最凶賢者の画策
私の名前は“マグナス・ホーエンハイム”、アルバ王国の筆頭魔導士であり、王国を代表する賢者である。
賢者の私が辺境に来ることになったのか?
その経緯を語らねばならないだろう。
それは三月ほど前の事だ。
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私は今ある事で悩んでいた。
一般的な成年男子の様に女性関係で悩んでいるわけではない。
単純に大規模実験が出来ないので悩んでいたのだ。
私は王都で最も大きい研究所、魔導研究所の所長をしている。
研究所にはいくつか部屋があり100人近くの人間が日々さまざまな研究を行っていた。
私が今いる場所も研究所の一角だ。
所内には他にも研究室や実験室はある。
だが、どの場所も私が計画している様々な大規模実験に適さない。
王都で大規模実験を行って失敗した場合、甚大な被害を及ぼす。
実験室だけではなく研究所その物、いや王都の半分が吹き飛んでしまう物もある。
他の大規模実験であっても王都の機能をマヒさせるものだ。
流石に王国筆頭魔導士でもある手前、その様な被害を出すわけにはいかない。
(私は常識人なのだ。)
その為、安全に実験を行う為の広大な敷地を必要としていた。
だが、王都や周辺のどこを探してもそのような土地は無い。
計画の大規模実験が出来る場所は辺境ぐらいだろうか?
流石に研究所の所長が理由もなく辺境に行くわけにはいかない。
辺境に行けるのは左遷された場合だけだろう。
(やれやれ、どうしたものか……。考え事をしていると、少し喉が渇いてきたな。)
自分に割り当てられた机で考え事をしているとタイミング良くお茶が出される。
私好みの東方に伝わる緑茶である。
「マグナス様、お茶が入りました。」
タイミング良くお茶を出すこの女性。
”アデレード・メイヤー”、王国から私専用の秘書官として置かれた人だ。
金髪碧眼、長髪でナイスバディ、賢者を補佐する役目を担うだけあり頭脳明晰。
この研究所内で嫁にしたいナンバー1の美女である。
「ふむ、アデレードか。助かる、のどが渇いていた所だ。」
お茶うけには羊羹が添えられていた。
頭脳労働には甘い物である。
私は羊羹に添えられている小さな細長いヘラの様な物で小さく切る。
小さく一口大になった羊羹を口にし、お茶を飲む。
もぎゅもぎゅずずー。
(ふむ、この羊羹と緑茶の組み合わせは心が落ち着く。こうしていると冷静に周りが見える様になる様だ。)
こうして周りを見ると、この部屋の研究員は時々、アデレードの様子を窺っている。
特に第三王子!時々では無く四六時中アデレードを見ているではないか。
まぁ、この研究室は私が研究成果を出すために作られた場所だ。
従って、最悪何もしなくても構わない。
当のアデレードが不快に思わなければ問題は無いだろう。
で、アデレードは……。
細い腕をうーんと伸ばし肩を叩いている。
(ふむ?肩が凝っているのか。肩こりを直すのは……。)
ユニークスキルを使い肩こりの治療法を検索する。
私のユニークスキルはあらゆる事を検索できる“深淵の図書館”と言われるスキルだ。
この図書館には全ての情報があり調べられない事は無い。
ふむふむ、アデレードの場合は肩回りの筋肉の疲労濃厚だな。
仕事に差し障るかもしれない。
治療を試みるか。
「アデレード、少しい良いかな?」
「あ、はい。何でしょうマグナス様」
「いやそのまま、そのまま。」
立ち上がろうとするアデレードを制止し、自らアデレードの元へ向かう。
これから行う治療は座ったままの方がやりやすいのだ。
「うむ、アデレード、座ったままで体を楽にしたまえ。」
私はそう言ってアデレードを楽な姿勢にすると彼女の肩に手を翳した。
魔力を両手に集中させ呪文を唱える。
両手にポワッと白い光が宿り、アデレードの両肩を癒す。
「あっ。」
癒す時にアデレードが妙に色っぽい声を上げる。
この癒しの呪文は私が研究改良したものでマッサージよりも効果が高い。
人にもよるが、かなり気持ちの良いものの様だ。
(ん?)
その時こちらを見る妙な視線に気が付いた。
第三王子だ(名前は憶えていない)。
仕事もせずこちらを凝視している。
「ありがとうございます、マグナス様。おかげで楽になりました。」
「いや、礼にはおよばない。色々な書類を処理し助けてもらっている。その分を返しているだけだ。」
実際、アデレードには面倒な書類を処理してもらっている。
簡単な治癒呪文で喜んでやってくれるなら安いものだ。
その分、私も研究に集中できるという利点もある。
だが肩こりで仕事が止まるのも考え物だ。
「しかし、アデレード。君は肩こりがひどいのか?」
「あ、はい。ちょっと……が……。」
アデレードは言葉を濁しながら答えた。
私は再度スキルを使って肩こりについて調べてみた。
ふむ、女性の肩こりの原因の一つに大きな胸と言うのがある。
アデレードの場合もこれに該当するだろう。
他の原因として姿勢も関係するらしい。
そう言えばアデレードは少し猫背気味だな。
「アデレードは姿勢も良くない様だね。それが肩こりの原因ともなっている様だね。」
「そうなのですか!気を付けてはいるのですが、つい前かがみになって……。」
再度、図書を検索する。
思った通り姿勢を矯正する必要があるみたいだ。
図書館に存在しないものはない。
当然、姿勢を直すための下着の情報もあった。
更にはその下着の作り方まで存在する。
「アデレード。君の姿勢を良くする下着があるのだが使ってみるかね?それを付ければ君の肩こりも改善されると考えられる。と言っても、その下着を作る為にはアデレードの協力は必要だが。」
ガタッ!ガタッ!ガタッ!
少し離れた所に座っている第三王子や研究員たちが中腰になる。
他の研究員たちも聞き耳を立てていたようだ。
「え?し、下着ですか??あ、でも肩こりが改善されるのですよね?」
「うむ、ある種の魔道具なのだが、その効果は私が保証しよう。」
実際私が考えているのは、図書館で調べた矯正下着に癒しの効果を追加する物だ。
これならば姿勢が良くなり、肩こりが改善されるのは間違いない。
「……わかりました。それで、どの様な事をすればいいのでしょうか?」
「ああ、たいした事は無い。矯正下着を作る上で体の各寸法を取る必要があるのだ。」
ギラリ!!ギラリ!!ギラリ!!
今にも飛びかかりそうな殺気がする。
また第三王子たちだ、仕事もせずに何をやっているのか。
困ったものだ。
私はふぅっとため息を漏らす。
あの様子ではまた碌でも無い事を言いふらすだろう……。
ん?まて、少し考えてみよう。
私の悩み、“実験をする為の場所が王都で確保できない。“
これは辺境へ行けば可能になる事だ。
辺境だからこそ以前から考えていた大規模実験も可能。
しかし、所長である私が辺境へ行くためには左遷されるぐらいしかない。
だが、第三王子ならば私を左遷することも可能ではないか?
そしてこの状況……。
(使える!)
そう確信した。
私は出来るだけ鼻の下を伸ばしたような顔でアデレードの採寸を行う。
採寸と言っても、呪文で行うので体に触れる必要はない。
だが今回は第三王子に誤解されるようにしなければならない。
アデレードの体に出来るだけ両手を近づけ採寸を行う。
恥ずかしいのか、アデレードは顔を真っ赤にしてうつむいている。
それが第三王子にとって都合よく誤解する事を後押しするだろう。
とどめに、第三王子に向かってニタリと笑って見せる。
グッ!!グッ!!グッ!!
うむ、成功だ。
第三王子はギリギリと歯を食いしばりながら睨んでいる。
まるで殺すような勢いだ。
周りの研究員も第三王子と同じ様にこちらを睨んでいるな。
彼らも有力貴族の次男とか三男だった。
問題ない。
それどころか彼らは第三王子の言葉を後押しするだろう。
「……あの?マグナス様、何時まで採寸をすれば?」
「おっと失礼。つい正確に採寸しようと思い熱が入ってしまったよ。」
慌てて手を引っ込める。
よし、この様子もそれらしくて良い感じだ。
「そうだな、矯正下着の方は明後日には完成すると思う。その時に手渡そう。」
「はい、わかりました。ありがとうございます。」
実際は明日には魔導矯正下着は完成する。
完成を明後日としたのはワザとだ。
第三王子の事だから手渡すついでにもっと凄いことをすると考える。
完成が明後日と聞いた第三王子たちはそれを阻止するために動くはずだ。
アデレード君には迷惑をかけるお詫びとして今日中に製作しなくてはならないだろう。
ま、余裕なのだがね。




