沼にハマって聞いてみた
「自信がないんだ」
沼のほとりで、プカプカと浮かんだ翠のハスの葉の下で、一匹の青いナマズがポツリとそうつぶやきました。沼の仲間たちは、がっくりと肩を落とすナマズを取り囲んで言いました。
「良いことじゃないか」
「無い方が良いだろう、地震なんて」
「そんなことない。僕は、自信があって欲しいんだよ」
苦しそうに首を横に振る青いナマズのことを、みんなは影でヒソヒソと囁きあって変な目で見ました。
元々赤いナマズたちが暮らすこの沼で、ただ一匹よそからやってきた青いナマズは、変わり者として通っていました。まだ幼い、小さな青いナマズの言うことには、「僕は自信を見つけるためにここに来たんだ」と。地震なんて、そんな恐ろしいものはない方が良いのに。おかしなことを言うなやつだなあと、沼のエビやカニたちはいつも不思議そうに彼を見ていました。
だけど青いナマズは、自分に自信が欲しくてしょうがなかったのです。
ナマズは自信を探しに、沼のあちこちを訪ねました。
初めに訪れたのは、ドジョウの奥さんの元です。
「ドジョウさん、ドジョウさん」
「あらまぁ、青いナマズちゃん。どうしたの、悲しそうな顔をして?」
「実は僕……自信がないんです」
「あらまぁ」
ドジョウの奥さんはユラユラとおひげを揺らして、青いナマズにほほ笑みかけました。
「そんなに落ち込まないで。地震なんて、ない方が良いに決まってるのよ」
「そんなことありません。ここにいる赤いナマズさんたちだって、みんな自信があって、見ていて頼りがいがあってカッコいいです」
「あの方たちもきっと、地震なんてない方が良いと思ってるわ」
「え?」
キョトンとする青いナマズの頭を、ドジョウの奥さんが優しく撫でました。
「あなたもいつかきっと分かる日がくるわ。じしんがないのが、どんなにかけがえのないものだってことか」
「そうかなぁ。僕は自信があった方が、全然良いと思うけど……」
青いナマズは納得がいかないまま、ドジョウの奥さんの元を離れました。
そのあともナマズはめげずに、今度はギンブナのお兄さんの元を訪ねました。
「ギンブナさん、ギンブナさん」
「おぅ! どうした!?」
「実は僕、自信がないんです」
「地震だぁ!?」
ナマズの言葉に、ギンブナのお兄さんは目を丸くして驚きました。
「地震なんて、いつどこであった!?」
「いいえ、それがまだないんですよ」
「そうだろう、そうだろう。俺も、ついさっきまでじしんなんてあった覚えはないぞ!」
「え? そうなんですか?」
キョトンとする青いナマズに、ギンブナのお兄さんがごう快に笑いかけました。
「そりゃそうだろう! 地震なんてあったら、グラグラんなって何にもできやしねぇや! ガハハ!!」
「そうかなぁ。僕は自信があった方が、グラグラ揺れずに済むと思うけど……」
青いナマズはまだ納得がいかないまま、ギンブナのお兄さんの元を離れました。
それでも青いナマズはあきらめずに、今度はニシキガメのお爺さんの元を訪れました。
しかしその時、突然地面が波打つように揺れて、沼を地震がおそいました。
「大変だ!」
青いナマズは慌ててニシキガメのお爺さんの家に駆け込みました。
「おじいちゃん、おじいちゃん!」
「ファ?」
「おじいちゃんってば!」
残念ながらニシキガメのお爺さんは耳が遠かったので、ナマズはいっしょうけんめい耳元で叫びました。
「おじいちゃん、地震ですよ!」
「ファーア? 自信?」
「そう、地震です! 地震があったんです!」
カクカクと、地震に負けないくらいアゴを揺らすお爺さんの手を、ナマズは必死に引っ張りました。
「そりゃいかん。自信は、あり過ぎても困ったもんじゃ」
「ええ! 早く逃げましょう!」
「じしんがあるやつに限って、揺れない、自分を曲げないからの。それはつまり、今の自分を『良し』としてしまっている。己を疑うことを知らず、変化に弱いということじゃ……」
「良いから早く!」
しかし、お爺さんがしゃべっている間に大きな岩が上から降ってきて、家の入り口をすっかりふさいでしまいました。
それでもナマズはめげずにあきらめずに、裏口があったことを思い出し、お爺さんといっしょに命からがら家から抜け出しました。
「おじいちゃん!」
やがて地震がおさまると、お爺さんの無事を確認して、ニシキガメの親子がナマズの元へと飛んできました。
「よかった、無事でよかった」
「入り口が完全にふさがってたから、もうダメだと思ったよ。良くあきらめずに逃げ道を探してくれた。ありがとう、青いナマズさん」
「そんな……僕、全然自信なかったけど……」
ニシキガメの家族に感謝され、青いナマズは少し困ったように頭をかきました。
「そっか。自信がなかったから、あれだけ必死になれたのかもな……」
それから青いナマズは『自分に自信がない』ことに自信を持って、沼を去って行きました。沼はそのあとめったに地震があることもなく、皆平和に暮らしましたとさ。めでたしめでたし。