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墜落と希望

 ――――そして気付けば、マフツの体は鏡界の大空へと投げ出されていた。



「なんじゃあああああああぁぁ―――――ッ!?」



 分厚い暗雲のその少し下。意図せず生じた浮遊感に、マフツは叫ばずにはいられなかった。

 多少の高所から落下した経験くらいなら、彼女にもあった。しかし、上空数千メートルからの自由落下など、未経験にしても甚だしい事態だ。



「ぐっ……ぬ……!」



 風に流され崩れかける姿勢を力ずくで押し留めつつ、マフツは先にこちらに「落ちた」のであろう輝の姿を探す。


 元より、何一つとして遮るものの存在しない空の上だ。その姿は、数秒と経たず見つかることとなった。



「輝!!」



 大声で呼びかけるも、それに応える様子は無い。

 それどころか、落下に際しても慌てるような様子も抵抗する様子も無い。気を失っていることは明白だった。



「ちィ……!」



 伸ばされたマフツの腕、その先にある輝の背に光が収束していく。

 直後、光の中からパラシュートが現出し、輝の落下する速度を大幅に緩めた。



「よし!」



 それを確認するや、マフツは姿勢を制御して輝の方へと進路を変更する。

 いかにパラシュートのおかげで落下速度が緩められているとは言っても、超高高度からの落下には絶大な危険を伴う。意識を失っているならば尚更だ。着地に際して何かクッションを用意するか、誰かが介助して着地してやる必要があった。


 そして何よりも――――。



「来おったか……!」



 二人の安全な着地というものを許そうとしない怪物(もの)がいる。

 一つ眼の、黒い怪鳥――鏡界の怪物がその身を変えた、一形態である。

 マフツも幾度かその姿を目にしてはいた。しかし、地上からではその姿を正しく捉えることなどできようはずもない。


 間近に迫るその姿は、三本足の(カラス)――八咫烏と言われるその姿によく似ていた。その全長はマフツのおよそ五倍ほど。開いた翼は片方だけでも小さな家屋であれば包み込むことができそうなほどに巨大だ。



「おのれッ!」



 気合と共にマフツの手に剣が現れる。輝と初めて会ったその時、怪物を両断せしめた光の剣である。

 刀身に閉じ込められ、常に増幅され続ける光は同時に強い熱を帯びる。炎よりも遥かに高い温度に達し、言うなればレーザーのようになったそれを用いて対象を溶断する――取り回しの良さもあり、常にこれを投射(・・)できるマフツにとっては、愛用の武器だった。


 しかし、この状況では普段のように薙ぎ、振るうようなことはできない。

 パラシュートを一時的な足場とし、マフツは思い切りその剣を――投げ放った。



<――――――ィィィ――――!!>



 しかしその一撃は、無情にも躱される。明後日の方向へ飛んで行った剣も、その役目を終え光の粒子となり、消えた。


 甲高いその(さえず)りが、嘲笑のように響き渡る。



「ヤツめが……挑発のつもりかッ!」



 何よりその姿は、マフツにとってはひどく挑発的に映っていた。

 ふざけおって、と強く舌打ちをするが、果たしてそれを聞いているのか聞いていないのか理解すらできない怪鳥の前では、まるきり意味が無い。


 ならば、とマフツは輝の眼前へと降りていく。そして――。



「起きんか輝ッ! 死ぬぞ!」

「あいたっ!? な、何、いきなり!?」



 思い切り、その頬を平手で打った。

 狙いは過たず、輝もその衝撃によって、無事目を覚ました。あまりに唐突に頬を叩かれたせいか目元には涙が浮かんでいる。


 僅かに罪悪感を感じつつも、状況故に仕方ないと割り切ってマフツは輝の手を取った。



「説明は後じゃ! 今は怪物に追われて空の上におる!」

「何で空の上!? ひぃっ!」

「儂が聞きたいわ!!」



 マフツ自身も何故こうなったのかは、理解していなかった。その理由を知る者がいるならば、それは輝を鏡界へと引きずりこんだ怪物に他ならないだろう。

 そして、その怪物は――意思の疎通などする気も無く、二人の方へ向けて突撃を敢行した。



「チッ!」

「わあああああっ!?」



 それを視認したマフツは、即座に投射したパラシュートを光の粒子へと還した。

 当然、落下速度は再び元に戻り――同時に、怪鳥の攻撃も二人の上を通り過ぎていく。



(――――どうする!?)



 この局面においては、躱すことに成功した。しかし、二度同じことは起こりえない。この怪鳥も、一度手を見せてしまえば学習し、対策を打つことだろう。


 故にマフツは、この局面を打開する方法を考えるべく、必死になって考えを巡らせる。



「ね、ねえ」



 そんな中、共に落下する輝が口を開いた。



「何じゃ!?」

「さっきのパラシュート、マフツが消したの?」

「そうじゃが、それがどうかしたのか!?」

「もう一回出すことはできるの? パラシュートだけじゃなくて、他のもの」



 その声からは、先程までの怯えは消えていた。

 少なくとも、恐れと不安は輝の中からは感じられない。この状況にも関わらず――いや。あるいはこの状況だからこそ、冷静に物事が考えられるのだろう。


 それは、マフツも数時間前に一度見た姿であった。こと、命の危険に晒されたその瞬間。松山輝の決断力は、最高潮に達する。



「……儂が目にしたものなら何でもできる!」

「なら――――あのロボットは、いける?」

「!」



 一度でも目にしたものなら、大抵のものはこの「鏡の世界」へと投射できる。それが、マフツの持つ能力である。


 ならば――――二人を窮地に陥れたあのロボットさえも、それは同じことが言える。



「じゃが、確実ではないぞ!?」



 同時に、それは「できる」ことでしかない。

 操作系統、有人であるかそうでないか。単独飛行の可否――といったあらゆる要素を知らないマフツにとって、それをこの場に投射することは紛れも無い賭けだった。



「もしダメなら、足場にでもすればいいよ!」

「……分かった!」



 だが、この状況下において一蓮托生と言える輝がそう告げたことで、マフツも決意は固まった。

 マフツの腕に輝きが灯り、その視線の先に巨大な光となって現れる。



 つい数時間前に二人を襲撃した脅威――――鋼鉄の巨人が、再びその姿を現した。



 既に、搭乗者を待ちわびるようにして胸部のコクピットハッチは開いている。応じるようにして、二人はそこへ飛び乗った。



「よし、ちゃんと搭乗するタイプじゃな……! 輝、ハッチを閉めい!」

「どうやって!?」

「……わ、分からん!」



 希望は得た。しかし――同時に、危難もまた表出する。


 当然と言えば当然の話であった。輝にせよマフツにせよ、このようなロボットを動かした経験など、あるはずも無い。

 人が搭乗するタイプのロボットだと理解はしても、どう動かすかが分からない。何を動かせばどう反応するかも分からない。


 ――そうこうしているうちに、怪鳥が旋回し再び迫り来る。



「っ……ええい!」

「ぬおお!?」



 コクピットハッチが開いたままでは、防御も何もあったものではない。それを理解しているからこそ、輝も強引な手に出た。


 開いたハッチを、手動で強引に閉じたのだ。

 超人的な膂力を持つ輝にしかできない芸当だった。しかし、強引にも程がある――とマフツは肝を冷やした。


 バガン!! という轟音がロボットの内外へ響き渡り、外部と内部が隔てられる。圧力を調整するように空気が抜け、あるいは入り込み――数秒ほど、調整が行われる。



「よし、これで――ぬわぁっ!」

「わああっ!?」



 では、動かし方を考えるか――としたその瞬間に、怪鳥の体当たりがコクピットを揺らした。

 衝撃が二人を揺さぶり、装甲板が軋みを上げる。それでもなお、ロボットそのものに大した傷は無いようだった。



「頑丈じゃの……!」

「言ってる場合じゃないよ! どうやって動かすの、これ!?」

「レバーは無いのか!?」

「レバー……これは!?」

「それか!」



 いわゆる「ロボット」に対する認識上の仕様(フォーマット)をそのまま現実に落とし込んだ上で、可能な限り人体を動かす延長線上で動かすことができるよう作られたコクピットである。当然のように、マフツの座るコクピットシートの側面には、ちょうど両腕で握り込むようにして持つタイプのレバーが備え付けられていた。


 その可動域は人体の腕を動かす際のそれと殆ど変わらない。となれば、これを使ってロボットの腕を動かすのだろうということは明らかだ。そうなれば、五指にそれぞれ対応するスイッチは、指を動かすためのものだろう。足元のペダルや昇降する金属板は、足を動かすためのもの――と、そこまで推測できれば、あとはこのロボットの操作系統が「パイロットの動きを転写する」ものだろうという確信に至るには充分だった。



「じゃが……ええい、OSが起動せんぞ!?」



 しかし、コクピットのモニタは未だに暗いままであり、外部の様子を窺い知ることは一切できない。制御用のコンピュータの電源を入れることで、はじめてこのロボットを「動かす」ことができるということだろう。二人は、一心不乱に周囲を探し続ける。



「電源ボタンどこ……ひやあああっ!!」

「ぬあっ! ひか――――ん!?」



 しかし、怪鳥の突撃は続いている。その衝撃によって姿勢を崩した輝が、偶然にもスイッチに触れ――ロボットのOSオペレーティングシステムが立ち上がる。

 数秒と経たず起動は終了し、モニタが周囲の風景を映し出した。そこには――――。



「わああああああああ!」

「ぬああああああっ!?」



 ――――既に間近に近づきつつある地面が映っていた。

 既に考える暇は無い。シートに座っているのはマフツただ一人であり、輝にこのロボットを動かす権限は無い。


 瞬時に、マフツの脳内を思考が巡っていく。地面に激突するまで、あと十数秒。この状況から姿勢を戻したところで、それでは着地の衝撃を殺しきれずに足先から破壊されるだけに終わるだろう。


 この距離では、既にパラシュートを投射したところで意味は無い。重量の問題もあり、進路上にネットを投射したところで同じく、破れるだけで終わってしまうことだろう。

 では、どうするか。



「衝撃に備えよ、輝! このまま行くぞ!」

「えっ……うええええぇぇぇ!?」


 

 およそ想像の範疇に無い落下速度の中、しかしマフツは一切臆する様子は無く――ロボットの姿勢を制御することで、更にその速度を上げていく。


 直後、最後の一撃とばかりに迫る怪鳥のその首をわし掴みにし、着地する直前にその巨体を盾代わりとして掲げ――――。


 ――――激突を迎える。

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