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八咫と制服

「――――そういえば」



 マンションに帰り着いたその直後。ふと、思い出したように輝が口を開く。

 その視線はまっすぐにマフツに向けられていた。



「さっきおじさんが言ってた、かしこどころのみこ? ってどういう意味なの?」

「儂のことじゃ」

「それは、分かるんだけど……前に言ってた『守護者』っていうのと、何か関係あるの?」



 上から下まで、値踏みするように見られるのをマフツは感じた。

 思えば輝に対し、自分は詳しい説明をしてやっていないのではないか……そんな思いが彼女の中に湧く。その暇が無かったのもまた事実だが、アイデンティティそのものが揺らぎつつある輝にとって、マフツの存在はある種の拠り所とも言える。



「順を追って説明するとしよう。守護者とは、ジャバウォックが鏡界から出て行かないように、あるいは異能者が鏡界に入って行かないように、『こちら』と『あちら』を繋ぐ扉――鏡のことじゃな。これを守る使命を帯びた者のことを言う」



 もっとも、殆どは死んでしもうたが――と、やや気落ちしたような表情でマフツは一つ付け加えた。



「うん。その辺は、語感でなんとなく分かる……かも」

「次に、賢所(かしこどころ)とは……神宝、『八咫鏡(やたのかがみ)』のことを指す」

「三種の神器ってやつ、だっけ」



 曖昧な記憶の中から自身の知識を絞り出す。過去、とある家電もまたそのように呼称されはしたが、本来の意味で言うならばこちらの方が正しい。

 即ち、八咫鏡、八尺瓊(やさかにの)勾玉(まがたま)天叢雲(あめのむらくもの)(つるぎ)。これら三つの宝物を総称して、三種の神器――三種(みくさ)神器(かむだから)と呼ぶ。



「何故そう呼ばれるようになったかという理由は色々あるが、今は置くとしよう。まず……八咫鏡も銅鏡とはいえ『鏡』の一種には違いない。これは分かるな?」

「うん。確か、昔はそういうのを磨いて顔を映してたんだよね」

「そうじゃ。磨いた金属は光を反射する。古代では日の光を映したものは『太陽の現身』――――天照大神の化身として扱われ信仰を集めておった」

「太陽信仰っていうやつ?」

「その辺りと融合したのじゃろう。ともかく、そういった経緯もあって神鏡というものは人々の信仰を集めておる。これも分かるな?」

「今は……そうでもないような気もするけど」



 太陽信仰というものは、廃れて久しい。かつては神の化身として崇められた太陽も、化学現象――ただの天体の一つとして貶められた今となっては、辺境の一地域で認められるばかりだろう。



「そういう風に見えるだけじゃ。信仰というものは形を変えて今もなお続いておる」

「そうなの?」

「ものを大切にしようという心は、輝にもあるじゃろう。それじゃよ」



 優しげな声音で、マフツはそう告げた。



「他にも知名度なんかの要素もあるが、まあ置いておくとしよう。ともかく、こうした『信仰』を集めるものは、それ相応の力を持つようになる。一種の異能を持つわけじゃな」

「異能を――――」

「そうした物品、特に鏡――『こちら』と『あちら』を繋ぐ扉そのものに、自らを護る力と人としての形を与えたもの。それこそが『守護者』――――それこそが、儂という存在じゃ」



 告げて、マフツはその掌に光を映し、刀を具現化する。

 鏡像――こちらの世界においては仮の形しか持たない、彼女自身が映し出す幻像を。



「――――『八咫鏡』。別名を、『真経津鏡(まふつのかがみ)』。それが儂のことを示す名じゃ」

「八咫の……まふつの……」



 その言葉は、輝の頭に小さくない衝撃を与えていた。

 決してマフツの言葉が理解できないわけではないだろう。彼女自身の行動やその能力を実際に目にしてきた以上、納得することもできる。

 それと同時に、感じることがあった。



「……安直だね……?」

「やめんか」



 真経津鏡(まふつのかがみ)――転じて、マフツ。

 最も手ごろで、かつ安直と言っていいであろうそれが、彼女の名であった。



「恐ろしくはないのか?」

「ううん。だって……その。僕だよ?」



 言って、輝は自分自身を指差した。

 マフツも知る通り、輝もまた一般人とは言い難い。超常の身体能力に、性別の垣根も曖昧な肉体。具体的な年齢も一切不明。そもそもがジャバウォックという超常の生物の変種とも呼ぶべき存在だ。彼女のことを恐れる理由は、欠片も無かった。



「……そうじゃな」

「だよね」



 二人して、同時に溜息をつく。途端に、小さな笑いが漏れた。

 人間であろうとなかろうと、自分たちが「自分」であるという事実は変わらない。他人を大事に想い、己をしっかりと保ち、長閑(のどか)で静穏な日々を求める心は、普通の人間と何ら変わりはないのだから。



「ってことは、さっき言ってた『アイジス』っていうのは、いわゆるイージスの盾、が人になった……マフツの仲間、ってこと?」

「そうじゃ。が……イージスの楯なぞよく知っておったな」

「えへへ。まあ有名だからね」

「正確には人間になったというわけではなく、本体がおるが……まあ今はよいじゃろう」

「ってことは、『名無し』の人も?」

「ん、あやつは……まあ、そうじゃが……ううむ」



 複雑な表情を浮かべながら、輝の言葉を肯定も否定もできずに俯くマフツ。どうやら難しい事情があるらしいと察し、輝はそれ以上の追及をやめた。

 言えないならいいよ、と。気を取り直すように告げて、部屋の奥から二着の衣服を引っ張り出す。



「何じゃ。どうした?」

「んとね。どっち着ていったらいいんだろうって思って」



 と、輝が示してきたのは近辺にある高校の制服だ。それが、男子生徒用と女子生徒用の、二着。

 当然にと言うべきか、マフツはそれを見て一瞬考え込んだ。



「どっちじゃ……?」



 輝の性別は、不定である。

 男であるとも言えないし、女であるとも言えない。事実上、性分化前かつほぼ無性別の状態であり、明確に「どちら」とは言い切れないのだ。

 男とするにもいささか問題があり、女とするにもやはり、問題がある。



「今まではどうしておったんじゃ」

「ずっと私服だったんだよ。高校生になってから、初めて制服」

「そうか……まあ、無難なのは男子制服じゃろうが」

「だよね」



 無論、どちらでも問題は発生しうる。しかし、その中でもより問題が軽微なのは男子制服を着用することだろう。



「しかし……のう。やはり、その制服は……」

「うん。おじさんが送ってきたよ」

「………………」



 曲がりなりにも生活費を振り込んで――面倒を見て――いることもあり、輝が必要とするであろうものを贈ることは決して間違いではない。

 が、マフツの中では、よもやブージャムは輝が女子制服を身に着けることを望んでいるのではなかろうかという憶測があった。彼には底知れない部分があるが、底知れないからこそ、その変態性も底が知れないものだと推測できるからだ。


 無論、邪推である。



「む? ということは、明日から学校か?」

「うん、そだよ。入学式だけだけどね」



 言われて、マフツはカレンダーを目にする。四月の上旬の今、確かに世間は入学式の時期と言えた。

 しかし、同時にそれは、家から外出する――「鏡面」の存在する場所へと出て行くことにもなる。ジャバウォックが常に輝を狙っている以上、マフツとしては看過できない事態ではあった。



「うむ……そ、そうか……」

「?」



 しかし、だからと言ってその行動を咎めることはできなかった。



(どうしたものかのう……)



 人間社会の中で生きる以上、学生としての生活を捨てさせるのは今後の生活に関わることだろう。勉学を怠れば就職は難しくなるだろうし、友人がいなければ精神的に不安定にもなりかねない。ただでさえ超人的な身体能力と演算能力を持っているのだ。人との関わりの中でその加減を見出すことも重要だ。故に、マフツは「行くな」とは言えなかった。



「ふわ……」

「む。そういえば一晩中戦っておったの。眠いか?」

「ん……そうだね。流石に、ちょっと緊張の糸が切れちゃった。マフツは眠くないの?」

「儂はまだ眠くはない」

「……そうなんだ」

「今何か失礼なことを思わなんだか?」

「う、ううん? 何も?」



 ――――おばあちゃんみたいな喋り方なのに、夜更かししても眠くないんだね。

 不意に浮かんだその考えを見透かされ、輝は体を縮こまらせた。

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