冒険者たちの探索任務
マグナスの依頼書が張り出されて三日後、村の警備隊長のレクトは詰所で頭を抱えていた。
レクトの村の大人、13才以上の成人の人数は52名である。その内、60才以上の老人を除くと、男は22名、女は9名、合計31名の若い働き手が存在する。
その31名の内、警備隊長であるレクトとその部下であるアッシュとカルロスを除いた23名、19名の男たちと4名の女たちが領主であるマグナスの探索依頼に応募したのだ。
もし仮に、レクトが引き留めなければ、部下のアッシュとカルロスもその依頼を受ける所だった。こう悩むレクト自身も村の警備が無ければ引き受けている。
加えて村長のザルマから何人か連れ戻して来てくれと頼まれている。畑を管理する者も探索に出て行ってしまったのだから無理もない。折角、マグナス様が耕作し直してくれた畑が手付かずで種もまかれていない状況なのだ。
(どうする?領主のマグナス殿がいれば問題なのだろうが、不在の場合にあの規模のゴブリンが襲ってきたら対処できないぞ?それに、探索に言った連中を任務途中で連れ戻すことが出来るのか?)
「レクト隊長~。三人じゃぁ~村は守れませんよぉ~。どうします~?」
間延びする声を上げるのは大柄で樽の様な体形の男であるアッシュだ。樽の様な体形の為か体重が重いため動きが遅い。その為、出発前に追いつき引き留める事が出来たのだ。こうして詰め所で座っていても少し暑苦しい。
「アッシュ殿。この間の様なゴブリンがまた来てもマグナス様が領主だから対処してくれますぞ?我々は変なものが来たらすぐ報告する様にすればいいと思うでござる。」
珍妙な喋り方をするのはカルロス。神官服を纏い前線で戦う神官戦士なのだが、柳の様な細い体の為、どちらかと言うと神官での活躍を期待されている。現に村の礼拝堂を任されている。当日もカルロスは朝の礼拝に出ていたので探索には参加していなかった。
「カルロスぅ~、とは言ってもぉ~、僕らの装備はこんな中古の装備だしぃ~。僕もぉ~出来るならぁ~参加してリングを貰いたかったなァ~」
(むくくくく、仕事が無ければ俺だって行きたい。参加するだけで報酬は破格だし、成功した場合は装備も新調できる。)
確かにアッシュの言う通り、村に支給されている警備兵の装備は貧弱なものだ。レクトがまだましな装備なのは元居たブライト家から出奔する時に武具一式を持ち出したからだ。
だがその武具も辺境に来てからの年月と補修材の少なさでガタがきており、すぐには壊れないまでも、早急に修理をする必要があった。
「それなら領主であるマグナス殿に聞いてみてはいかがでござる?ひょっとしたらマグナス殿はもっと良い魔道具を出してくるかもしれませんぞ?」
(一理ある。警備兵の装備も願い出れば良い物を与えてくれるかもしれない。探索任務だけであの装備なのだから、それ以上の装備も期待できる。)
「よし、マグナス様に現状を報告して、装備の更新を願い出てみよう。」
レクトがマグナスの屋敷を訪れようと立ち上がった時に詰所に駆け込む者がいた。
「レクト!大変だ!!出やがった!」
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話は1日前に戻る。
依頼を受けた村の冒険者、ほぼ全てが探索に出向いていた。1パーティ3名から4名で構成され、それぞれが振り分けられた地点を探索していた。探索地点ごとにパーティを決めたのは、”同じ場所を何パーティも探索した場合、領主に不興を買いかね無い” と言う事からだった。誰も気前の良い依頼主の不興は買いたくないのだ。
そんなパーティの一つ、赤い三ツ星、”ガラミテ”、”ヴィ”、”ノウン”の3名は探索場所の奥深く、イムラデリン川が流れ込む湖まで来ていた。三人は赤く染めた揃いの装備で三人とも大盾と槍を持つ。
ここに来るまで様々な魔物、ゴブリンだけでなくオークやオーガに遭遇した。元より冒険者の中でも実力者であったことと、依頼の参加報酬である冒険者の指輪の効果で戦闘力が底上げされておりそれらの魔物を流れるような連携攻撃で難なく倒していった。
湖は少し霧が出ており、湖岸は背の高い葦のような植物が密集して生えていた。その葦のような植物をかき分け三人は進む。隊列は前二人、後ろ一人で、ノウンと一緒に歩くパーティリーダーのガラミテは左右を警戒する。
「……こんな所に湖があるとはな。これは有用な情報だろう。馬を飛ばしてきたかいがあったってもんだ。そうだろ”ヴィ”?」
「普段こっち側には出向きませんからね。指輪が無きゃ、オーガと戦った後は撤退でしょうね。」
「待て、ガラミテ。何かいるぞ。」
ガラミテの隣を歩くノウンが小声で注意を促した時、湖岸の葦を押し倒し巨大な魔獣が現れた。魔獣の顔は鰐のような爬虫類の姿をしていて頭に二本の角を持つ。体はぶ厚い緑色の鱗に覆われており足が三対見える。
「緑の鱗に三対の足……こいつスワンプドラゴンだ!」
ノウンはスワンプドラゴンを見るや否や大盾を構える。
ゴウン!
スワンプドラゴンはノウンの大盾を踏み台にし、後ろのヴィに大口を開け襲い掛かる。咄嗟にヴィは大盾を構えるが右手が大盾の外に出ていた。
ガシュッ!ブチブチブチブチ!
スワンプドラゴンの噛みつきによりヴィの右手は二の腕から噛み切られる。
「うがっ!!俺の右腕がっ!」
「ヴィ!」
「くそつ!こんな奴がいるなんて!」
「不味いな……ノウン!時間を稼ぐ、ヴィを連れて撤退しろ!」
ガラミテは盾を構えてヴィとスワンプドラゴンの間に割って入る。ノウンはヴィ抱えると素早く大きく後退した。ガラミテはノウンが後退したのを確認するとゆっくりと後ろに下がる。幸運なことに、スワンプドラゴンはそれ以上追ってくることは無かった。どうやら湖周辺の葦の生えている所が縄張りの様だ。
だが、厄介な魔獣に襲われたのは彼ら三人だけではなかった。ある所ではバジリスクの集団に襲われたり、またある所ではローパーの密林に出くわしたり。様々な魔獣が待ち受けていたのだ。凶悪な魔獣に襲われ冒険者たちの中には深手を負った者も多数出た。幸いなことに死者はいなかったことが救いだ。
何とか村にたどり着いた冒険者たちは口々にこの様な事を言った。
「なんてことだ、領主様の報酬が破格だなんてよく考えるべきだった!あの報酬は破格ではない、必要だからあの報酬だったのだ!」
そう呟く彼らの姿を見た警備隊長のレクトは前からの疑問が氷解した。
“何故、グレンツェンデ大森林の魔物がこの辺りにいないのか?“
いないのではなく、存在できないのだ。
グレンツェンデから魔物が溢れる、所謂、大暴走が起こっても、その先の平原で大森林の中の魔獣に匹敵するほどの魔獣が存在するからだ。
多少、大森林からあふれ出ても平原の魔獣に食い殺される。
逆に平原の魔獣が溢れて大森林に広がっても、大森林の魔獣に食い殺される。
村はそんな場所の中間地点、微妙なバランスの位置にあったと言える。
辺境の開発が進まないわけである。
(詰んだ。と、思うのだろうな、普通は……。)
今までなら遠からず大森林の魔獣か平原の魔獣が溢れ出てこの村は壊滅する事になっていただろう。
だがこの地にはあのお方、トリスメギストスの称号を持つ領主、マグナス様がいる。あのお方ならばこの状況を打破できるはずだ。
きっとその為に平原の偵察を依頼と言う形で出したのだから……。
村は森と草原のちょうど中間地点にあります。そのおかげで十年ぐらいは潰れずに済んでいます。