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序章

   かわいいあの子の望みはなあに

   赤いおべべに蒼楼(そうろう)の夢




 とある春の日の夕暮れ時のこと。


 その日も(てい)の都である開砂(かいさ)は煩雑な賑わいを見せていた。

 (りょう)の女丞相といわれた武天(ぶてん)が天下を分国し、彼女の死後そのまま紛々たる乱世となってからすでに五十年が過ぎようとしている。

 次々と国が入れ替わる中原(ちゅうげん)にくらべ、南華(なんか)の地は初期こそ干戈を交えたが、すぐに各国が微妙な均衡を保ちつつ、かりそめの平安の中にまどろむようになった。

 その中でも氾江(はんこう)南岸中流域を領土としている(てい)は以前から商工業の栄えた土地であったこともあり、豊かな国力を持ちながらもそれを十分に生かすこともなく、ただ国を保っていた。

 今日も氾江(はんこう)を行きかう船が港に出入りし、多くの品が運び込まれ、またよそへ運ばれる。

 そんななか、薄汚れた老人が一人、誰にも気にも留められず船から降り、街の中へと入っていった。




 ある商家の屋敷で一人の少女が叱られていた。

「まったく、お前は掃除も満足にできないのかい。本当に愚図なんだから。ほら、そこがまだ汚れているよ」

 女中頭と思しき大女は、目の前で掃除をしている少女から片時も目を離すことなく、彼女の一挙手一投足に文句を言い続けていた。

 一方の少女はそれを無視するかのように、黙々と掃除を続けていた。その態度がさらに大女を刺激して、彼女の叱る声はさらに大きくなった。

 やがて奥の部屋から美しく着飾った女性が出てきた。普段は美しいであろう顔を不機嫌に歪め、眉間にしわを寄せて怒った。

礼希(れいき)、うるさいよ。何を騒いでいるの」

 その声を聞くと、礼希(れいき)と呼ばれた大女はとたんに下卑た笑顔を向けた。

「奥様、申し訳ありません。(でい)のやつが仕事を怠けるわ、態度は悪いわで、つい大声を出してしまいました」

 それを聞くと、礼希(れいき)から『奥様』と呼ばれた女性は、少女をその場に立たせると、その頬をぴしゃりと打った。

「お前はここに置いてやっているだけでもありがたいはずなのに、仕事を怠けるなんてどういう料簡だい」

 その詰問に対して、少女は赤く腫らした頬のまま、静かに彼女へ顔を向けて答えた。

「申し訳ありません。奥様から今朝頼まれました針仕事に時間がかかってしまい、掃除を始めるのが遅れてしまいました」

 確かにそれは、彼女が今朝早く、大至急仕上げるようにと言って渡した仕事だった。しかしそのような理由など彼女には関係ない。ただこの『(でい)』という奇妙な名を持つ少女が気に入らないだけであり、叱る理由は何でも良かった。

「口答えするのかい」

 再び彼女の平手が、少女の顔を打った。

「申し訳ありません」

「掃除はもういいから、今から(りん)さんのところへ使いに行っておくれ。そのかわり掃除が出来なかった罰として、お前は今日の夕食抜きだよ」

「わかりました」

 それだけ言うと、泥は掃除の道具を片付け始めた。


 (でい)が裏門から屋敷の外に出ようとしたとき、馬丁の紀円(きえん)が彼女に近づいてきた。

「また怒られていたのか。可哀想に」

 紀円(きえん)は自分の孫娘くらいの年齢の(でい)が、いつも不当に扱われていることに腹を立てていた。しかし自分も雇われ人である以上、雇い主に文句を言うことは出来ない。そこで主人に気付かれないように彼女を慰めていた。

「いつものことです」

 泥はあまり感情を出さずに小声で答えた。どこで誰が聞いているかわからないからである。

 しかし紀円(きえん)は意に介さず、彼女を気遣った。

「夕食を抜かされるのだろう。また少しとっておいてやるよ」

「ばれたなら(えん)さんに迷惑がかかります」

 (でい)はそういって断ろうとしたが、紀円(きえん)は構わないといった。

 あまりここで会話を交わしていると目立つと思った彼女は、彼に小声で礼を言うと、そのまま急いで裏口から外に出た。


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