最凶賢者の罪状(セクハラ)
「魔導士“マグナス・ホーエンハイム”王宮からの呼び出しである。速やかに出頭するように!」
「はいはい判ったよ。後で行くからご苦労さん。帰っていいよ。」
「何だと貴様!王宮からの使者を愚弄する気かっ!」
王宮からの使者が居丈高に怒鳴りつけてきた。
私は対処するのがめんどくさかった為、早急に帰ってもらう。
「あ、はいはい。他者転移」
魔法で強制的に王宮へ飛ばしたが問題ないだろう。
その使者の態度から察するに怒鳴った相手がどの様な人物なのか考えなかったらしい。
王宮の使者の質も落ちたものだ。
当人の実力があるわけではないのに威張るのは滑稽だけである。
ともあれ、王宮からの呼び出しなら仕方あるまい。
丁度、矯正下着(癒し機能付き)は作り上げた所だ。
このまま置くのもなんだから、箱に入れるか。
あまり飾りがついていないがエルフから貰った箱で良かろう。
ふむ、こうして見ると普通の箱は味気ない。
やはりラッピングは必要だ。
箱を白紙で包み……うむ、これを括る為のリボンが無いな。
おお、そうだ。
確か装備品にリボンがあったな、あれで代用できるだろう。
未使用だから問題はあるまい、魔力の輝きが良い感じのアクセントになっている。
リボンの間にメッセージカードを挟みアデレードの机の上に置いておく。
アデレード以外が触ると麻痺が掛かる様にするのも忘れない。
発動すると一週間ほど麻痺するが問題ないだろう。
ついでにアデレード以外に見えない様に認識阻害もしておくか。
「よし、全て問題なし。では行くとするか。」
私は呪文を唱えると王宮前に瞬間移動した。
本当は王宮内へ移動したい。
だが、王宮内は結界が張られている為、瞬間移動できない事になっている。
自制心はあるのだ。
「マグナス・ホーエンハイムである。王宮からの呼び出しにより参上した。」
私は門番に名前と用件を告げる。
「ま、マグナス様。少々お待ちください。これ、誰か、マグナス様を案内せよ。」
「いや、案内は必要ない。」
私は慌てて案内人を呼ぼうとする門番を制止する。
実際、案内は必要ない。
捜索呪文によって王宮内のどこに誰がいるのか判っている。
王宮内で筆頭魔導士であり賢者である私を呼び出すことの出来る人物は国王以外ない。
どんな理由があろうと国王以外の者が呼び出すと王権を勝手に使用したことになる。
当然”重罪”だ。
よって、私を呼び出すのは国王以外存在しない……はずだ。
だが、何か嫌な予感がする。
もし仮に第三王子が勝手に私を呼び出したとすれば計画に問題が生じる。
ここは白々しく正面から乗り込むべきだろう。
そう決めた私は国王や宰相が集まっている広間に押し掛ける。
広間の玉座には国王が座り後ろには王国の地図と王国の旗が飾られていた。
玉座の前を宰相、第三王子、王子の取り巻き連中が勢揃いしている。
「不穏な空気を感じてやって来たが、これは何御騒ぎですかな?」
「やって来たな!セクハラ賢者!」
私が広間に入るなり、第三王子が私を指さす。
「父上、私はこのセクハラ賢者をよ……。」
「まさか王子、私を呼び出したとは言いませんよね?国王以外が私を呼び出した場合、王権を勝手に使用したことになり、重罪ですが?」
第三王子が“呼び出した”と言い切る前にその言葉を制止する。
折角“セクハラ賢者”呼ばわりされているのに、第三王子が重罪となればその主張は通らなくなる。それでは困るのだ。
「じ、重罪?!と、当然じゃないか。私がその様な事をするわけがない!!」
第三王子は慌てて言葉を否定している。
重罪と聞かされれば当然の反応だろう。
「父上、このマグナス・ホーエンハイムは事もあろうか同僚の女性にセクハラ三昧の日々を送っているのです。この事は同僚二人も同意見です。」
「だが、当の人物、アデレード嬢からの意見を聞かないわけには……。」
うむ、やはりそう来たか。
被害者アデレードに事情聴取を行うのは当然である。
国王なら当然の判断だ。
だが、問題は無い。
第三王子達が事情聴取に反対するだろう。
曲がりなりにも魔道研究所の一員なのだから、洗脳や意識操作の可能性を考慮するはずだ。
そう思い王子や取り巻き連中をちらっと見る。
だが予想に反して頷いている?
第三王子達は想像以上に馬鹿でした。
だが、この状態を放置すれば、私の希望しない方向へ向かう。
「良い考えですな。アデレードを呼び出す事に何ら問題は無い。」
私は自信満々と言った態度で同意する。
その姿に疑問を抱いたのか、王子の取り巻きの一人が王子に耳打ちをしていた。
ハッとする、第三王子。
「ダメです!このセクハラ賢者の事だ、彼女に対して弱みを握り脅しているのに違いありません!この男が彼女にセクハラを働いていたことは事実なのです!」
「そうは言ってもなぁ。マグナス殿、貴殿がアデレード嬢にセクハラを働いたのは事実かね?」
「セクハラ?あれは単なるスキンシップだと私は思っていたが?女性の胸に手を当てた程度、問題は無いでしょう。」
(ま、実際、手を翳した程度で触ってはいない。)
「うむそうかそうか、胸に手を当てた程度か……ってそれがセクハラだよ、マグナス殿。」
「ほら父上!私が言った通りでしょう!こいつはセクハラ賢者なのです!」
第三王子は勝ち誇る様にこちらを見てニヤリと笑う。
「あーうーまぁそのー。マグナス殿、セクハラが事実ならそれなりの処分をしなくてはなりません。」
国王はすまなさそうにこちらを見る。
「父上、この様なセクハラ賢者に遠慮することはありません。厳しい罰を与えるべきです!」
「そうは言ってもなぁ。マグナス殿は、三倍の賢者変わりはおらんからなぁ。」
む、セクハラぐらいではまだ弱かったか。
しかしあまり強烈な事をやって実験が出来ない様になっては本末転倒だからな。
やはりここはセクハラで押し通すしかないか。
「第三王子がそこまで主張されるならば仕方ありませんな。私も潔く責任を取り田舎に引っ込むとしましょう。」
「いや、しかし……。」
国王が躊躇している、ここはあれで押すしかない。
「そう言えば国王陛下、前に領地のどこでも頂けると述べられましたな?私はそこに引き込もうと考えております。」
「おお、そうか!そこへ引き込むというのだな。なら問題はあるまい。で、何処の領地にするのか?流石に王領以外は難しい。なに、王都近郊はほぼすべて王領だから問題あるまい。」
「おお、それはありがたき幸せ。お認め頂き感謝します。私が希望する領地はここです。」
そう言って、王国の地図のある箇所を示す。
王国の地図で最も広い領地だ。
「「「「「え?えええええええええ!!」」」」」
その場に居合わせた一同、驚きの声を上げた。
「マグナス殿、その場所は辺境、貴殿に相応しくない場所だと考えるが?」
ここに来て宰相のレムルス・メイヤーが異議を唱えた。
「いえ、宰相閣下。謹慎するならば王都に近い場所ではいけません。ここならその場所として最適でしょう。それに領地も広い。」
実際、辺境の領地は王国の四分の一の大きさがある。
山々に囲まれた交通の便が悪い土地である事と近くに魔獣が出没する森があるおかげで開発がほとんど進んでいない。
「何か問題はあるのでしょうか?国王陛下?」
「うむー、しかしなぁ。」
「陛下は先ほど許可なされましたよね?問題は無いと、まさか国王陛下とあろうお方がその意見を翻すことはありえないでしょう。」
「……。」
「では、問題が無いという事で、私はこれにて失礼します。」
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マグナスの騒ぎの後、王宮の広間には国王のアルバ三世と宰相のレムルスの二人がため息をついていた。
「……宰相、マグナス殿はいったい何を考えているのだろうか?」
「はぁ、私ではかの御仁の考えは判りかねます。」
「余にもわからん。」
「「…………はぁー。」」
二人は顔を見合わせると大きくため息をついた。
この国王、特に優れた所があるわけではない。
極めて凡庸、凡人である。
ただ、他の凡人国王と違うところは自らが凡人であると認めている所であった。
その為、自分より出来る人間に口を挟むことは無い。
「ともあれ、マグナス殿には何か深い考えがあるのだろう。しばらくは様子を見ようではないか。」
王国は様子見(放置)を決めた。
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一週間後、私は辺境への馬車を待っていた。
辺境への旅支度は一日で終わる。
1週間も時間が掛かったのは住んでいる住居の引っ越し手続きに時間がとられたのだ。
その様な手続きはアデレードに頼めばすぐにでも終わる。
だが、セクハラの対象となったという事になっている手前、頼むわけにはいかなかった。
「ふむ。事務処理と言うのは思いのほか時間が掛かる。魔道の事ならば早いのだがなぁ。」
「でもそのおかげで一緒に辺境へ向かうことが出来ますわ。」
振り向くとアデレードが立っていた。
その腕には箱のラッピングに使ったリボンが結ばれていた。
あのリボンは手に巻く物だったか?
何かの特殊効果がある事は魔力からわかるが気にするほどのものでは無いだろう。
あの程度の効果なら自力で何とか出来る。
「おや?マグナス様。沈黙ですか?何かやってしまった自覚はありますか?」
自覚?はて?私の計画に何か問題があったのだろうか?
「……自覚がない様ですね……。」
グイッとアデレードが近づいてきた。
「マグナス様。セクハラの対象となった女性を助けたという事で第三王子が調子に乗って所長になってしまいました。」
……しまった・第三王子は“オロカモノ”ではなく“バカモノ”だったのだ。
「その上、“セクハラから助けた”と付きまとうので辞表を出してきました。と言うわけで、私は今無職です。」
そう言うとこちらをじっと見つめる。
「……無職ならば仕事を探さなくていいのか?」
「そうなのですよ。王都周辺では王家の影響が大きいので辺境で職を探そうと考えているのです。」
「辺境で?」
「はい。今なら書類整理の得意な秘書が手に入りますが、どうしますか?」
「ふむ、秘書を雇うのか。それは悪くない考えだな。」
「そうです。それにセクハラの責任はとらなくてはなりません。」
「……そんなものか。」
「そんなものです。」
かくして私は合法的に辺境の領主になり、秘書と共に辺境へ移住することになった。