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食卓と触腕

 それから三十分ほどして、食卓にごく簡単な食事が並べられていた。

 白米と出汁巻き卵、ほうれん草のおひたしと、鳥の照り焼きというメニューである。時間的な問題もあってあまり品数を作ることができなかったため、マフツはこのメニューに対して多少不満を抱いている様子だが、対照的に、輝は期せずして得られた機会に目を輝かせていた。



「すごいね、マフツ。こんなにできるんだ……!」

「そこまで言うほどのものでもないじゃろう」

「ううん、すごいよ! 僕、こんなに料理できないし!」

「褒められて悪い気はせんがなぁ……」



 その言葉は、事実上「これまでまともな食事をしてこなかった」ということの証明だ。


 嘆かわしげに、マフツは一瞬顔を俯ける。

 しかし、すぐに思い直したようにマフツは顔を上げた。悪い気分、不安な思いというものはすぐに他者へと伝播するものだということを理解しているように。



「まあ、よい。早いところ食べてしまうとしよう」

「うん。じゃあ、いただきます!」



 元気よく手を合わせ、勢いよく食事を掻き込んでいく輝。外見以上に子供らしいその様子に、僅かにマフツは安心を覚えた。



「……さて、そろそろ聞かせてもらおうかの。何なんじゃ、おぬしのその身体能力は」

「何……って聞かれても。僕の方が知りたいくらいだよ。何なんだろうね、僕」

「なぬ?」



 想定外の言葉に、マフツの眉根が寄る。



「どう考えたっておかしいよね。それは分かるんだけど、何でできるのかは全然分からないんだ」

「それは……なんというか、難儀じゃの」

「慣れればそうでもないよ。隠せばいいだけだし」



 およそ、そうは思っていないような不服そうな顔で輝は言ってのけた。


 当然の反応ではあった。結局のところ、それは自分に「できる」ことを「できない」風に見せろという話でしかないのだから。フラストレーションが溜まっていたとしても当然だろう。



「逆に、僕から聞いていい?」

「うむ」

「鏡界って何なの? マフツは一体何なの? あの怪物は?」

「いっぺんに聞くでないわ!」



 そうした質問が飛び出すことは当然、マフツも想定していたが、こうも矢次早に繰り出されては応えようがない。

 軽く息をつき、改めて一つ一つ噛み砕くように、ゆっくりとマフツは語り出す。



「鏡界は……極めて簡単に言うならば、『剣と魔法の世界』じゃ」

「えっ……えぇ……?」



 その簡略化された説明に、輝は思わず微妙な表情をして見せる。


 恐らくその言葉が間違っていないだろうということは、鏡界における戦いを見て充分に輝も理解していた。しかし、それでは不足が多すぎることも確かだ。



「こちらの世界における『幻想』の廃棄場――かのう。いや、言ってもそうは分かるまい。全人類が魔法使いや超能力者である世界が、鏡を隔ててこの世界の裏側にあると思えばよい」

「う、うん……ってことは、マフツもそういう人なの?」

「うむ? まあ、そんなところじゃな」



 要領を得ないその回答に、輝は僅かに疑問を抱きつつも追及まではせずにおいた。

 それを聞けば、恐らく話を続けることはできないだろうという確信があったからだ。



「本来鏡界とこちらの世界の行き来は出来ん。しかし、例外的に『鏡界の存在』と認識される者はあちらへと落とされることがある」

「その例外って?」

「こちらの世界で、突然変異的に生まれる超能力者――かのう。輝自身は気付いておらんかもしれんが、あちらに来たということはその才覚があるということじゃな」

「そうなんだ……」

「そのおっそろしい身体能力も、そういう能力を持って生まれたのじゃとすれば合点がいく」

「……そっか。そうだね」



 そっか、と反芻するように繰り返し呟く輝。その表情からは、自身の謎を紐解いたことに対する若干の安心と、人とは違うという事実に対する不安がないまぜになったような複雑な感情が見て取れた。



「そんな力があるとはいえ、あの怪物に対してはほとんど無力に等しい。しばらくは鏡に不用意に近寄るでないぞ」

「う、うん、分かった」



 輝は見た目以上に幼い部分があるが、理解力や判断力は人並み以上に持ち合わせている。その上、割合素直な性格だ。ちゃんと言い含めてさえいれば、自ら危険に近寄ることも無いだろう――と、輝の態度を見て、マフツは一つの確信を得た。



「でも、あのロボットは何なんだろう?」

「儂も知らん。あんなものは初めて見た」

「だよね……」



 輝自身も、マフツが何も知らないことについては推測を立てていたのだろう。

 僅かに落胆しつつも、取り立てて気にしてはいない風に、軽く頷いて見せた。



「既にあちらの世界は滅びておる。こちらの世界で作られたのならあちらへは普通、行けん。しかし、そのような技術が作られたなどと……」



 言いつつ、考え込むようにマフツは額に手を当てた。



「儂と同等の力を持つにしても、基となるものが無ければ"鏡像"は作れん……あやつはそもそも動かん……」



 そうして、十数秒ほど呟き続け、思考の渦に潜るように目を瞑り――結局、それでも何も得られるものが無かったのか、最後に一つ、「分からん」とさじを投げた。



「考えるのはしばしやめじゃ。食事がマズくなる」

「あはは、そうだね」



 言いつつ、次々と料理を口の中へと放り込んでいく輝。その健啖さに、これなら作った甲斐があったものだ、と思わずマフツの表情もほころんだ。


 しかしながら、半分まで食べ進めたところで、急に輝の手が止まる。



「……これから、マフツはどうするの?」



 何かを予期したように、輝は僅かに憂いを帯びた表情で、そう問いかけた。


 それは、当然に向けられるべき疑問だった。


 ここまで付き合ったのだから、とりあえずは面倒を見ようと軽い気持ちで考えていたマフツ自身も、今になって多少後悔していた。自分の行動は、ともすると輝へ家族への憧憬を与えただけではないだろうか、と。



「そうじゃな。一応の危難は去った……」



 残酷なことだと理解しつつも、マフツはその答えを告げなければならなかった。

 自分は役目があるから、すぐにここから去る、と。


 それは、再び輝を一人きりにする行為に他ならない。

 だからこそ、マフツはその言葉を告げかねていた。


 ――だが、いずれはそうしなければならないことに変わりはない。


 僅かに目を瞑り、それでも言葉にせねばならない、と、決意を固める、その刹那。



「わけじゃからな――」



 輝の背後に位置するクローゼットの、姿見鏡。

 そこに、「眼」が現出した。



「なッ……」



 驚きの声が響くよりも早く。輝がその様子に気付き、振り返るよりも遥かに速く。


 鏡から伸びる幾本もの黒い触腕が、自ら崩壊しながら(・・・・・・)、輝を鏡界へと引きずり込んだ。



「――――――ッ」



 愕然とするマフツを他所に、「扉」としての役割を終えた鏡が再び二つの世界を分断する。

 切断されるようなかたちで取り残された触腕も、崩壊を抑え切ることはできず、黒い(すす)のように消滅した。



(間に合うか……!?)



 その光景を、しかしマフツはゆっくりと見ているような余裕は無い。


 マフツの知る中では、絶対にありえないことだった。自壊を覚悟でこのような暴挙に出るなど、あの怪物がするはずが無かった。

 しかし、現に鏡界の怪物は己の身を省みずに「扉」を破り、崩壊しながらも、無防備な輝をそのまま連れ去って行った。


 時間は無い。数分、数秒が惜しいとばかりに、マフツは椅子を蹴飛ばしながら鏡の前に立つ。


 そして焦燥のままに、マフツは再び「扉」を開き、鏡界へと飛び込んだ――――。

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