供給できるようにする。各道には灯りの魔道具を配置し、夜でも安全に行き来できるようにする。」
「ふぇ?夢のような世界のように思えます。そんな町があるのですか?」
「異界には灯りの消えない都市があるそうだぞ。夜かなり高い所から見た時、国の形が判るほどらしい。」
「凄いですね。でもそんなに灯りを使って何をしているのでしょうか?」
「さあ?兎も角、屋敷の建設予定地に行こうか。まずは土地の造成からだ。」
私が屋敷の予定地へ行くために地図を丸めて収納していると、一人の老人が近づいてきた。
「あの方は村長のザルマさんです。」
どうやら村長らしい。何の様だろうか?
「この度はお初にお目にかかります。私はこの村で村長を務めさせていただいているザルマと言う者です。この度は領主様におかれましては村の危機を救っていただき感謝の念が絶えません。」
「いや、領地を守る者として当然のことを行っただけだ。それで、ザルマ殿、何用かな?」
わざわざやって来るから何か用事があるのだろう。
今後の事(都市開発)もある為、村人の頼みはある程度、聞かねばならないだろう。
「はい。この度のゴブリン襲撃でなんとか全員無事でしたが、外の畑の半分を失った為、食料が足りません。今年の収穫分では村の生活分で精いっぱいでございます。ですから、今年の税は……。」
「税金か、アデレード、税収はどの位になる予定なのだ?」
「王国法によれば、五公五民。この村の規模の耕作地ですとこのぐらいに……。」
そう言ってアデレードが提示した額は王室からの給金の百分の一にも満たない額であった。
「これならば三年は受け取る必要が無いな。」
私は三年で収穫を十倍以上にする予定である。
その頃ならば、税収を見込めると言う物だ。
今無理に税金を取り村人を疲弊させるのは悪手である。
「わかりました、マグナス様。”三年間の税金御免除”と言う事でよろしいですね?」
「ああ、それでいい。」
「あ、ありがとうございます。これで村の者も助かります。奥方様もありがとうございました。」
村長のザルマは何度もお辞儀し村人たちの所へ戻っていった。
最後に妙な事を言っていたが、まあ、今訂正しなくても問題ないだろう。
(第一、わざわざ訂正するのに相手の所へ行くのは、正直めんどくさい。)
それよりも今日の寝床だ、我が家だ。
「マグナス様、今日はもう遅いので明日にしてみては?」
「大丈夫だ、問題ない。土地の造成は三十分もあれば済む。」
「わかりました。私もお供させていただきます。」
アデレードと連れ立って屋敷の建設予定地にやって来た。
ここは少し窪地になっていて地下室を設置するのに最適なのだ。
まず、魔法で窪地の周りに空堀を作る。
「陥没せよ」
「石の壁」
「陥没せよ」
「石の壁」
「陥没せよ」
「石の壁」
「陥没せよ」
「石の壁」
僅か十分足らずで空堀が完成する。
石の壁は魔法特技の形状変化でU字型にしている。
その為、継ぎ目の判らないすべすべした仕上がりになっていた。
堀の深さは5mあり結構深く感じられる。
続いて、窪地の地下室に当たる部分をさらに押し下げ、他を隆起させる。
隆起させた高さは空堀の石の壁よりも少し低い高さまで隆起させるつもりだ。
「陥没せよ(グランドケイブ)」
「隆起せよ(アップリフト)」
ここは細かい調整が必要だったため、予定の時間を少し超過してしまった。
だが、その甲斐あって寸分の狂いもなく造成できた。
「マーカーを設置して……完成だ。後は仕上げを残すのみだな。」
「もう土地の造成は終わったのですか。後は村の人にお願いして家を建ててもらうのですね?」
「いや、その必要はない。ちょっと取ってくる。」
私は瞬間移動を駆使し、目的の物を次元収納箱箱(あくまでも図書館の私物入れだ)に収納すると造成地に戻ってきた。
「よし、必要な物を持ってきた、取り出すぞ。」
そう言って私は次元収納から屋敷(目的の物)を取り出す。
取り出された屋敷は寸分の狂いもなく造成地に収まった。
「マ、マグナス様?この屋敷は?」
「ん?王都で使っていたものだぞ。全て揃っているから持ってきたのだが?さて、今日は引っ越し祝いだ。私が作ったとっておきの物を開けよう。」
(私でさえ酔うことが出来るが大丈夫だろう。私の方が耐性が高いしな。)
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その頃、王都では一人の兵士が国王と宰相に驚くべき報告を行っていた。
「報告いたします。先ほど賢者マグナス殿の御屋敷が消え去りました。跡には四角い穴が開いているだけです。」
「なんだと?マグナス殿の屋敷が?」
宰相のメイヤーは報告に来た兵士に尋ね返した。
「はい、屋敷消滅の手がかりを探しておりますが、今のところ何も見つけられません。」
国王のアルバ三世は玉座に座りながら頭をかかえた。
「マグナス殿がいない間に屋敷が消滅したとは……。」
「これは由々しき事態です。何か対策を考えないと。」
マグナスの屋敷が消えたことで、王都は上へ下への王騒ぎとなっていた。