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光剣と跳弾

 その瞬間、爆発的な音響と共に、その機体色を紅に染めた灯里の≪ラシェミ≫が、マフツたちの乗る≪ラシェミ≫へと迫る。


 爆発的な――マフツたちの乗るそれとは比べ物にならないほどの速度。それを発揮しているのは、背面に増設されたブースターだろう。



「ちぃ!!」



 自然、二つの≪ラシェミ≫はその鋼鉄の巨腕をもって組みあうこととなる。

 二つの機体の手の間で火花が散る。頭部が激突し、衝撃によって僅かに装甲が削れ、弾ける。



「この手ごたえ、あの時の者とは違う……!」

『あの時――そうか、成程。我が社の社員が世話になった』

「世話になどなりとうなかったわ!」

『だがお陰で私の方も良いデータが取れた。鏡界に自由意思で出入りできる存在、そして――――人型の(・・・)ジャバウォック(・・・・・・・)

「何……!? くぅっ!」



 言葉と共に、取っ組み合いの最中に紅の≪ラシェミ≫の前蹴りが繰り出される。


 だが、マフツもそれをまともに受けることは無い。応じるように放たれた回し蹴りが、前蹴りを捌くように受け流す。



「どういう意味じゃ、貴様……!」

『そのままの意味さ』



 同時に、二つの機体の距離が離れていく。



『白い髪を持つ、人型のジャバウォック。部下から報告を受けたが――知らないとは言わせん』



 それは、鏡界から一度出る前の、≪ラシェミ≫との遭遇のことだ。

 マフツの推測の通り、輝の異能力に過剰にセンサーが反応して、誤作動を起こしたことでこの状況があるのだとするなら、勘違いにしても甚だしいものだった。



「余計な勘違いしおって……!」



 悪態をつきつつ、マフツは思考を巡らせる。


 輝はショックを受けていて、しばらくはまともに動かせそうには無い。

 乗機は同じ≪ラシェミ≫であるにも関わらず、その性能は灯里のものの方が遥かに高い。

 代表取締役――つまりは社長だからこそ、その搭乗機には特別な装備を積んでいたりするのだろうか、とマフツは益体も無いことを考えた。



「ジャバウォックなど知らん。たとえ知っておったとしても、貴様に教える義理なぞ無いわ!」

『そうか、それならそれで仕方がない。コクピットから引きずり出してから聞くとしよう』

「儂の台詞じゃ!!」



 互いの繰り出した拳が、鏡合わせに激突する。

 莫大な音響と共に、打ち合わせた拳の装甲材が砕け、折れ曲がる。

 周囲に伝播した衝撃が砂塵を散らし、火炎放射器の発射口(ノズル)が折れ、あるいは弾け飛んだ。



「――――叢雲(ムラクモ)ッ!!」



 言葉と共に、突き出したままの灯里の≪ラシェミ≫の腕を両断するべくして、上空から一本の――非常識な大きさの剣が飛来する。


 輝と初めて会ったその時に使用していたものを、≪ラシェミ≫のその大きさに合わせて作り変えた逸品だ。



「殺しはせんが……痛い目は見てもらうぞ!」

『む……!』



 背後に飛びのく紅の≪ラシェミ≫の、その腕を僅かに掠めていく光の刀身。

 金属が蒸発し、飛沫が周囲の岩へ、あるいは地に落ち染み込んでいく。



『な――――』

「腕の一本や二本は覚悟せよ!」



 閃光が瞬き、一条の光が灯里の≪ラシェミ≫の指を落とす。

 目算は過たず。しかし、その威力は完全に発揮されたわけではない。


 ――――浅い!


 思わず、マフツは歯噛みした。


 加減するつもりで放ったのは間違いない。だとしても、普通の人間に躱しきれる一撃ではなかったはずだ。

 それを為したのは、マフツが≪ラシェミ≫の操縦に慣れていないこと以上に――灯里の卓越した操縦技術だ。



『なるほど、熱か』

「……!」



 更に、この一合ですら彼女はこの剣の「タネ」を理解してのけた。


 ――――熱。


 より正確には、極限にまでその性質を増幅された「光」だ。

 鏡面で挟み込むことにより、乱反射し、共振させる。増幅した光はいずれ熱を有することになるだろう。


 マフツの主要な攻撃手段はこれを転用した――太陽熱、あるいは光線(レーザー)とも呼べるほどのものだった。



「それを知ったところで!」



 故にこそ、本来そこに弱点は無い。

 その刀身には、金属であろうと触れれば蒸発し、大地をも結晶化させるほどの熱量が含まれている。マフツの身体能力と戦闘への勘、そして経験があるならば、どうあっても負けることはそう無い。


 ――しかし、ことロボット同士の戦いとなればまた違う。


 ロボット――≪ラシェミ≫に触れたのはここ一時間程度のことであり、絶対的にマフツは操縦に慣れていない。

 対し、灯里は明確に≪ラシェミ≫に乗り慣れている。その運用によって得られたデータによって洗練(ブラッシュアップ)された外装とその性能もあり、灯里はマフツから僅かに優位を奪っていた。



『知ったところで――何かな?』



 剣戟が空を斬り、地を焼き、そして灯里の機体には、僅かに掠める程度の手傷しか与えられはしない。

 一方、それは灯里も同じことが言える。一見すると隙があるように見えても、卓越した体捌きで侵襲を許さず――その剣でもって迎撃を行うマフツの≪ラシェミ≫に対しては、有効な攻撃手段は無かった。


 攻防を演じてはみても、これでは事実上の膠着状態である。



「輝! 妙案は無いか!?」



 駄目で元々、とばかりにマフツは一言輝に向けて問いかける。


 輝も先程のことで混乱しており、たとえ応えられたとしても「分からない」という言葉が精いっぱいだろう。マフツはそのように想定していた。



「……一つ、あるよ」



 一方で、返ってきたのは望外な一言だった。



「何じゃと!?」

「ぼ、僕だって意味無く黙ってたわけじゃないよ。けど……」

「今は何も言わん、それに乗ってやる! あ奴を倒せるなら何でも構わん!」

「じゃあ――――」



 と、輝はマフツの背後から一つ一つ、手順を説明していく。


 その説明が進むたびにマフツの表情が曇り、引き攣っていく。まるで、実現不可能かつ壮大な犯罪の計画でも聞かされているように。



「……危険だからって止めないでよね」

「……ええい、儂にも二言は無い! やれ!」

「うん!」



 言葉と共に剣を横に薙ぐ。それと共に灯里の≪ラシェミ≫がバックステップによってその一撃を躱し――二機の間に、距離ができる。


 そして。




 ――――≪ラシェミ≫のハッチが開く。




『――――!?』

「行けぇッ!」



 灯里が驚きに息を呑む。

 直後、そのハッチの億から疾風(かぜ)(はし)った。


 引き千切られるるようにして、紅の≪ラシェミ≫の腕の火炎放射器が破壊される。マフツの乗る≪ラシェミ≫の腕に握られた剣が光の粒子となって消失し、代わって風の行き先に光が集う。



『あの時と同じパターンか――――!』



 この異質な状況を、しかし灯里は正確に把握していた。

 風のように駆け抜ける「それ」は、一人の人間だ。


 全力の踏み込みによってコクピットの一部を半壊させつつ、センサーですら捉えきれないその速度をもって撹乱(かくらん)する、白い影。


 ――今一度、輝はその身をもって突撃を敢行した。



「眼を潰せば――――!」



 新たに輝の右手にマフツの使っていた剣――その本来の姿とも呼ぶべき状態の、()が現出する。

 その機能は、巨大な剣として使用していた時と何ら変わりはない。

 鋼鉄すら溶解するほどの、超高熱。


 刀を突き立て、通り過ぎる――それだけで灯里の乗る≪ラシェミ≫の装甲材が溶断されていく。

 いかに灯里の操縦技術が卓越しているとはいえ、この暴威を押し留める方法は限りなく少ない。

 見る間に輝は上へと向かい、≪ラシェミ≫のセンサー類が収められた頭部を切り裂かんと迫る――――。



「なるほど、その手もありか」

「な――――!?」



 ――――その目前で。

 灯里の≪ラシェミ≫のハッチが開き、その姿が二人のもとに晒される。


 少女、としか喩えようの無い姿だった。

 年齢的には十代の中頃程度であろう輝と比べても、殆ど大差ない――あどけなさを残した顔立ちの、黒髪の少女。

 凛とした端正な顔立ちをした――どちらかと言えば「美人」という部類と言えるだろう。その身に纏う自信は、彼女自身の実力と実績に裏打ちされたものと言えようか。


 驚愕に、思わずマフツと彼女の乗る≪ラシェミ≫の動きが止まる。



「そこか!」



 その一瞬の隙を逃さず、灯里はその手に持った銃を滑らせるように(・・・・・・・)撃ち放つ。

 およそ、見当違いの方向に放たれた銃弾は≪ラシェミ≫の装甲を僅かに掠めていく。



「どこを狙って……!」



 と。

 放たれた言葉は、その中途で打ち切られた。


 ――――肩から血を流す輝の姿を見たためだ。



「あ、くっ……」



 跳弾。


 少なからず、マフツもその現象については知っていた。

 硬質な壁などに当たった銃弾が、その勢いを殺しきれずに跳ね返る現象だ。しかし、それを意図的に起こし、なおかつ目標に命中させるなど、並大抵のことではできはしない。



次は胴体だ(・・・・・)。もっとも、ジャバウォックならばすぐに再生する以上、意味は無いかもしれんが――」

「貴様――――ッ!!」



 曲がりなりにも、同じ人間ならば――と、マフツ自身もたかをくくっていたことは確かだろう。

 しかし、僅かでも彼女は躊躇しなかった。そのような素振りを、欠片すらも見せなかった。その事実に、マフツは怒りを露にしていた。


 もっとも、その判断自体は尋常ならざるもの――というわけではない。ジャバウォックを相手にするならば、油断も躊躇もそのまま死を意味するからだ。


 ――――だとしても。



「ただでは済まさんぞ……!」

「できるかな? ――この状態で」



 現状は、圧倒的に灯里の方が優位に立っている。

 それは、事実上彼女が輝の生死を握っているからであり、マフツとの戦いにおいても拮抗状態を保つことができるからである。


 しかし、それは同時に、趨勢を崩しさえすればその瞬間に彼女を追い詰めることができるということを意味していた。



「…………ッ」

「ひか……!」



 それを理解しているからこそ、輝は自ら動いた。

 きっと、マフツならば自分の思惑を理解してくれるだろう――という信頼のもとに。


 再び、その刀が横薙ぎに振るわれる。



「健気なことだが!」



 構え、照準を絞り、引き金を引く……一秒にも満たない、ほんの一瞬の間隙(かんげき)

 しかし、その一瞬こそマフツの求めたものだった。



「――二度も食いはせん」

「何!?」



 言葉と共に、マフツの創り出した鏡像の≪ラシェミ≫が、光の粒子と化し消失する。

 当然、弾丸は装甲に当たることも跳弾を起こすことも無く――マフツもまた、重力に従って落下していく。


 同時に、輝の放った一撃が紅の≪ラシェミ≫の頭部に炎熱を注ぎ込み、破壊する。



「やあぁぁッ!!」



 直後、輝は紅の≪ラシェミ≫の頭部を思い切り蹴り飛ばす。

 そして、衝撃と共に、≪ラシェミ≫が砂煙と共にその身を荒野に横たえた――――。

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