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監視と封印

 数十分ほどして、輝が寝静まった頃。マフツは一人、部屋の各所を見て回っていた。

 机の裏、コンセントの内部、テレビやゲームのパネルの裏――盗聴器や発信機、隠しカメラと言ったものがあるのだろう。そんな確信がマフツの中にあったからだ。



「……無い」



 しかし、数時間もの捜索の結果――そういった代物は、一切この部屋に無いことが分かった。



「どういうことじゃ……?」



 ブージャムは、輝の生活の様子とマフツの存在を知っていた。

 しかしながら、輝は一人で暮らしていて、部屋の様子から鑑みても訪問者は多くない。また、マフツがこの部屋に来たのはほんの昨晩のことだ。情報を集めるには時間が足りなさすぎる。



「盗聴器も監視カメラも使わず、どうやって……」



 ――あるいは、そういう異能か。


 鏡界のことを知る以上、ブージャムが守護者か異能者、あるいはそれに近しい者であることは間違いない。

 どちらにせよ決してあり得ないことではなく、そうなれば警戒などしてみたところで何の意味も無い。住居を移動しても同じように監視されるのがオチだろう。そう考え、マフツは椅子に腰を下ろした。



「……あちら側だけでなく、こちら側でも気を揉まねばならんとは……」



 ジャバウォックの脅威だけに対処するならまだしも、正体不明の「ブージャム」という男に加えて松山重工の面々まで。前者は輝に対しては寄り添っているようだが、その素性も正体も知れない以上信用などできようはずもなし。後者に関しては言わずもがな、まず最初に敵対的接触を持った時点で、信用は無い。事実上、孤立無援の状態と言えよう。



「仲間でもおればよいが……」



 どことなく寂寥感を伴う呟きが、虚空に消える。

 かつてどれほどの同胞を喪ったことか。両手の数では足りず、百を数えてもなお足りない。生き残りの数は片手で数えられるほどにまで減り、各々が独断で行動をしている……。



「……難しいのう……」



 意気消沈したように、マフツは呟いた。




 * * *




 翌日になって、輝とマフツは共に輝が通うことになる高校への道を車で走っていた。

 車――自家用車である。

 銀灰色の、ごく一般的な車種の普通乗用車だ。しいて特徴を挙げるなら、ハイブリッドカーであり――運転手がマフツであるという点であろう。



「どこから持って来たの……」 

「契約駐車場からじゃが」

「てことはこの車、マフツの……?」

「儂のじゃ」

「……う、運転できるんだね」

「免許くらい持っておるわ」



 言って、マフツは輝へポーチを投げて寄越す。そこに収められているのは、複数枚の証明書や免許証だ。

 その種類は多岐に渡る。彼女が口にした運転免許の他に、危険物取扱者免許やふぐ調理師。フォークリフトや船舶免許、潜水士――と、数々の証明書が輝の眼に入った。



「マフツは何を目指してるの……?」

「単にこちらで動くのに都合が良いから取得しておるだけじゃ。ま、趣味で取ったものが無いとは言わんがの」



 その内容にまで目を通すと、運転免許は全車種。他の証明書に関しても同様、殆どの種類において取れる限り多くの種類を取得している。

 ここまで徹底して資格を取っていると、就職には有利だろうな――などと、妙な思考が輝の中に浮かんだ。



「……この車、結構するんじゃないの?」

「心配いらん。鏡界(あちら)から定期的に貴金属を持ち出して換金しておる」

「それ大丈夫なの!?」

「咎めるような者はおらんわ」



 皆ジャバウォックに()かされたからの、と冗談めかして告げるマフツに、輝は青い顔を向けた。

 鏡界で暮らしていた人間は既に全滅している。ならば、守護者であるマフツの円滑な活動のために「あちら」の価値あるものを換金するというのは効率的ではあるだろう。倫理的にはともかくとしても。

 他方、日本人的な価値観の根強い輝は、バチが当たるのではないか、と僅かに不安を覚えていた。


 加えて。



「……あとさ」

「何じゃ」

「その制服何?」



 マフツが着用しているのは――輝が通うことになる学校の、女子制服である。

 口調に比して容姿が少女らしいこともあり、似合っていないわけではない。

 わけではないが。



(なんか変)



 初対面の時から着用していた和装でないことに、輝は強い違和感を覚えていた。

 無論、それが印象の押し付けであることは否めないが――そうであるにしても、状況を考えれば違和感が拭えないことは確かだ。普通、女学生が運転をするようなことはまず無いのだから。



「学校に潜入する必要があるからの」

「潜入って……流石にバレるんじゃ」

「全校生徒の顔をいちいち覚えておる者などそうはおらんよ」

「それは……そうだろうけど。でも、何で?」

「学校生活を送る上で、鏡の前に立たねばならんことも数多くあるじゃろうからな。先に封印を施して鏡界への行き来ができんようにしておく」



 言って、マフツはバックミラーを軽く指で叩いた。



「これもそうした処理を施しておる。破られる可能性もある以上、過信もできんがの」

「ふぅん……」



 言われて思い出してみると、確かにあれ以降の襲撃が無いことに輝も気付いた。

 自宅に戻ってから、そうした処理を部屋にある鏡に施したのだろう。しかし、同時に疑問も生じる。



「その封印、全部の鏡にやればいいんじゃ?」

「阿呆。世界中に鏡が何枚あると思っておるんじゃ。それに、今あるものだけじゃなく、封印しとる間にも新しく製造されておるんじゃぞ?」

「まあ、だよね……」

「それに、過信もできんと言ったじゃろう。玉砕覚悟で全存在をつぎ込めば、ひと欠片程度はこちらに流れ着くかもしれん。そうなれば全て水の泡じゃ」



 ジャバウォックは自己保存と自己増殖――そして、同化の能力を持つ。生物を食い、その存在を自身のものに上書きするのだ。

 ほんのひと欠片でも、例えば虫などを捕らえて食えばその分の体積が増えることになる。それを繰り返していけば、やがてその存在は肥大化し、こちら側の世界も鏡界と同じように死の世界と変じてしまうだろう。


 未だ、ジャバウォックは強い自己保存の衝動が存在する。その総体が全て崩壊する可能性が高い以上、「こちら側」に強引にやってくるようなことは、まず無いはずだ。

 そうであっても、その可能性を軽んじるころはマフツにはできなかった。



「そういうわけじゃから、しばらくは儂の方で送迎するからな」

「な、なんだか落ち着かないなぁ。今まで徒歩だったし……」



 学生というものは基本、自分自身で登校するものだ。徒歩や電車、自転車――方法や方式はどうあれ、「自分で」登校するのが通常である。自家用車での登校というのは、どうしても輝に恥ずかしさを与えていた。



「無暗に犠牲を出さんためじゃ。慣れい」



 もっとも、こればかりは仕方のないことである。命を守るためには、精神の安寧を僅かなりとも犠牲にする必要があるものだ。

 無言のままに、輝もその言葉に頷いて応じた。



「さて、そろそろじゃな」



 その言葉に応じるように、高校の校門が見えてくる。そして、その前に立つ人間の姿もまた――――。



「……ん?」



 思わず、マフツは顔をしかめる。

 その姿、その顔……確かにマフツには、その人物に見覚えがあった。それこそ、忌々しさを覚えるほどに。



「ね、ねえ。あれって……」

「う……うむ。あやつは……」




 ――――松山製鋼社長、松山灯里。


 彼女は、これから輝の通うことになる、方京(ほうきょう)高校の制服を着用して校門の前に立っていた。

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