最凶賢者の送迎(復路)
私が王都から持ってきた屋敷には研究を行う為の部屋、いわゆる研究室がある。その研究室は召喚を行う事もある為、壁がぶ厚い石で出来ていて窓一つない。あるのは出入りする為の入り口だけだ。
天井からは魔法の灯りが部屋をくまなく照らしているが、すこし薄暗い部屋になっている。薄暗い灯りに照らされた部屋の壁の前には数々の薬品を収めた薬品棚や様々な鉱石を入れている収納箱が並べられていた。床には所狭しと雑多な物が置かれていた。
その雑多なものを研究室の床を片付け場所を開ける。
私はアデレードの質問から、忘れていたことを思い出した。
深淵の図書館にゴブリン騒動の主犯である魔物使いを送り込んだままだった。図書館は空腹にもならず時間も過ぎない、おまけに眠気も起らない不思議な場所だ。送り込んだ魔物使いは無事でいるのは間違いない。
ここ一月の間、村の整備のため忙しかったので忘れていたのだ。多少時間が過ぎても図書館ならば暇を持て余すことは無い。かく言う私もそうだった。
考えていた予定より少し長く、魔物使いを送り込んでしまったが問題はないだろう。
私は”深淵の図書館”の図書館への入り口を召喚する。
グニャりと目の前の空間が歪み、厳めしく重厚でそして怪しげな扉が出現した。私が指を鳴らすと重厚な扉は音もなく開く。
「これはマグナス様。師自らのお出迎えありがたき幸せにございます。」
開いた扉の向こうでは送り込んだ魔物使いが深々と頭をたれていた。
「えーっと……。」
名前を呼ぼうとして言葉に詰まってしまった。
そういえば名前を聞いていない。とりあえず、魔物使いの勉強がどこまで進んだのか聞いてみるか。この場所では何だし、応接間に移動するか。
「詳しい話は向こうで聞こう。付いて来たまえ。」
応接室では向かい合わせに座り、男から詳しい事を聞くことにした。図書館を出てから何も言わずについてきたが寡黙な男なのだろうか?
「元気そうで何よりだ。で、どこまで使役できるようになったのか?」
「はい、この場所に入り私、グリーデンは自らの浅学さを理解致しました。そして、この場の偉大な知識に触れトロルまで使役することが可能になりました。」
(お、名前が判った。トロルの使役か、まぁ普通だな。他に何を使役できるのだろうか?)
「なるほど、よくわかった。グリーデンよ、他にどのようなものが使役できるのだ?」
「動物系なら大抵の動物は使役することが出来ます。魔獣系ならばキマイラが何とか使役できる程度です。」
魔獣系でキマイラが使役できるのなら、グリフォンを使役するのは問題あるまい。グリフォンを使っての輸送手段を設立することが可能だ。
それに動物の使役には問題が無いと言っていた。グリーデンに開墾の手伝いをやってもらうのも悪くない。
と、これからグリーデンにやってもらう事を色々考えていると逆にグリーデンから質問される。
「師よ。魔物使いについて伺いたいことがございます。」
伺いたい事?
“深淵の図書館”でなら調べることが出来るはずなのだが、私自身が調べるのとグリーデンの様な他人が調べるのとでは違うのだろうか?
魔物使いとして優秀なグリーデンでは調べられない事なのだろうか?
「実は魔物使いの上級職に来訪者使いと言う職業がありますが、来訪者とは何でしょうか?」
来訪者と聞いて合点がいった。
“来訪者”はよそから来た者、つまり国外から来た者と言う意味でも使われる。
グリーデンはその意味で考えて判らなかったのだろう。
「グリーデンよ。この場合の来訪者とはこの世界の住人では無い者を指す。例えば、図書館の住民などの事だな。」
グリーデンは私のこの言葉を聞き恐怖で真っ青な顔になっていた。何か恐ろしいことがあるのだろうか?
「わが師よ。図書館の住人のような恐ろしい存在を私が使役するなど可能なのでしょうか?」
「いや、あの住人はお前が恐れるほどのものでは無いぞ?お前よりも弱いし。」
「へ?」
グリーデンは私の言葉に意外そうな顔をした。
彼にとって図書館の住人が何故恐怖の対象になったのだろうか?何らかの間違いや勘違いがある気がする。
今は異邦人を理解する者として指導するべきなのだろうが……まてよ、そう言えばグリーデンは私の事を“我が師”と呼んでいたな。いつの間にかグリーデンの師となっていたのか?
まぁ、細かい事はどうでもよい。
師であるならば、弟子を導くのは当然。むしろ義務だろう。
まずはグリーデンに何が怖いのかを聞くべきか?
「グリーデンよ。図書館の住人の何が恐ろしいのだ?」
「全て。でございます。あの得体のしれない者たち、特にあの不気味な不定形の生物がどんな悪意を持っているのか判りません。私も図書館であの者達について調べましたが、“何処へでも出現する”と言う能力を持つ以上、何時あの者がこの世界に現れるのかと考えると恐怖で体が震えます。」
どうやらグリーデンはあの者が万能なものでどの様なことも出来ると勘違いしている様だ。一見すると確かにそのように見えるし、それに近い能力は持っている。
しかし、だ。
「ふむ、正しくは“創造主が考えた何処へでも出現する”だな。この世界はその創造主によって作られた世界ではない。」
「では、あの者がやって来ることは?」
「ありえない。召喚する場合は別だけどね。」
グリーデンは考えが杞憂だった事に気が付いたのだろう。私の言葉にホッと胸をなでおろす。
「そんな事よりも、雄のグリフォンを十匹ばかり使役してくれないか?」