最凶賢者の浪漫飛行
シフベルガ山脈の切り立った崖の上に立つ。
そして、大森林の先にあるポツンと小さく黒い点の様な村を見る。
「さて、ここからあの村に向かうわけだが。」
「村?ひょっとしてポツンと見えるあの点でしょうか?」
アデレードが平原の向こうの点の様な物を指さす。
今立っている崖の上からでもかなりの距離がある場所だ。
「そこで間違いはない。」
「そうなのですか……遠すぎて判りませんが距離がありますね。それに……。」
アデレードは崖の下を見た。
崖の下には深く広大な森林が広がっている。
時々、獣の唸り声が聞こえる所からかなり危険な森林であると判断できた。
「ここからだと三日はかかりそうですね。」
この森林は“グレンツェンデ大森林”。
“グレンツェンデ大森林”を横断する者はいない。
魔獣が跋扈する辺境でも指折りの危険地帯である。
人々は危険な森を避けシフベルガ山脈の切り立った崖の傍の道を歩いて行くのだ。
その為、かなり遠回りになり半日で行ける所が三日かかることになる。
「アデレード。まっすぐ進めば半日で着ける所を遠回りすることは無いだろう。」
「まっすぐ?大森林には狂暴な魔獣がいると聞きますが?」
「心配ない。大森林の中を行くから魔獣に出会うのだ。飛んで行けば魔獣に出会わないだろう。」
幾つか装備している指輪の一つに魔力を通す。
指輪は私の魔力を受け、飛行の呪文が完成する。
飛行の呪文はふわりと私の体を空に浮かべた。
「この様に空を飛んで行けば問題は無いと思うのだが、アデレードどう思う?」
アデレードは少し意外な表情をした後、恐る恐る尋ねてきた。
「マグナス様、私は空を飛ぶことは出来ないのですが?」
「ふむ、そうだな。だが問題ない。」
私は別の指輪、念動の指輪に魔力を込めた。
念動の呪文でアデレードの体をふわりと浮かせ引き寄せ抱き上げる。
アデレードを横から抱き上げる姿、所謂、“お姫様抱っこ”の状態になった。
「ま、マグナス様この状態は……。」
アデレードの顔が少し赤いが問題は無いだろう。
念動の呪文を併用すれば維持は造作もない。
だが念には念を入れる必要はある。
何かのはずみで落ちた場合、命の保証はない。
「アデレード、何かのはずみで落ちるかもしれないので手で体を固定してくれ。」
私がそう言うとアデレードはおずおずと腕を私の方から首にかけてまわした。
そのおかげで体が固定され楽に移動できるようになる。
飛行の呪文は思念で進む方向、高さ、速度を決めることが出来る。
私は高さを維持しながら村の方向へ後続で移動することを念じた。
最初はゆっくりと、徐々に加速しながら村を目指す。
アデレードは初め、恐る恐る周囲を見ていたが段々この状況に慣れてきたのか楽しそうに笑っている。
「マグナス様、空を飛ぶのは楽しいですね。」
「そうか、それは何よりだ。ではこう言うのはどうかな?」
急下降、急上昇、急旋回、派手な機動を行う。
時には大森林ギリギリまでの急降下、そこからの急上昇など複雑な動きを試みる。
「すごい!!飛行魔法ってこんな動きも出来るのですね。」
「そうか、自分で飛べるようになればもっと楽しいかもしれないな。」
「そうですね。何時かそうなってみたいものです。あ、村が見えてきました。ん?」
最初は点の様にポツリと見えていた村も大森林を抜けたるころには徐々に大きくなって見えた。
大森林からとシフベルガ山脈の方へ細い道が村に続いている。
村の周りには麦畑が広がっており大部分が刈り取られている様だ。
刈り取られた麦畑の所々に黒い人だかりの様な物が出来ていた。
麦畑だけではない、村の前にも黒い人だかりの様な物が出来ている。
目を細めて見るが遠すぎてよく判らない。
人間にしては少し小さいような気がする?
「ん?んん?変ですねぇ。何の人だかりでしょうか?」
「ふむ?まぁ、近づけば判るだろう。少し急ぐぞ。」
「はい。」
飛行魔法の速度を上げ村へ急ぐ。
木の壁に囲まれた村が見えてきた時には周りの黒い人だかりも見えてきた。
「ゴブリンだな。」
「ゴブリンですね。」
村をゴブリンの大群が囲んでいた。
右を見ても左を見てもゴブリン、ゴブリンである。
「どこを見てもゴブリンです。マグナス様、こちらに気付かれないのでしょうか?」
「気づかれても問題ない。ゴブリンの持つ弓ではこの高さには届きはしない。だが妙だな?」
「妙?ですか……。」
「ああ、村を囲んでいるのはゴブリンだ。」
「そうですね、ゴブリンは初めて見ましたがこんなに多くいるのですね。」
「そうだ、ゴブリンだ。ゴブリンしかいないのだ。これはおかしい。」
ゴブリンはある程度の数、十匹ぐらいなら集団で行動することもある。
だがそれ以上の数だとそれを率いる個体、上位とも言えるゴブリンチーフ。
更に五十匹以上の軍隊と言える規模ならゴブリンジェネラルが。
更に多い二百近くの規模ならゴブリンキングに率いられる。
村を囲むゴブリンの集団は百匹近く。
これだけの集団ならゴブリンチーフは十体、ゴブリンジェネラルなら二体は必要である。
だが、眼下に存在するのはゴブリンのみ。
(この集団はおかしい。率いられるべき存在が無い。)
「マグナス様?どうなさいましたか?」
「少し気になることがあってね。兎も角、このままでは村は全滅だ。少し掃除の手伝いをしなくてはならないだろう。」
「しなくてはならない?それは領主の務めでしょうか?」
「そうだな、村に危害が及ばないようにするのは領主の務めだな。」
私はアデレードをしっかりと抱きかかえ、村へ降りていった。
村は木の壁に囲まれており中にはニ十軒ほどの家が円状に配置されている。
村の中心には広場が存在し、その広場に通じる四本の道にはバリケードが敷かれていた。
広場には村の女子供が集められている。
どうやらここが最終防衛地点の様だ。
その広場の中央に私はふわりと降り立つ。
「!」
「な、なんだ!?」
「いつの間に!!誰だ!」
この場所に残っている冒険者達だろうか?
簡単な皮鎧と粗末な槍を持ち驚いた表情を見せている。
いつの間にか自分たちの後ろに美女をお姫様抱っこした魔導士が現れたのだ。
驚いたり躊躇したりしない方が不思議だ。
私は彼らが反応できない内にアデレードを地面に下ろす。
「アデレード、しばらくここで待っていてくれ。少し周りを掃除してくる。」
そう言い残すと再び空へ飛びあがった。