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鏡機と怪鳥

 高く、高く砂埃が舞い上げられていく。

 遥か高空から墜落した二つの巨躯は、その際に周囲に大規模な衝撃波と破壊を撒き散らしていた。

 マフツの操縦によってロボットの「盾」として、着地の衝撃の大部分を担わされた怪鳥は、その身を維持できずに黒いタール状の流体となり果て、周囲に飛び散ってしまっている。


 他方、二人を乗せたロボットは、その右腕を肩付近まで崩壊させつつも、それ以外のダメージは最小限のままに、(しか)とその二本の足で荒野に立っていた。



「――悪くは、なかったな」



 コクピットで軽く一息つきながら、マフツが呟く。

 しかし、そうは言いつつもその顔面からは血の気が引いて、冷や汗が滝のように流れ出ているということを、輝は見逃さなかった。


 ともあれ。



「……勝った、の?」

「いや。まだじゃ」



 輝の眼からは、既にこの状況は勝利したようにしか感じられない。

 事実として、怪鳥は既にその身を四散させており、動くことができないどころか生命活動すらもままならない状態にまで陥っている。


 しかし、怪物と戦った経験を持つマフツはその言葉を即座に否定した。


 一歩、二歩。その挙動を確かめるように、進んでは退いてという動作を繰り返す。

 先の強引な着地は、あくまで奇跡的なものだ。怪物は二人の乗り込んだロボットをただの「鉄の塊」としか認識しておらず、攻撃し放題の棺桶のようなものと捉えていたのだから。それだからこそ、横面を殴り抜けるような一撃を放り込む隙が生まれていたのだ。マフツがロボットの扱いをマスターしたわけではない。


 僅かでも慣れておかなければ、「次」が大変なことになるだろうと、マフツも理解していた。



「ヤツはこの程度では死なん。燃やし尽くすか、消し飛ばすかでもせん限りはな」

「え、えぇっ!?」

「その上、生物であれば何でも取り込んで己の力としてみせる。植物も動物も――超能力者だろうと魔法使いだろうと一般人だろうと、分け隔てなく、瞬時にな」

「それって――――」



 輝が問いかけようとしたその瞬間、けたたましい警告音がコクピットの中で響いた。

 その原因は、既にマフツにも推測はついている。



「奴め、もう戻ったか!」



 その瞬間を、モニターが捉えていた。

 周囲に飛び散った黒い粘液塊が、時を巻き戻すように再び一つに集合していく。瞬きの間に、その形は先程と同じ三本脚の巨大な烏に変異しており――先の一撃が何の意味も無いことを、輝は改めて思い知った。



「ど、どうするの!?」

「どうするもこうするもな――確か、このロボットには火炎放射器が……あ」

「……腕、壊れてない?」

「そうじゃった!!」



 燃料の供給の問題からか、ロボットに装備されている火炎放射器は右腕のみに装備されていた。

 右腕に取り付けたことは、多くの人間が右利きであることが関係しているだろう。しかし、それが良くなかった。着地の際の衝撃で、ロボットの右腕は完膚なきまでに破壊されていたのだから。



「なら、もう一回腕だけ出せばいいんじゃ!?」

「一度これ消さんと同じもの出せんのじゃが……」

「融通きかないなぁ、もう!」



 しかし、だからと言って一度この場で消してしまうと、その瞬間に重力に従い二人とも地面に落下するだろう。

 もう一度乗り込むにしても、それだけの隙を怪物が与えてくれるかは疑問であった。



「このまま倒さねばな……!」



 右腕が無くとも、戦いようはある。少なくとも、逃走するだけなら生身よりはよほど良い。

 その考えのもと、マフツはペダルを踏みこみ怪鳥へとむかってロボットを走らせた。


 

<―――――ィァァァァァ――――――!!>



 応じるように、怪鳥がその身を宙に浮かした。


 元来、この怪物に物理法則など通用しない。黒い球体の姿であっても何ら変わらず、現在の姿で出し得る飛行能力と同じものを発揮することだろう。


 しかし、球体の時よりもその速度はいくらか早い。それは軽量化故のことでも、あるいは航空力学的な問題でもなく――。



「よく見ておけ輝、来るぞ!」

「え……?」



 警告を発し、マフツはロボットの進路を左へとズラした。

 そして、次の瞬間。その意味を計りかねている輝の目に、驚愕の光景が飛び込んだ。



<――――――ァァァァァァァァァアアアアアア!!>



 怪鳥の羽ばたきによって巻き起こされた風が、つい先程までロボットがいた地面を――抉り飛ばしたのだ。



「え……ええっ!?」

「ヤツは異能を持つ者を好んで食らう。より強大な力を得るために!」



 僅かに生じた隙をつくように、ロボットが怪鳥の頭部を蹴り飛ばす。轟音と共に押し潰された頭部は、しかし次の瞬間にはまたも同じ形を取り戻していた。



「その最終的な目的は『鏡界からの離脱』! 儂はそれを食い止めねばならん。その役割を受け持つ生き残りとしてな……!」



 そのために、輝が一人になると理解していても、その安全を確保できたら再び戦いに戻らなければならなかった。


 怪物を少しでも早く全滅させることが、結果的には輝を含むあちらの世界の人間を救うことになるのだから。



<――――――ァァァァァァァァ――――――!!>


「ッ!」



 次いで、怪鳥の目から強烈な光線が放たれる。


 その目線の先に存在するものを焼き尽くす――言うなれば、「炎」を凝縮した熱線だ。ひとたび視線を向けられれば、いくら鋼鉄の巨人であっても無事ではいられないことは確かだった。

 だが、マフツはその行動を読んでいた。長い間怪物と戦っていたからこその勘により、頭部を叩き潰したその直後には、既に前方への移動を始めていたからだ。


 熱線が大地を()き、熔かす。その光景に、輝は冷や汗を止められなかった。



「……あれを利用は……できんな」



 その熱は、地面を結晶化させるほどのものだ。当然、怪物自身がそれに当たればただでは済まない。


 しかし、それを逆用しようにもマフツには方法が思い浮かばなかった。ロボットの腕を犠牲に、掌を用いて押し留める――などという方策を用いれば、先に潰れるのは手の方だ。失敗すれば、このロボットに残された数少ない戦力を失うのみならず、別な攻撃を食らってそのまま死ぬことだろう。



「ううん、できないわけじゃないと思う」



 一方、輝はその光景を見て何かを確信したように呟いた。



「このOS、動かせる?」

「今は流石にどうにもならん!」



 現状、ロボットの右腕は破損し、マフツがどれだけ動かしたとしても反応は無い。よって右手は完全にフリーなのだが、それでも戦闘に集中する中ではコンピュータを動かすことなどできようはずもない。


 だったら、と輝は周囲を見回す。この状況でこのロボットの内部情報を確かめることができるのは、自分しかいないのだという自覚があった。



「右側開けて!」

「う、うむ……!?」



 右手に握るレバーを手放し、輝が前に出る余裕を作る。

 スペースそのものは本来人間が一人座るだけのものしか作られていない。故にその狭さは相当のものだったが、それでも僅かにそこに割って入って手を動かすことはできた。



「僕が何とかする! マフツは戦いに集中して!」

「うむ、わ、分かった!」



 次々と放たれる熱線に、一発でも当たれば敗北は避けられない。足に当たれば体勢が崩れ、腕に当たれば攻撃の方法を失う。頭部に当たったとすれば、センサー類を全て殺され、外部を確認する方法が無くなる。胴に当たればコクピットごと溶解して蒸発するだろう。


 だからこそ、マフツは輝の考えを信じて回避のみに専念していた。



<――――――ィィ――――――!!>



 衝撃波が再び地面を抉り取る。

 一瞬、回避が遅れたロボットの、破壊された右腕が千々に吹き飛んでいった。



「ぬぅ……輝、まだか!?」

「もう、ちょっと……!」



 このままではじり貧になると、焦燥に駆られて叫ぶ。


 輝はマフツの目が追いつかないほどの高速でキーボードを打ち込み続けていた。

 同時に、モニタの端に表示される機体の状態(ステータス)が変遷し、やがて輝が求める情報をそこに映し出される。



「あった! マフツ!」

「なんじゃ――っと!」



 次いで薙ぐように放たれる熱線を、跳び越えることで躱す。その中で、マフツは輝の言葉に耳を傾けていた。



「焼き尽くせば倒せる、なら焼き尽くそう! このロボット、火炎放射器の液体燃料は外付けで、左肩の後ろ辺りに取り付けられてる! だから――」

「取り外してぶつけてしまえばよいということか!」



 ――――しかし、タイミングが無い。


 怪鳥の猛烈な攻撃のその最中、たとえ液体燃料のタンクを直接ぶつけるたとしても、熱線の攻撃を続けるとは考えづらい。

 たとえ熱線の攻撃を続けたとしても、そのままこちらに引火する可能性も高かった。


 それでも、現状ではそれ以上に確実な手というのもマフツは思いつかなかった。マフツの剣で斬ることも難しい。様々な挙動が鈍い球体の状態ならばまだしも、生物の形態を取るこの黒い怪物は、切断された部位を切り離すことで燃焼から逃れられる。加えて言えば、ロボットの規格に対しての合わせすら済んでいないこの状態で、剣を出して持たせるのは確実性に欠けていた。



「難しいかもしれないけど……」

「いや、やろう。元よりこ奴らとの戦いは、儂の使命――――奴らの動き、見切ることなど容易いわ!」



 と、強がりはしても、確実な話ではない。少しタイミングが狂いでもすれば、二人ともここで死ぬことだろう。

 あるいは、この怪物も道連れとなるか――いずれにしても、ここで死ねば無駄死にだということには変わりない。



「侮るなよ、怪物が――――!!」



 むしり取るように、左肩からせり出したタンクが取り外される。



<――――――ァァァァァァァァァアアアアアア!!>



 再び放たれる衝撃波がロボットの肩を掠め、アーマーが剥がれ落ちる。吹き飛ばされた岩が、アイセンサーの保護レンズを砕き割る。

 瞠目するように、アイセンサーが輝きを放つ。その一挙手一投足を見逃さないようにと。



<――――――ィィアァァァ――――――!!>



 そして、その瞬間が訪れた。


 口元に高熱が収束し、そのエネルギーを溜め置くように僅かにその首が上へ向く。

 刹那、マフツはペダルを思い切り踏み込み――ロボットの体は瞬時に怪鳥の眼前へと躍り出る。



「これで――――終いじゃぁッ!!」



 叩きつけるように、叩き込むように――燃料タンクが熱線の射出口へと突き込まれ、その中身を怪物の体内へと注ぎ込んでいく。

 放たれた熱線は、ロボットの腕も諸共に液体燃料にも延焼し……。


 ――――そして、怪物自身をも焼き尽くすほどの火柱が上がった。

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