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現界と二人

「うわあああっ!?」

「ぬうっ!」



 ――――次の瞬間、二人の体は弾き出されるようにして、何処(いづこ)とも知れぬ廃墟へと投げ出されていた。



「こ、ここは……」

「……戻ってきたか。まったく、心臓に悪い……」


 一息ついて安心に身を任せるマフツ。一方、輝は周囲を見渡して状況を確かめた。

 夕日が周囲の風景を赤く染め、どこか退廃的な雰囲気を作り上げている。

 窓からは牧草地帯にも似た光景が広がり、輝たちのいる場所が牧場であることが見て取れた。

 ただ、少なくとも見覚えのない場所であることは確かだった。元より輝自身、廃墟などに馴染みがある日常を送ってはいない。



「どうやら廃業した牧場のようじゃな。少し待っておれ。このあたりの地図を探す」



 と、輝へ呼びかけながら、マフツは和服のポケットからスマートフォンを取り出した。

 その服装とこの状況と所持品とのギャップに、思わず輝の頬が引き攣る。



「えぇ……」

「何じゃ。儂がこういうものを持っているのが不思議か?」

「だ、だって……マフツって、なんだかちょっと、不思議な……魔法使い? みたいな印象があって……」

「世捨て人でも無ければ、このご時世スマホの一つでも持っておる方が便利じゃろ」

「それはそうだけどさ……」



 ふと、輝は先日友人と見た映画のことを思い出す。その映画も魔法使いを主題としたものだったが、彼らも現代社会に適応して、ごく普通に電子機器を使っていた。

 超然とした人物が俗的なものを持っていると、どうしようもなくイメージが壊れるらしい。輝は一つ観念したように項垂(うなだ)れた。



「輝。おぬしの家はどこにある?」



 と、そんな輝をよそに、マフツはそう言ってスマートフォンに表示された地図を掲げてみせた。



「……えっと。ここ、かな」



 見れば、地図は輝の自宅からほど近い山中を示していた。

 山を下りること自体は手間だが、それでもまったくの県外であったり、そもそも国外に放り出されていたかもしれないというわけではない。少なくとも、日が暮れるまでには下山できる程度の距離ではあった。



「うむ、なら良し。すぐに出るが、構わんな?」

「うん。分かった」

「あまり長居する場所でもないじゃろうからな。こんなところを見つかりでもすれば、大目玉では済まん」



 万が一警察にでも見つかれば大変じゃ――と身震いするマフツ。

 どこか所帯じみた発言に、輝の肩の力が抜けていく。



「そうだね」



 一言返しつつ、輝は安堵の溜息をついた。

 ――――ああ、やっと帰ってこれたんだ、と。



 ※



 都市部から二駅ほど。駅にほど近い、交通の便に優れた立地に、輝のマンションはあった。

 地上十二階建ての八階目、エレベーターで昇って、少し歩いた位置にある角部屋。日が暮れて月が昇り切った頃になり、ようやく二人はそこまで到着していた。



「ただいまぁ……」

「うむ、戻ってこれたの」



 へたり込む輝にねぎらいの言葉をかけつつ、マフツは室内の様子を観察する。

 シンプルな内装の2DKの部屋だ。埃の溜まり具合を鑑みると、掃除が行き届いているという風ではない。しかし、ものが散らばっているような様子も無い。どこか生活感に欠けたその光景に、マフツはどうしても違和感を禁じ得なかった。



「輝よ。家族はおらんのか?」

「うん、いないよ」

「なんじゃと!?」

「ん……何? どうかしたの?」



 生じた疑問をそのまま口に出すと、輝から帰ってきたのは衝撃的な一言だった。しかし、輝は特に気にした風も無く、立ち上がって慣れた手つきでポットに水を注ぎ始める。

 ありえん、と、思わずマフツの口から驚きの言葉が漏れた。

 たとえ高校生であっても、マンションで一人暮らしというのは普通のことではない。

 勿論、親が共働きで遅くなるから、実質的に――ということはありえるだろう。だが、輝くらいの年頃の子供が本当の意味で一人暮らしをしているなど、マフツにとっては信じられないことだった。



「いつからじゃ?」

「小学校三年の時だから……六年前……かなぁ。もう覚えてないや」



 あはは、と軽く笑って見せる輝の表情からは、まるで気負いや悲壮感というものは感じられない。

 まるで、それが当然だと言わんばかりの態度のまま、戸棚を開いてマフツに向かってカップ麺を取り出して見せた。



「マフツはどっちがいい?」

「……ん? いや、待て輝よ。どういうことじゃ?」

「もう夜だし、ごはん食べようよ。うどんとラーメン、どっちがいいかなって」

「……はぁ?」



 それは、輝なりの気遣いなのだろう。マフツ自身も、僅かに空腹を感じてはいた。

 しかしながら、その気遣いはマフツにとってそこまで快いものではない。それは、インスタント食品を差し出されたことによるものではなく、輝の境遇を思えばこその話だった。



「いや、どちらも仕舞え。儂が作る」

「え?」



 理由の如何はともかく、年頃の子供がたった一人で暮らしていること。食事に拘るでもなく、無味乾燥とした食生活を送っていること。

 少なくともその事実は、マフツの同情心と悲哀を誘うのに十分な事実だった。



「そ、そんな。悪いよ」

「何が悪い。そも、そのような食事ばかりで体がもつものか!」



 改めて見れば、キッチンが使われた形跡もあるにはあるが――玄関先に積み上げられたカップ麺の容器を見れば、輝がどのような食生活を送っていたかは一目瞭然だった。


 言葉の通りならば、輝は六年前からずっと一人で暮らしている。その間料理を覚えようとしなかったわけではないだろうが、子供の身には荷が重いことも確かだろう。だからこそ、手軽なインスタント食品に頼るのが主になっていた――とするなら、不思議なことは無い。


 同時にその事実は、輝の面倒を見るべき人間の怠慢を示していた。


 小学生が突然一人暮らしを始めることなどまずありえないし、仮に一人暮らしをすることを本人が求めても、わざわざこのようなマンションを買い与えることなどしないだろう。万が一そのようなことがあるとするなら、もっと定期的に様子を見に来てもいいはずだ。


 しかし、輝は家族が「いない」とはっきりと言ってのけた。つまり、少なくとも六年前から家族と顔も合わせていないのだ。

 それでも生活できているということは、少なくとも何者かからの金銭的な援助はあるだろう。しかし、それならそれでその「援助」を行っている者が輝を保護し、共に生活を送ってやるのが筋だ。それすらしないというのは怠慢どころの問題ではない。



(こんなもの、虐待ではないか……!)



 知らず、マフツの感情の大半を怒りが占めていた。

 曲がりなりにも人としての営みについてを知る者として、輝の現状を放っておくことは、何よりもマフツ自身が許せなかった。



「でも……」

「ええい、でももだってもないわ! 子供が遠慮などするな!」

「ご、ごめんなさい」



 本日何度目かの謝罪の言葉が輝の口から漏れた。


 元々弱気な人間なのかもしれない――と思うと同時に、マフツの脳裏に鏡界から抜け出す直前の光景が想起される。

 躊躇なく火炎放射器を自分たちに向けてきた巨大なロボットと、それを当然の如くに殴り飛ばす、輝の姿――――。


 その瞬間の決断力、判断力、そして何より腕力は間違いなく常軌を逸していた。マフツ自身も、それについて問い詰めたい気持ちがあった。



「謝るでない。なに、儂が食べるついでと思えばなんということもないわ」



 ――――その前に、腹ごしらえじゃな。


 言いつつ、台所の隣に備え付けられた冷蔵庫を開く。


 中身はほとんどジュースばかりであった。

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